第2話

「お許しください」

スズは、剣術の稽古の帰り道だった。

突然聞こえてきた声にビックリして振り返る。酒屋の店先で老夫婦が、頭を下げていた。

「こんなまずい酒が飲めるか!」

「そう言われましても、うちで一番高級な酒でして」

「高い金払わせておいて、不味いもの売ったら詐欺だろ」

「そ、そんな。酒造りには手を抜いてことなど御座いません。お客様からも、喜んで頂いておりますし」

「じゃなにか、俺の舌がバカだって言うのか?」

「ちょっと、やめなさいよ」

見かねたスズが止めに入った。

「なんだお前、俺が天下統一を果たし、この大和幕府を開いた長妻頼政様の家来と知ってのことか」

「だからなによ。どうせ一番下っ端でしょ」

「何だと!生意気なガキだな」

「私の名前はガキじゃない。スズよ」

「痛い目にあいたいようだな」

スズは、竹刀を構えた。

「ふっ、遊んでやるか」

殴りかかってきが、スズは、ひらりとかわし、竹刀で腰を打った。

「痛てぇー。てめぇーコノヤロー」

また向かってきたが、体を翻し今度は額を打った。

「痛てぇーなチクショー。おぼえてやがれ」

逃げて行った。

「お嬢さん、ありがとね」

「いいえ」

「まだ、千姫様が城主だったときは、こんなことはなく、平和だったのに。しかし、大丈夫かね。頼政様にたてついて」

「大丈夫です。また、追い返してやりますから」

スズは、笑顔で言った。


「おかえり」

祖母が笑顔で言った。祖母は、呉服屋を営んでおり、店の奥が住まいとなっている。

祖母と二人暮らしで、スズも看板娘として、店を手伝っていた。

「待ってて、すぐ着替えてくるから」

「急がんでもいいよ。少し休んでおいで」

スズは、奥で着物に着替えると、お気に入りの簪(かんざし)を刺した。

「ちょっと、おやめください」

なにやら、外が騒がしい。

スズが出ていくと、男が2人立っていた。

「あいつです」

指を差したのは、酒屋の前でスズが返り討ちにした男だった。

「あんたは」

「さっきは、よくもやってくれてな」

「なによ、また痛い目に遭いたいの?」

「さっきみたいにはいかないぜ。頼む」

「ここじゃ狭い。表に出な」

スズは、竹刀を持って外に出た。

隣のひょろっとした男は刀を抜いた。

「拙者は、彦座絵門之助多田飯。この世で一番強い男。例え女、子供でも容赦しないぞ」

「能書きはいいからかかってきなさい」

スズは、竹刀を構える。

「えーいこしゃくな」

スズは、竹刀を素早く振り回したが、男は、簡単にそれをさばいた。

「ほぉ、少しはやるようだな。だが、甘い」

男の一太刀を竹刀で受け止めると、竹刀は半分に折れてしまった。

「さて、どうする。竹刀はもう使えんな」

「待て、その子に手を出すな」

いつの間にか、男が立っていた。

全身黒ずくめで、顔も頭巾で覆われている。

「誰だ?」

「名のるほどのもんじゃない」

「えーい、邪魔をするでないわ」

彦座絵門之助多田飯は、切りかかった。

頭巾の男は、素早く、彦座絵門之助多田飯の刀を避け、彦座絵門之助多田飯の背後に回り、彦座絵門之助多田飯の首にくないを当てた。

「この子に構うな。帰んな」

その時、突然、彦座絵門之助多田飯の胸を何かが切り裂いた。

円月輪だ。鉄製の輪の回りが刄になっていて、相手にめがけて投げ、また投げた者の元へ返ってくる。この武器を得意としていたのは・・・

円月輪は、弧を描き平屋の屋根の上に飛んでいく。そこに人影があった。

「久しぶりだな國光」

「才蔵」

「なぜ、お前がここにいる」

「それは、関係ないだろ」

「まぁいいさ。負け犬は大人しくしていればいいものを。源川家無き今、お前も必要はない。葬ってくれよう」

才蔵は、背中の刀を抜いて、屋根から飛び降りた。

「速い」

一瞬で國光の間合に入り込む。

「遅いぞ國光」

刀の峰が國光の腹に食い込む。そのまま吹っ飛ばされ、向かいの家の壁に穴が開いた。

「だいぶ手加減したが、やれやれ、実力の差というやつだな」

國光は、なんとか起き上がったが、血だらけ

になっていた。

「次で最後だ」

才蔵は、刀を構えた。

國光は、玉を懐から取り出した。

火をつけると、玉から出た煙が辺りを包み込む。

「煙幕か」

スズを抱き上げると、高く飛び上がる。

「逃がすか」

才蔵は円月輪を投げた。國光の腿を切りつけた。

「ぐぁっ」

痛みに耐えながら、スズを抱え屋根ずたいに走り去っていった。


「國光が出てきたのには、何か意味があるに違いない。あの娘、まさか」

「どうします?」

「まあいい。こっちには人質がいる。

あいつはやって来るだろう」


國光は、望遠鏡でその様子を見ていた。

「連れていかれちまった」

スズはうつむいた。

「私のせいで。でもなんで私の両親まで。

あなたも、あの才蔵という人も、私たちに

なんの関係があるの?何か知ってるなら教えて」

「これは、宿命なんだ。俺の力ではここまでだ」

「そんな」

「どうにか出来るとすれば獅子丸しかいない」

「獅子丸?」

「そう、獅子丸。最強の忍だ。あいつより強いやつはいない。あいつなら、きっと。

だが、動くかどうか」

「どういう意味?」

「俺も、才蔵も、獅子丸も源川家の忍だった。あの時、源川家は天下統一を果たし、

帝からも承認されていた。

ところが、才蔵が裏切り獅子丸を罠にはめたんだ。才蔵がなんと言って、獅子丸を説得したのかは分からないが、とにかく、その時獅子丸は城にいなかった。そこを長妻の軍に奇襲をかけられ。その後、才蔵は長妻頼政と共に今の幕府を開いた。獅子丸は、それから世捨人となった。長妻と関わる気はないだろう」

「獅子丸は、今どこに?」

「今は盗賊をやっているらしい」

「私が会いに行ってくる」

「俺も行く」

立ち上がろうとするが、力が入らない。

「無理よ、その怪我では。一人で行くわ」

「何があるか分からんぞ」

「自分のことだから、自分でなんとかしないと」

「分かった、頼むぞ。少し変わってるが、頼りになるやつだから。この刀と、俺の馬を使うといい。獅子丸は、右手に刺青があるから、すぐわかるはずだ」

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