静寂の渓谷で Bpart

 予定通り、演奏会場げんばに到着した。


 そこは駅と売店しかなく、徒歩で行ける村や町はなかった。

 目の前にあるのは岩肌の多い山だけた。


 無論、降りたのはブリキだけだった。

 だが、乗務員に頼んだモノが届いておらず、すぐに演奏ができない状況だ。


 後から乗務員が持って来るので、先に座席を探しておいて、とだけ言われた。

 とりあえず、言われた通り場所取りに向かうため、山を登り始めた。


 念の為、拳銃を装備しているが、一発でも発射したら演奏会は中止となる。

 そうなればブリキは楽団そしきから良くて追放、悪くて除名しょけいを下される。


 ついでに担当の乗務員も連帯責任として降車しけいされることになる。

 なので、今回はもう一つの楽器ぶきを用意していた。


 トマホークである。


 まだブリキが銃など持ってない若手の頃に、愛用していた武器だ。

 むしろ、斧で演奏していたから、いつしか業界からブリキと呼ばれるようになった。

 意外とその呼び名を気に入っている。


 そうこう武器の思い出に浸っていると、山の頂上付近に到着。

 そのまま登らず、少し迂回してから匍匐前進ほふくぜんしんした。


 辺りを警戒しつつ、空を嫌そうに睨む。


「厄介ですね、太陽は相手に味方してる」


 ブリキはそこらの枯草を千切り丸めた。

 ふところから自動小銃用の狙撃スコープを取り出した。

 

 枯草かれくさ越しに反対の山をスコープで覗いた。

 倍率を変え、入念に何かを探すブリキ。


 すると、「会場を見つけた」と独り言を呟いた。


 ブリキの視線の先には、自動小銃を武装した小隊が警備していた。

 そのうちの一人をじっくり観察した。

 

 ブリキの武器では貫通しない分厚いプレート装甲を胴、両足、両腕とコレでもかと言わんばかりの防弾仕様だった。

 頭部は高性能なバイザーと、これも恐らく防弾性の高いヘルメットを装備している。


 小銃も最新鋭の装備を付けており、グレネードランチャーも携帯している兵士もいる。

 一人あたりの兵士の武装は、ブリキの以上の戦力をもっている。


 動きからして、エリートって、ところだろう。

 しかも最悪なことに敵のスナイパーの位置がわからない。


 これだけの兵士だ。いないはずがない。

 これ以上、覗くのは危険と判断したブリキはスコープをしまった。

 

 近くの大岩に隠れる際に嫌なものが視界に映った。


「連中、高射砲や迫撃砲まで用意してる」


 ブリキの表情は降参という文字が浮かび上がっるほどに、眉間みけんしわを寄せる。


 すると山の下から誰かが登って来る足音が聞こえてきた。


 ブリキは拳銃のスライドを引いて、ホルスターに収納。

 最終手段として、どうしようもない場合のためだ。


 両手で斧を掴む。

 

 パキっと小枝を踏む音がした。

 するとブリキは安堵した。

 

 プロなら小枝を踏むなんて、マヌケをしない。

 てことは敵ではない。敵だとしても、ブリキなら斧でも勝てる相手だ。


 岩陰越しに間合いを詰めて息を殺した。

 視界に入ったのは、大きなジェラルミンケースを持った黒人の乗務員パーサーだった。


 ブリキは斧を下して、パーサーの前に出た。


「お待たせしましたブリキ様。良席は見つかりましたか?」


「パーサー・・・・・・もし私が敵兵だったら、今頃撃ち殺されているよ」


「本当にそうお思いで?」


「ああ、そう思うね」


 パーサーはガッカリしていた。


「ちなみにこの山には敵国兵はいません。既に私奴わたくしめが確認済みです」


「なにをふざけたことを。私でも何時間もかかる」


「空からなら十分もかかりませんよ」


 パーサーはジェラルミンケースを開けた。

 そこには荷物や書類が入ってなかった。


 あったのは、電子機器といくつかのボタン、操縦スティック、それとスクリーン画面だ。

 モノクロ画像には目立つ二つの白いもやが映し出されていた。


「この通り、現在いるのは私奴わたくしめとブリキ様だけでございます」


「これ衛星画像?」


「いいえ、頭上に高高度から大型無人偵察機のリアルタイム映像です」


「ふーん」


 ブリキはつまらなそうにいう。


「で、これが注文の品?」


「左様でございます。機体名はGH-四式。スペックはご所望通り、寡黙で、遠くからでも演奏が出来て、火薬を使わず、頑丈で信頼できる相棒。基準をクリアーしていると存じ上げます、ブリキ様」


 期待していたモノと違って、ブリキはガッカリしていた。


「武装は? ミサイルなんて使ってみなさい、戦争が始まりますよ」


「武装は積んでおりません。あくまでも、偵察任務専用なので、攻撃特化には改修されておりません」


 パーサーは当たり前のように言って、これもブリキは呆れています。


「これでどうやって、帝国兵を武装解除させれるのですか?」


「申し訳ございませんが、私奴わたくしめは詳細な演奏内容は存じ上げてませんで……」


「この際だからパーサーには情報共有しておこう」


 ブリキはパーサーに作戦内容を話すことにした。


 本当は機密情報なので、例え同じ組織であるパーサーであっても伝達する事は禁止事項なのだが、どうせ隠密では対処できない案件なのだ。


 支配人たちは、これを軍部に作戦指揮権を渡し、いずれ公にされる。

 違いがあるとすれば、情報を知るのが先か後かだ。


「この国境付近でルルイエ帝国の軍隊が集結している。目的は不明。軍事侵攻ではないことを祈りたいが、支配人たちはその可能性も示唆されている。

 今回の作戦は、こちらからの攻撃痕跡を一切残さずに敵の無力化です。もし、我々が攻撃を仕掛けたら、帝国はこれを理由に戦争を仕掛けて来ます。

 それは支配人たち、いや先の大戦で敗戦国となった我が国では、何としてでも避けたい。もう二度と我々は戦争をしないのです」


「なるほど、静寂と仰っていたので、私奴は斥候か偵察任務と思っておりました。だとすれば、かなり難しい状況ですね」


「でしょう。一人でも敵兵が血を流せば戦争で負け。最悪なのは、ここで殺してるのがバレたら、あそこの高射砲と迫撃砲で間違いなく反撃される。そうなったら、私達は仲良く合い挽き肉ね」


 ブリキのジョークにパーサーはクスリっと笑った。


「非殺傷による無力化ですと、音波兵器とかが有効ですが、あれは設備と大きいですから隠密には不向きですね。

 あとは自然災害による撤退ですかね。噂では人工地震発生機というのが開発されていると訊きましたが、限定的な小規模範囲は難しく、こちらの線路にも被害があれば最悪ですね」


「やはり、軍事衝突は避けられないか……」


 ブリキとパーサーは思案するも、攻略法が見つからない。

 ふと、ブリキのテンガロンハットに何かが落ちてきた。

 

 ブリキは慌てて帽子を取ると、お気に入りの黒いハットに、白い模様が付けられていた。

 鳥の糞である。

 

 空には渡りであろうか、鳩の群れが飛んでいた。

 その光景は天の川のように列をなして、旅をしていた。


 無言で拳銃を抜こうとするブリキをパーサーがすかさず止める。


「駄目です! ブリキ様! いくら山頂とは言え、ここで発砲したら戦争です!!」


「アイツは恩人の帽子を汚した」


 パーサーは拳銃の撃鉄に指を入れて、発砲を防ぐのに必死であった。


「その帽子は私奴が責任を持って、クリーニングしますので、どうか、どうか! 御乱心なさらぬようお願い致しますッ゙ッ゙‼」


 次第に落ち着きを取り戻すブリキ。

 その場にへたり込むパーサー。


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