静寂の渓谷で Cpart

「やっぱり支配人に連絡しよう。この演奏は不可能だ」

 

 ブリキは匙を投げた。


「こんな演奏、筋肉モリモリマッチョマンの変態か特殊部隊の帰還兵、段ボールで戦場を駆け巡る奴らじゃあないと無理よ」


「心中お察ししますが、今対応出来るのはブリキ様だけなのです」


 ブリキが空を見上げると、そこにはまだ渡り鳥が飛んでいるのが視界に入った。


「私も鳥になって、どこか遠くへ旅をしたい」


「そんな事したら除名処分ですよ」


「いっその事殺されるなら、核ミサイルに縛り付けられて特攻された方がマシね」


「さぞ、ここの停車駅にブリキ様の立派な銅像が建ちましょう」


「それか戦争を引き起こした女として、歴史に悪名を残せるわね」


 ブリキは糞を付けられた帽子を悲しそうに見つめる。


 そこらの落ちた葉っぱで付着した糞を取ろうとすると、パーサーが止めに入った。


「ブリキ様イケません! 鳥の糞は汚いですので御手を近づけてはなりません。昨今、渡り鳥を媒介としたウイルスも流行っております。私奴も昔、鳥の死体を片付けた際に、数日で患って何週間も動けないぐらい大変な目にあいました! 後で色落ちしない漂白剤で洗いますので」


「今なんと言いました?」


 会話を遮るようにブリキはパーサーに指をさして、喜びます。


「漂白剤のことですか?」


「その前のところ」


「その前? 何週間も寝込んだ話ですか?」


「パーサー、偵察機の操作機を貸して」


 パーサーはジェラルミンケースを渡すと、操作方法をブリキに説明する。

 偵察機のスクリーンを地上図から上空、つまりは無人航空機の前方カメラ画面に切り替えた。


 操縦スティックを握り、自動操縦システムを切った。

 ブリキがスティックを倒すと、機体が大きく旋回し始める。


 画面に映し出されたのは敵の陣営。

 そして、その上を通過する大量の渡り鳥。


 そのまま真っすぐ降下して、渡り鳥の群れに突撃する無人航空機。

 激突した。

 

 音声はないが、画面の映像から想像できてしまう。

 おそらく、鈍い音と共に骨が砕けているのだろう。


 脳内が真っ白になったのか、パーサーは無言だった。

 沈黙? いや、唖然としてものも言えず、ただブリキの悪行を傍観するしかなかった。

 

 まだ映像には鳥たちが慌てて空中で減速するも、容赦なく無人機が延々と衝突し続けている。

 レンズには羽毛と返り血がどんどん付着する。


「これワイパーとかないのですか?」


 ブリキは平然と言う。


 パーサーは拍子抜けた声で、


「ご、御座いません。ブリキ様」


「こういう事もあるから、改修した方が良いよと調律師に報告お願いします」


「・・・・・・承知しました」


 パーサーはそれ以上何も言わず、画面から目を離した。

 逸らしたからと言って、何も変わらなかった。


 パーサーの視線の先には、無人機が渡り鳥の群れを壊滅させていく光景が広がっていた。

 数えきれないほどの衝突した鳥たちは、羽ばたけず地上に落下していく。


 ほどなくして、向こうの山から敵兵たちの絶叫が渓谷に響き渡りだした。

 聞こえてくるのは、「トリや! トリや‼」「HQ!! 落下物によって負傷者多数!」「ウワァァァァァァァァァァ!! 」


 山彦やまびこあいまって、より一層不気味であった。


「ふふふ・・・・・・」


 ブリキは笑った。


 正常な人であれば笑えない状況だ。

 だけどブリキはこの状況が楽しんでいる。


 無人機が敵陣営を抜けると、


「さて、復讐は済んだし、帰ろうかパーサー」


 恍惚こうこつした表情をパーサーに向ける。

 無人機を発進地に目標設定して、自動操縦に切り替える。


 二人は山を下りた。

 駅に辿り着くまで、渓谷には絶叫が止むことはなく、ブリキも笑い続けた。

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