パンドラの功名

パンドラの功名 Apart


 晴天の空にカエルたちの鳴き声が心地よい早朝。

 

 紫陽花アジサイの丘を走る蒸気機関車があった。

 先頭車両から三両目の特別個室に独りの女性がいた。


 二十歳後半でショートの黒髪に真っ白な肌。

 全身黒づくめで、テンガロンハットをかぶり、無地のシャツとベストを着ている。

 

 ベストの胸元には星型のバッチをしていた。

 首元にはネクタイが締められている。


 側にはトレンチコートが畳まれていた。

 タイトなズボンと、腰にはズボン用のベルトとは別に、銃を保持するホルスターが一体化した本革ベルトをしている。


 ホルスターの中には軍用の自動拳銃が入っていた。拳銃には四十五口径の弾丸が七発装填されている。

 薬室には弾丸は入っていないが、スライドを引いて、グリップの安全装置を握れば、いつでも撃てるような状態だった。


 グリップの木製部分には握りやすいように削り込まれており、表面には滑り止め用の布張りされている。

 マガジン挿入部には、滑らかにマグチェンジが出来るようにマグウェルカスタムが施されている。

 

 その他の荷物は足元にひときわ大きなトランクがひとつあるだけだ。


 女性は布団をたたんで、座席上の荷物棚に押し込んだ。

 コートとトランクはそのままに個室に置いて、通路に出た。


 通路には誰もいない。

 個室の扉には鍵はない。

 

 だが、気にすることなく部屋を後にして、食堂のある車両に向かう。

 道中、乗務員パーサーたちとれ違った。


「おはようございます。ブリキ様」


「何か御入用ですか、ブリキ様?」


「オイッ‼ 銃を持ってうろつくな! この万年暗殺ロボットがッ!!」


 各々、決まった挨拶と約一名の罵倒を、ブリキと呼ばれる女性に言った。

 

 食堂に着くとたった一人のコック姿の男性をのぞいて、客はいなかった。


「起キタカ、ブリキ。朝食何ニスル?」


 コックはカタコトの言葉で訊いてきた。


 ブリキはカウンターに座り、


「一番安くて、腹持ちが良いやつを頼みます」


 ブリキはコインを一枚、カウンターに置いた。

 コックは、それを受け取ると手を洗った。


 コックは巨漢の黒人で、年齢は四十代後半。

 頭髪は綺麗に剃られている。髭は生やしていない。

 体格がよく、異常なまでに発達した上腕二頭筋と大胸筋に目が引き付けられる。


 彼が大きなフライパンを持っても、まるで金魚すくいのポイにしか見えない。

 現に今持っている包丁ですら、フォークと錯覚する。


 コックは淡々と料理し、お湯を沸かす。


「金払イガ悪イナ。最近、稼ゲテナイノカ?」


 ブリキはピッチャーから水をステンレスコップに注いで、ひとくち飲んでから、


「過去最大に働いていますが、借金のせいで絶賛タダ働き中です」


 と疲れ切った様子だ。


「ドノクライデ完済ナンダ」


「やっと折り返し地点。一般市民の生涯年収だったら、あと二十五回は転生しないと返済は終わらないでしょうね」


「何ヲシタンダヨ……」


「世界平和」


 ガッツポーズでブリキは決め顔で言った。

 別の車両から、誰かが扉を開けて入ってきた。

 そこには目の下に物凄いクマを作った少年が立っていた。


 褐色肌に、寝癖がひどいパープル色の髪の毛。

 服装は黄色を基調とした白衣を着ているが、ブカブカでサイズが合ってないから、白衣と言うよりレインコートにしか見えない。


「あら、蘇ったんですね。


 ブリキは少年に無礼な挨拶した。


「一生寝てろ、鉄の女」


 パンドラと呼ばれた少年は辛辣しんらつな挨拶を返し、ブリキの隣に座った。


「本日のデザートをお願いします」


 パンドラはカウンターに紙幣を一枚置いた。


「毎日、甘い物を食べてたら病気になりますよ。大人になったときにトイレで後悔しても遅いですからね」


 ブリキの頭にフライパンが直撃した。


「オレノ料理ヲ食ッタラ病気ニナルダト!! 健康ヲ考エテ提供シテルンダゾ!」


 コックは果物が盛り付けられた皿を、パンドラに提供した。

 パンドラは果物をネズミのようにガジガジと頬張り始める。


「それよりもコック。私の飯はまだですか?」


 カウンターを叩いた。


「タチノ悪イ、カスハラ、ダナ」


「誰がカス野郎ですか」


「カスタマーハラスメント」


 パンドラが訂正した。


「カス、タマ? 何ですそれ?」


「今、あなたがやってることだよ」


「私は飯の催促をしただけです。それに東洋の島国では、お客様は神様だ、そうですよ」


「だったら僕も神だ。神はこの世に二人もいらない」


「神は神でも、貴方あなたは疫病神でしょうがッ゙ガガガブンゴォ゙」


 パンドラはブリキのほおを引っ張ることで、神々の戦いに勝利を収めた。

 敗者となったブリキは、頰をさすっている。


「ソレヨリモ、パンドラ。珍シク早起キダナ。演奏にんむデモスルノカ?」


 コックはパンドラに訊いた。


「そう、次の停車駅で演奏会をする。だから、スッゴい面倒くさい」


「じゃあ次の駅は絶対に降りない方が良さそうですね。巻き沿いはゴメンです」


 ブリキは嫌そうな顔をした。

 パンドラは正反対の表情をブリキに向ける。


「そうだ、鉄の女」


「嫌です」


「まだ、何も言ってない」


「絶対にパンドラとは二重奏デュエットはしない」


「死体を一体作るだけだから。ホラ、人を殺すのが好きなんだろ?」


 頑なにブリキは首を縦に振らない。


 ブリキは過去にパンドラと一緒に仕事をして、酷い目にあった。

 それ以来、一度も仕事をしないとブリキは心に決めたのだ。


「断固拒否します。前回もそう言って、危うく死ぬところでした」


「大丈夫、死んでも僕なら何とでもできるから」


「何ともなりたくないし、ああなりたくない」


 絶対に仕事をさせたいパンドラ。

 絶対に仕事をしたくないブリキ。


 そしてコックが二人の会話に割り込んだ。


「ホラ、出来タヨ」


 コックがブリキの前に出したのは、ラーメンだった。

 容器にお湯を入れて、三分待てば出来る簡単料理?。


「金払ってインスタントラーメンを出すとは、コックと聞いて呆れますね」


「コイン一枚デ、提供出来ルノハ、ソレガ限界ダ!」


「私の健康のことも考えて頂きたい事です」


「ダッタラ、コイン一枚ジャナクテ! 紙幣ヲ持ッテコイ! 話ハ、ソレカラダ」


 ブリキはコックを罵倒しながら、麺を啜る。


「なあ、鉄の女。金がないんだろ? もし、一緒にしごt」


「何度も言いますが、お断りします」


「チャーシュー」


 パンドラは突如、トッピングをいう。


「その具のない素朴なラーメンに欲しいだろ。チャーシューがよ」


「・・・・・・」


「そうだ煮卵もつけよう。メンマにホウレンソウ――――」


 パンドラはラーメンを美味しくする魔法の言葉を列挙する、ブリキは生唾を飲み込んだ。

 その一瞬をパンドラは見逃さなかった。


 ここで勝負に出た。


「チャーハンッ‼」


「⁉」


 パンドラの言葉に沈黙が生まれた。


 時間が流れ、刻々と麺は伸びていく。


「――――ザ」

 

 沈黙を破ったのは、ブリキだった。


「ギョウザとトッピング全種。それと替え玉だ」


「交渉成立」


 パンドラは新たに紙幣をカウンターに出した。

 コックも同時に調理を始める。


「言って置きますが、私は死体を用意するだけです。用意したら、すぐにその場を撤退します。いや、私が安全圏に逃げるまで、絶対に魔術を使わないでください。絶対に」


「仕方ないですね・・・・・・。できるなら、演奏が終わるまでブリキには僕の護衛をしてほしいのだけど」


「死んで生き返っても嫌です」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の駅に到着した時には、既に夜だった。


 辺りは近代的な建物が立ち並ぶ都市であった。

 綺麗に舗装されたアスファルトの道があり、歩道と車道ときっちり分けられていた。


 歩道を行きかう人々は清潔感があり、皆が手に板状の電子機器を持っている。

 車道には、馬車ではなく、ガソリンで動く車が走行している。


 夜でも建物や街頭の光で明るく都市を照らしていた。

 蒸気機関車は名目上めいもくじょう、荷物の受け入れで停車しているが、ブリキたちが演奏にんむを終えるまで、プラットフォームで待機状態であった。


 なのでブリキたちは時刻を気にする事なく、演奏にんむに集中出来る。

 車両を先に降りてきたのは、ブリキだった。


 テンガロンハットを被り、トレンチコートを羽織っている。

 トレンチコートの裏には自動小銃をしっかり装備している。

 

 小銃は7.62×51 mmの弾丸を使用する。

 ひとつのマガジンには、最大で二十発装填可能。

 

 予備マガジンは六個あり、腰のベルトに付けたマグポーチに収納されている。

 合計で百四十発の弾丸だ。


 小銃の見た目は流行りの独立式ピストルグリップではなく、ウッドストックと一体化した古風なピストルグリップだが、ブリキはこの銃を信頼している。

 もしくは愛着かもしれない。


 それが表しているように小銃には近代化カスタムが施されている。

 黒色のレイルハンドガードが銃身を覆うようにそなえられ、至近距離と中距離でも対応できるショートスコープがマウントされている。


 ハンドガードの下には狙撃を安定させる折り畳みのバイポット。

 サイドレイルの右側には、レーザーポインターとフラッシュライトが内蔵された装置もある。


 今日は珍しく小銃には、おしゃぶり《サイレンサー》が装着されていた。

 無論、四十五口径の拳銃も、腰のホルスターに装備している。


 それと背負うようにトマホークも用意していた。

 トランクは逃げるときに邪魔になるので、車両に置いてきた。


 出来るだけ軽くしたいが、万が一に逃げ遅れた場合の保険を考えたら、小銃は持たずにはいられなかった。

 今のブリキは普段ではオーバーなほどに、フル装備なのだ。


 ほどなくして、パンドラが降りてきた。

 格好も食堂で会った時と同じであった。


 手荷物はなく、ポケットにチョークが一本と、少しの起爆剤と導火線があるだけだ。


「とっとと演奏にんむを終わらせますよ」


 ブリキはパンドラに言う。


「目的地はできるだけ人が密集しているのが良い。動けない患者のいる病院や老人ホーム、学校。特に良いのは小学校かな、彼らは素早いし、人々も躊躇ちゅうちょが生まれる」


「相変わらず、えげつない選定ですね。私よりも残忍だ」


 ブリキですら吐き気を催す邪悪と評した。

 

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