第46話 だから、違うんだって。


 『絶対に言ってはいけない言葉がある』

 

 どんなに親しかろうが言ってはいけない。親しさを過信してはいけない。それは一度ひとたび、口から出れば、相手の心臓を食い破り、決してなかったことにはできないからだ。

   


 (激しい雨の音)



 「んっ……ん、あっ……」


 浴衣を着たままのまひるが、俺の上で腰を動かしている。


 「……はぁはぁ。今日のなぎくん、凄い……。ね? 中にいっぱい頂戴……」


俺は微睡まどろみながら、右手で、まひるを抱き寄せる。腕枕されていたまひるは、背中をのけ反らせ、俺にピタッと寄り添ってきた。


 まひるが甘えた声で聞いてくる。


 「わたしのこと好き?」


 俺は「あぁ」と答える。


 すると、まひるは、目をつむって俺の腕に顔を押し付ける。


 「……よかった」




 まひるの寝息が聞こえてくる。

 

 寝てしまったようなので、まひるを起こさないような静かに腕をどかし、俺はシャワールームに行った。


 

 シャワーを浴びながら、考える。


 最近、まひるがやたら気持ちを確かめてくるのだ。さっきのように、直接に聞かれることも多い。


 なんでだろう。

 そんな心配させるような事もないと思うんだが……。



 ……もしかして、あおいか?



 ふと、スマホをテーブルに出しっぱなしな事に気づいた。俺のスマホは画面を開いたまま放置すると、時間が経ってもロックされない。

 


 ……嫌な予感がする。



 脱衣所から出る。

 すると、まひるが目を擦りながら泣いていた。


 その傍らには、画面が光ったままの俺のスマホ。



 そこにはメッセージが表示されていた。


 「ナギさん。お誕生日だよね? プレゼントに、わたしの処女あげようか? ほしい? 蒼依あおい


 それを見て、俺は頭から血の気が引くのを感じた。どうしていいか分からなくて、吐き気がする。


 そして、直後にすごく後悔した。


 最近、あおいのメッセージの雰囲気が変わってきて、こういう内容が増えていたのだ。


 俺にその気はなかったので、どこかのタイミングで牽制しないと、とは思っていたのだが、なんだか可哀想で、対応を後回しにしてしまった。


 どういう流れでこのメッセージなのかは分からないが、せめて、花火大会の間にスマホを確認していれば、今の最悪な事態は防げたかも知れない。


 俺は無駄だと思いながら、弁解をする。


 「これは、その。違うんだよ」


 すると、まひるは、今まで俺に見せたことがない顔をした。目を吊り上げ、すさまじい怒りが滲み出ていた。シーツをバンバンと叩く。


 「なぎくん、ひどい! 信じてたのに」


 「いや、だから。これ質問されてるだけだし。まだ何もしてな……」


 まひるは、俺の言い終わりを待たずに、ヒステリックに言葉を被せてくる。


 「『まだ』?、じゃあ、いつかはする気だったんだ。妹みたいっていうから信じてたのに。貴方は、妹から処女もらうんですか?」


 それからは売り言葉に買い言葉。

 俺も声を荒げヒートアップする、


 だけれど、言いながら思っていた。


 『さっきまで楽しく花火をみていたのに、なんで喧嘩なんてしなきゃならないんだ』


 いつしか、自分が喧嘩のキッカケを使ったことなど忘れてしまい、自分のことを、まひるに喧嘩をふっかけられた被害者のように感じていた。



 そして、つい。

 言ってしまったのだ。



 「ってか、俺らセフレだろ? なんでお前にそんな事言われなきゃならないわけ?」


 

 口から出た瞬間に激しく後悔した。

 そして、もうなかったことにはできないことを、本能的に感じた。


 まひると過ごした時間を、全否定するようなことを言ってしまった。



 その言葉を聞いた時、まひるは口を開き、俺に失望するような顔をしていた。


 そして、それからは俺が何を言っても全く聞いてくれず、荷物をまとめると、1人でホテルから出て行ってしまった。出ていくとき、顔はよく見えなかったが、もう涙は流していないようだった。


 俺は1人で部屋に取り残される。

 まだ、まひるの温もりが残っている部屋。


 まひるが悪いわけでも、あおいが悪いわけでもない。

 

 全部、俺が悪い。



 (ザー……)


 雨の音が部屋まで響いている。


 目の前では、さっきまでまひるに抱えられていたパンダのぬいぐるみが、静かにこちらを見ている。


 「なんでこんなことになっちゃったんだろうな……」


 俺は孤独を紛らわせるように話しかけるのだった。


 

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