第40話 この命、尽きるとしても。


 風呂の後は、朝食をとってチェックアウトの時間になった。旅館の門扉の前に車をつけて、まひると写真を撮る。


 まひるとの初めての旅行。

 もう少しで終わってしまうと思うと、名残惜しい。



 車に乗り込み、ハンドルを握る。

 エンジンをかけると燃料計の針が控えめに動いた。


 『ガソリンが思ったより減ってる。どこかで給油していくか』

 


 宿を出て30分程で、女将さんに教えてもらった殺生河原についた。


 まひると遊歩道を歩く。


 見渡す限り、月面のクレーターのような地形で火山性のガスが噴出している。

 なんでも、生物が息絶えることから、この名前がついたということだった。


 観光名所ということだが、何故か今日は空いている。快適だ。運がいい。

 

 お土産屋に行くと、まひるが『ミニ殺生石』という謎の石ころを欲しがった。


 『用途不明』、『高い』、『ここのお土産じゃない気がする』という、不要3要素が揃っているので、当然、却下した。


 しかし、やはり。

 まひるはどうしても欲しいと駄々をこねる。


 ワニの時も思ったけれど、こいつの物欲の基準が分からない。


 まひるに用途について尋ねる。

 すると、まひるはあれこれ悩んだ末に答えた。


 「んー、メモを押さえたり、家の箱を守護してもらったり?」


 守護ってなんだ?

 この石は、何かが封印された精霊石なのか?


 どちらかというと、悪霊が入ってそうなのだが。



 まぁ、色々と思うところはあるが、記念ということで買ってあげた。


 

 観光が済んで、帰路に着く。

 まひるは鼻歌まじりで、ミニ殺生石を車のダッシュボードに置いている。

 


 5分ほど走った頃。

 突然の豪雪になった。


 え。

 11月の草津って、雪積もるの?


 ホワイトアウトで、全く前が見えない。

 今日に限って車も少ないから、目印になるようなテールライトもない。

 

 これはやばい。

 スタッドレスタイヤじゃないので、動き回ると危険だ。近くのチェーン脱着場に車を寄せた。


 とりあえず、ハザードをたいて、車の中で様子をみることにした。


 大丈夫。

 きっと、一時的な雪だ。


 しかし、その間にも、フロントウィンドウは雪に埋もれてしまい、外が全く見えなくなる。

 


 15分程して、外の様子を見てみる。

 すると、車のフロントグリルあたりまで雪が積もっていた。


 リアの雪は大木が庇になってくれていたので、マフラーが埋もれることはなさそうだった。一酸化炭素中毒の心配がなさそうなのは、唯一の救いだ。



 まひるも心配そうにしている。

 ミニ殺生石を撫でながら言った。

 


 「この子のおかげで、マフラーに雪が積もらないなんて、感謝しないとね」

 

 

 いやいや、そいつを車に設置した途端に、大雪になったんだが?



 さらに30分ほど待ってみる。

 雪はまだまだ止む様子はなく、ドアを開けるのに苦労するほど雪が積もっていた。

 

 『やばいかも』


 そう思い、JAFか警察に電話をしようとするが、スマホが圏外になってしまって繋がらない。ラジオをつけてみると「大寒波で、群馬以北の山岳部は、数十年に一度の大雪になるかもしれない」とのことだった。

 

 どうりで、車が少ない訳だ。


 一昨日の天気予報で安心してしまって、今日の確認を怠った。


 雪が降り続ける中、まひると手を繋いで時が過ぎるのを待つ。

 あたりは不気味なほど静かで、時々、ザザッという、雪が滑り落ちる音だけが響く。


 そのうち、燃料計のエンプティーランプが光り始めた。


 この状態で、あと何時間ガソリンはもつのだろう。暖房が切れたら、きっと車内は、すぐに氷点下だ。

 

 冗談まじりの『やばい』は、いつの間にか本当の命の危険に変わったらしい。

 そして、今はお互いに、遭難の事実を直視できずにいる。

 

 まひるが、俺の手を握ってくる。


 「わたしたち、ここで死んじゃうのかな……」


 いや、まひるだけでも助けないと。

 どうしたらいいんだろう。本気でわからない。


 すると、まひるが続ける。


 「わたし、なぎくんとならいいよ? 一緒に死んじゃったら、来世でもまた会えるのかなぁ?」


 いや、全然よくない。

 死ぬなら、俺だけで十分だ。


 まひるが、俺の肩に頭を乗せる。

 そして、気づいたら、キスしていた。


 まひるが耳元で囁く。


 「ねぇ。最後にもう一度、しようよ。わたし、最期は、なぎくんを感じながらがいい」


 そういうと、まひるは下着を脱ぎ、センターコンソールを跨いで運転席に来る。

 そして、お互いの不安を消し去るように、貪りあった。

 


 途中、まひるが動きを止めて俺の顔を見つめてくる。そして、両手を胸の前で握り合わせ、苦しそうな、幸せそうな、切なそうな笑顔で囁いた。

 


 「ねぇ。なぎくん。わたし、最後くらい嘘がない自分でいたい。わたし、本当はね……」


  

 先を聞かなくても、後に続く言葉はわかっている。俺は、まひるを抱きしめて言葉の続きを待った。

 




 その時。

 


 ガチャ。

 

 不意に車のドアが開いた。

 ドアの向こうには、ヘルメットを被った作業着の男性が立っていた。


 俺とまひると男性の目が合う。


 「アッ」

  

 男性はそう言うと、すぐにドアを閉めた。

 まひるは急いで自分の席に戻り、服を整える。


 そして、数十秒してまたドアが開き、男性は話し始めた。


 男性の向こうには、レッカー車が止まっていた。


 「ごめんね、突然。このエリアの山道を封鎖することになってね。私達の車両が先導するので、積雪がない場所まで移動をお願いできるかな?」


 そう言うと、男性は、退避用の布チェーンを渡してくれた。


 どうやら男性はレスキューの人で、たまたま偶然、俺達の車を見つけてくれたらしい。そのまま先導されて、車で雪がない場所まで移動した。


 

 道路の雪がなくなり、寒さが和らいできた頃。

 ようやく助かったと言う実感が湧いた。


 『よかった。助かった』


 俺とまひるは抱き合って、互いの無事を喜んだ。



 まひるは本気で、ミニ殺生石のおかげで助かったと思っているようだが。

 俺は、遭難したのは、この石の呪いなんじゃないかと思っている。


 今度、まひるがいない間にどこかに供養に出そうと思う。違う石ころを置いておけば、きっと気づかないだろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る