リハーサル Dpart

 地平線の向こうから、太陽が昇ってきた。

 闇に覆われた海面が、徐々に明るい青色に輝きだした。


 沿岸に敷かれたレールを蒸気機関車が走っていた。

 三両目のひとつ、開いた車窓に潮風が流れる。


 中は個室で二人の女性が疲れ切って、座席の上で寝ていた。

 ブリキとアジサイであった。


 ブリキはシャツ姿で、折り畳まれたトレンチコートを枕にしていた。

 アジサイは下着姿で、ブーツを脱ぎ散らかしていた。

 なぜ、彼女が下着姿なのかと言うと、昨日のリハーサルで、服に返り血を浴びすぎて、クリーニングに出している所なのだ。


 時刻が六時ちょうどの時、個室の扉をノックする音がした。

 ブリキが目を覚まし、むっくりと起き上がると返事をした。


「どうぞ」


「失礼致します」


 扉が開くと、そこには黒人男性の乗務員パーサーが、ワゴンを横に立っていた。

 三十代前半で髪と髭はきれいに剃られており、服越しでもわかる筋骨隆々の体格をしている。


「おはようございます。ブリキ様、アジサイ様」


「おはよう、パーサー」


 ブリキはパーサーから熱いおしぼりを受け取り、顔を拭いた。

 おしぼりの温もりが、眼精疲労と肌に潤いと癒しを与えてくれる。

 小さな声で、「生き返る」とブリキは感想を述べた。


 冷めたおしぼりを顔から外すと、乗務員に返した。

 その間もアジサイは爆睡している。


 よほど、昨日のリハーサルが疲れたのだろう。

 ブリキは枕にしていたトレンチコートを下着のアジサイに放り投げた。


 それで驚いたアジサイが反射的に起きた。


「何々⁉」


「おはよう、アジサイ」


 ブリキは、挨拶をした。

 それに続いて、乗務員もアジサイに挨拶をしながら、おしぼりを渡す。


 寝ぼけながらもアジサイは顔を拭いた。

 そんなアジサイにブリキは言った。


「アジサイ、見えてますよ」


「見えてる?」


 顔からおしぼりを離すと、


「ああ、わたし下着姿だったかぁ」


 と言って、平然と乗務員に感謝の意を評しながら、おしぼりを返した。

 見兼ねたブリキが頭を抱えて言った。


「羞恥心とかはないのですか?」


「今さら、キャーと言っても、仕方がないですし……」


「達観してますね。いや諦観だろうか」


 ブリキは呆れていた。


 乗務員はワゴンの中から、服一式をアジサイに渡した。


「こちら昨日の服をクリーニングしておきました」


「ああ、綺麗になってる!」


 広げた白シャツがシミ一つなく、まっさらであった。


「血と油の汚れは、キチンとその日に処置すれば落ちますので」


 乗務員はブリキの方に向き直って、電報の紙を渡した。

 乗務員は、一礼してから部屋を出た。


 ブリキは電報に目を通した。

 アジサイが着替え終えると、


「なんて書いてあったの?」


「昨日のリハーサルで、敵は大打撃を受けるだろうと、支配人から感謝されている」


「やっぱりブリキのやり方が正しかったんだ……」


 アジサイは少し、神妙な顔をする。


「まだ善良な住民を殺した事に抵抗感がありますか?」


「いえ、それは無いんですよ。なぜか、この力を手に入れてから、そういうのに鈍感になったのかなと・・・・・・人を殺しても、まったく残酷だなとは思わないんですよ。まるで虫を殺しているのと同じかな」


「なら良いです。アレぐらいで揺らぐのであるならば、この先一緒に仕事が出来ませんから」


 ブリキは淡々と話を続けた。


「でもまあ、あのやり方で仕方ありません。いくらマフィアを壊滅させても、悪というのは何度でも復活します。昨日、来たマフィアを殺しても、次の下っ端マフィアが来て住民たちから金を巻き上げます。言わば癌細胞みたいに根絶させるのは、不可能なのです」


「癌細胞ねぇ……」


「ええ、でも癌細胞も母体を失えば、諸戸打撃を受けます。つまりは――――」


 ブリキは車窓の窓を閉めて、


「資金源である善良な住民を根絶やしにする事が、彼らを最善策なのです」


 と答えました。


「悪人を作るのは簡単だけど、善人を作るのには難しい。あの街で新たに人が入植して、栄えるのに時間が掛かるでしょう。それに情報屋パーサーが先手を打って、マフィアが住民を皆殺しにしたと、噂をあらゆるメディアで広めました。だから、あの土地に寄り付く人は、いないでしょう」


 ブリキはそう言い終えると、座席から立ち上がった。


「さて、朝からの長話に疲れましたね。朝食を食べに行きましょうか」


「ねぇ、ひとつ訊いて良いですか?」


「何でしょうか」


「もし、この世から善人が消えて、悪人しかいなくなったら、どうします?」


「簡単です。残った悪人を一人残らず殲滅します」


 ブリキは至極真っ当に返答した。

 それを訊いたアジサイも、なるほどね、と頷いた。


「そう言えば昨日の晩、コックが壊滅した町で食材を盗んでいたようです。では早速、悪党のコックさんを退治に行きましょう!」


「元スーパーヒーローの彼に立ち向かったら、即死ですよ」


「えっ、マジで?」


「本当です。私は一度もコックに勝てませんでしたから」


「ええ……」


 そう言うとブリキたちは、食堂に向かった。

 こうしてアジサイの初めてのリハーサルは、終演を迎えたのだ。

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『誰かの旅が終わるとき』 無駄職人間 @1160484

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