第41話 この命、尽きるとしても。
風呂の後は、朝食をとってチェックアウトの時間になった。旅館の門扉の前に車をつけて、まひると写真を撮る。
まひるとの初めての旅行。
もう少しで終わってしまうと思うと、名残惜しい。
車に乗り込み、ハンドルを握る。
エンジンをかけると燃料計の針が控えめに動いた。
『ガソリンが思ったより減ってる。どこかで給油していくか』
宿を出て30分程で、女将さんに教えてもらった殺生河原についた。
まひると遊歩道を歩く。
見渡す限り、月面のクレーターのような地形で火山性のガスが噴出している。
なんでも、生物が息絶えることから、この名前がついたということだった。
観光名所ということだが、何故か今日は空いている。快適だ。運がいい。
お土産屋に行くと、まひるが『ミニ殺生石』という謎の石ころを欲しがった。
『用途不明』、『高い』、『ここのお土産じゃない気がする』という、不要3要素が揃っているので、当然、却下した。
しかし、やはり。
まひるはどうしても欲しいと駄々をこねる。
ワニの時も思ったけれど、こいつの物欲の基準が分からない。
まひるに用途について尋ねる。
すると、まひるはあれこれ悩んだ末に答えた。
「んー、メモを押さえたり、家の箱を守護してもらったり?」
守護ってなんだ?
この石は、何かが封印された精霊石なのか?
どちらかというと、悪霊が入ってそうなのだが。
まぁ、色々と思うところはあるが、記念ということで買ってあげた。
観光が済んで、帰路に着く。
まひるは鼻歌まじりで、ミニ殺生石を車のダッシュボードに置いた。
5分ほど走った頃。
突然の豪雪になった。
え。
11月の草津って、雪積もるの?
ホワイトアウトで、全く前が見えない。
今日に限って車も少ないから、目印になるようなテールライトもない。
これはやばい。
スタッドレスタイヤじゃないので、動き回ると危険だ。近くのチェーン脱着場に車を寄せた。
とりあえず、ハザードをたいて、車の中で様子をみることにした。
大丈夫。
きっと、一時的な雪だ。
しかし、その間にも、フロントウィンドウは雪に埋もれてしまい、外が全く見えなくなる。
15分程して、外の様子を見てみる。
すると、車のフロントグリルあたりまで雪が積もっていた。
リアの雪は大木が庇になってくれていたので、マフラーが埋もれることはなさそうだった。一酸化炭素中毒の心配がなさそうなのは、唯一の救いだ。
まひるも心配そうにしている。
ミニ殺生石を撫でながら言った。
「この子のおかげで、マフラーに雪が積もらないなんて、感謝しないとね」
いやいや、そいつを車に設置した途端に、大雪になったんだが?
さらに30分ほど待ってみる。
雪はまだまだ止む様子はなく、ドアを開けるのに苦労するほど雪が積もっていた。
『やばいかも』
そう思い、JAFか警察に電話をしようとするが、スマホが圏外になってしまって繋がらない。ラジオをつけてみると「大寒波で、群馬以北の山岳部は、数十年に一度の大雪になるかもしれない」とのことだった。
どうりで、車が少ない訳だ。
一昨日の天気予報で安心してしまって、今日の確認を怠った。
雪が降り続ける中、まひると手を繋いで時が過ぎるのを待つ。
あたりは不気味なほど静かで、時々、ザザッという、雪が滑り落ちる音だけが響く。
そのうち、燃料計のエンプティーランプが光り始めた。
この状態で、あと何時間ガソリンはもつのだろう。暖房が切れたら、きっと車内は、すぐに氷点下だ。
冗談まじりの『やばい』は、いつの間にか本当の命の危険に変わったらしい。
そして、今はお互いに、遭難の事実を直視できずにいる。
まひるが、俺の手を握ってくる。
「わたしたち、ここで死んじゃうのかな……」
いや、まひるだけでも助けないと。
どうしたらいいんだろう。本気でわからない。
すると、まひるが続ける。
「わたし、なぎくんとならいいよ? 一緒に死んじゃったら、来世でもまた会えるのかなぁ?」
いや、全然よくない。
死ぬなら、俺だけで十分だ。
まひるが、俺の肩に頭を乗せる。
そして、気づいたら、キスしていた。
まひるが耳元で囁く。
「ねぇ。最後にもう一度、しようよ。わたし、最期は、なぎくんを感じながらがいい」
そういうと、まひるは下着を脱ぎ、センターコンソールを跨いで運転席に来る。
そして、お互いの不安を消し去るように、貪りあった。
途中、まひるが動きを止めて俺の顔を見つめてくる。そして、両手を胸の前で握り合わせ、苦しそうな、幸せそうな、切なそうな笑顔で囁いた。
「ねぇ。なぎくん。わたし、最後くらい嘘がない自分でいたい。わたし、本当はね……」
先を聞かなくても、後に続く言葉はわかっている。俺は、まひるを抱きしめて言葉の続きを待った。
その時。
ガチャ。
不意に車のドアが開いた。
ドアの向こうには、ヘルメットを被った作業着の男性が立っていた。
俺とまひると男性の目が合う。
「アッ」
男性はそう言うと、すぐにドアを閉めた。
まひるは急いで自分の席に戻り、服を整える。
そして、数十秒してまたドアが開き、男性は話し始めた。
男性の向こうには、レッカー車が止まっていた。
「ごめんね、突然。このエリアの山道を封鎖することになってね。私達の車両が先導するので、積雪がない場所まで移動をお願いできるかな?」
そう言うと、男性は、退避用の布チェーンを渡してくれた。
どうやら男性はレスキューの人で、たまたま偶然、俺達の車を見つけてくれたらしい。そのまま先導されて、車で雪がない場所まで移動した。
道路の雪がなくなり、寒さが和らいできた頃。
ようやく助かったと言う実感が湧いた。
『よかった。助かった』
俺とまひるは抱き合って、互いの無事を喜んだ。
まひるは本気で、ミニ殺生石のおかげで助かったと思っているようだが。
俺は、遭難したのは、この石の呪いなんじゃないかと思っている。
今度、まひるがいない間にどこかに供養に出そうと思う。違う石ころを置いておけば、きっと気づかないだろう。
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