本を読みながら、本を読む夢を見ていた
リュウ
第1話 本を読みながら、本を読む夢を見ていた
私は、新しい仕事に就いていた。
もう年金をいただく年齢に達していた。
まだ、まだ働くけると、この仕事を選んだ。
いや、この仕事しかなかった。
それは機械警備業務と言う仕事だ。
依頼された施設にセンサー機器を取り付けていて、施設に侵入者があれば、センサーが教えてくれる。
センサーの反応した施設に車で向かい、何があったか確認する仕事。
複数ある施設に直ぐ行ける距離の場所で、路上駐車し待機する。
何もなければ、ずーっと車中で待機となる。
待機することもこの仕事の一部だ。
たまたま、離職者が出た為、勤務シフトが密になっていた。
この世の中、入社する者が現れなかった。
休憩が少なくなった生活が続く。
昼夜逆転の生活が続いていた。
あっと言う間に眠りにつける人が居る。
なんと羨ましいことだ。
私は、なかなか寝付けない。
良い睡眠をとれば、昼夜逆転の仕事をしても耐えられるのかもしれない。
私がすぐに眠りにつけた時は、それは眠りではなく失神しているのだろう。
失神しているので、目が覚めても何も覚えていない。
眠りの足りない時間は、積み重なって行って、何日も徹夜しているのと同様な疲れをもたらすのだろう。
その疲れは、突然やってくる。
突然、電池が切れたようにガクッと気絶するのだ。
その気絶する時間は何秒という短い時間だ。
私は、待機中に本を読もうとしていた。
最近、本を読むようになった。
若いころは、まったくと言うほど小説を読むことはなかった。
何気なくとった本がとても面白く感じて、それ以来読むようになった。
小説は、別の世界に連れて行ってくれるからだ。
私は本を開く。
今日は、疲れているためか、頭に入ってこない。
文字が綺麗に並べられている。
指で行をなぞってみる。
指先から感じられるわずかな凹凸が、確かに文字が存在していることが感じられる。
この整然と並んだ文字が、私に何かを伝えようとしている。
だが、今の私は、それを受け止めることが出来ないらしい。
私はじっとと本を見つめていた。
身動きもせずに、開いたページの文字列を見つめていた。
その時だった。
私は、失神した自分の夢の中に居た。
本を読みながら、本を読む夢を見ていた。
私は、夢の中でその本を開く。
”存在”すると言うことは、どう言うことなのだろうか。
例えば、地図に記されていない道があるとする。
その道は存在しているのだろうか。
その道を文章や絵で残そうと思った人がいなかっただけなのだろうか。
それとも、他の人に教えたくなかったと言うことだろうか。
自分だけ知っていれば良いと考えたからだろうか。
つまり、誰かに伝わらなければ、存在しないと言うことなのだろう。
そうであるなら、夢は存在しない。
夢は他人には見ることができない。
自分の頭の中にある本当の夢を決して他人が見ることが出来ない。
だから、存在しない。
私は、この部屋に閉じ困っている。
誰も私のことを知らない。
だから、私は存在しない。
私が存在しなくても、世界は何も困らないのだ。
疑うなら、居なくなってみるがいい。
たとえば、あなたが会社員なら、退職することで会社は立ち行かなくなりますか。
そんなことはない。
あなたの代わりになって、働いてくれる誰ががあなたの居なくなった穴を埋めてくれる。
人々は、この世に生まれ、変わらない日々を繰り返し、死んでいく。
そこには、私が存在しなくても何もかわることはない。
電車は時間通り、運行され、
テレビは同じ時間にドラマやニュースを放映し、
時は流れ、誰もが最終的には死んでしまう。
その時の流れの中に、私と言う存在は無くても、何も支障なく過ぎていく。
私が外の世界を知らなければ、外の世界も存在しない。
外の世界が存在しなければ、私も存在しない。
私を知っている人が居なくなった瞬間、私は完全に無となるのだ。
私は、この世に存在しなくてもいいのか。
存在した方がいいのか。
誰も教えてくれない。
どっちでもいい。
それが答えだろう。
私は、自分の夢の中から戻ってきた。
周りを見回す。
待機中の車の中。
私の脳が、もの凄い速度で情報を処理する。
変わったことはない、人通りも無くなったいつもの街中。
規則正しく街頭が並び、アスファルトの道を照らす。
私は、本を閉じた。
本を読みながら、本を読む夢を見ていた リュウ @ryu_labo
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