第45話 花火大会で。


 花火大会当日。


 車で行くと駐車で苦労するので、電車で行くことにした。俺の最寄駅で待ち合わせをする。


 待ち合わせ場所につき、時計を見る。


 『まだ30分以上ある』


 今のうちに酒とか食料を買っておこうかな。

 持て余した時間を有効活用し、近くのスーパーに行くことにした。

 

 すると、見覚えのあるルームウェアを着ている人を見かけた。あおいと選んだのと同じ服だ。


 もしや、深村先輩か?

 

 その人はスナックコーナーをウロウロしている。大きなペットボトルの炭酸飲料とスナックを買い込んでいるようだ。


 後ろ姿なので顔は見えないが、髪の毛はボサボサ、太っていて、ずりあがった上着から下着が見えている。


 おれの知っている先輩とは似ても似つかない雰囲気だった。


 『同じ服なだけか……な?』


 同じ服の人なんて幾らでもいるだろう。きっと、たまたまの偶然だ。そう思いつつも、声をかけてみるか迷っていると、まひるからメッセージが入った。


 『つきました まひる』


 なんとなく後ろ髪がひかれる気がしたが、俺はその場を後にした。


 待ち合わせ場所に戻るとまひるがいた。


 浴衣を着ている。

 時計台の下に浴衣のまひるがいて、まるで舞台でスポットライトに照らされているようだった。


 白地に風鈴とトンボの浴衣。それに朱色の帯と同じ色の巾着を合わせている。変に大人びていなくて、等身大な感じがして、よく似合っている。


 とはいえ、まだ5月だ。沿線で花火大会があるとはいっても、他に浴衣の女性はいない。


 まひるは俺に気づき、手を振る。


 「ちょっと早いと思ったんだけれど、今日は暑いから浴衣にしちゃった」


 「確かに暑いな」


 まひるは手拭いで、額を拭う。


 「うん。でも、浴衣の人、わたししかいなくて。なんだかジロジロみられて恥ずかしかった……」


 いや、それは単に、浴衣が似合いすぎているからだろう。本当にキレイな子に限って、自分の美貌に自覚がなかったりするものらしい。


 花火大会の会場につく。


 さすがに会場が近いだけあって、すごい人混みだ。少し時間があるので、久しぶりの横浜デートを楽しむことにした。


 中華街にいき肉まんを食べ、みなとみらいで観覧車に乗り、夕方近くになり、赤レンガのあたりを浴衣のまひると歩く。 

  

 まひるの右腕には、中華街で買った謎のパンダのぬいぐるみが抱えられている。正直、俺の感覚では、かわいくないと思う。


 しかし、ねだられて即却下したところ、例の如く駄々をこねられ、買ってしまった。まひるの方は、ぱんだをえらく気に入っているようで、俺の部屋のどこに飾るか考えている様子だ。


 できれば、自分の家にお持ち帰り願いたいのだが……。


 

 時々、すれ違う人が振り返ってまひるを見る。しかし、振り返るのは、ほとんどが男性で、やはり、浴衣を奇異の目で見ている訳ではないようだった。


 「あの子、かわいい」、「わたしも着てくれば良かった」という声が聞こえてくる。


 おれは自分が褒められているようで、なんだか気分が良かった。

 

 赤レンガをしばらく散策し、海岸沿いの柵に寄りかかって花火の時間を待つ。ビールを片手に色々と話すのは楽しい。


 時々、海風が吹き、まひるの髪が巻き上げられる。


 その都度、まひるは右手で髪をかきあげ、耳の上に挟むのだが、その仕草がなんともいえず綺麗だった。


 俺が二杯目のビールを飲み干す頃、花火大会が始まった。ここの花火大会は、規模こそ小さいが、工夫が凝らされていて評判が良い。


 花火が打ち上がる度に、ニコニコしたり、驚いてみたり、俺に抱きついてみたり。


 まひるの表情が忙しくコロコロ変わるので、見ていて楽しい。

 ずっとまひるのことばかり見ていたら、「ちゃんと花火みないとダメだよ」とまひるに言われてしまった。


 花火大会が終わる頃、急に雲が厚くなって、風が強くなり、空がゴロゴロといい出した。

 

 これは一雨ひとあめきそうだな。


 まひるも汗だくだというので、近隣のホテルで一休みすることにした。



 ———その日は花火に夢中で、ほとんどスマホを開いていなかった。いま思えば、一度くらいはチェックしておけば良かった。

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