第40話 露天風呂。
「いてて……」
旅先での朝は頭痛でスタートする。
昨日、タダだからと飲みすぎてしまった。
どこからかチュンチュンと可愛らしい鳥の
隣に目をやると、浴衣のまひるが寝ている。
胸元がはだけていて、腰のあたりからスリットのように艶かしい太ももが露わになっている。
『浴衣はいいなぁ』
そんなことを考えながら、部屋の窓を開ける。
すると、まだ薄明るい山際からムーンリバーのように朝陽が漏れ出ている。口から鼻に抜けるような緑の匂いも相まって、刻一刻と変わる光の加減に、時が過ぎるのを忘れてしまいそうだ。
『酔い覚ましに、風呂でも入ろうかな』
しばらく景色を見ていると、まひるも起きたらしく、俺の背中に身体を寄せてくる。
「ナギ君。おはよう」
昨日の花嫁は、
「まひる。風呂入らない? この旅館、露天が自慢らしいよ」
まひるは俺の話を聞く気はないらしい。
我が家のサキュバスは、目をとろんとさせ、すっかり発情中のようだ。
「ナギくんのは、わたしのお口で綺麗にしてあげる」
そういうと、まひるは俺の前に両膝をついた。
「いや、だから風呂……昨日飲みすぎて、たぶん無理だし」
あのね、酒を飲みすぎると、男は立たんのよ。
まひるは全く聞く耳をもってくれない。
5分程まひるに弄ばれたが、おれの下半身は、泰平の世を願う君主のように、朗らかで穏やかだった。
まひるがちゅぽんと口を離す。
そして、悲しそうな顔をした。
「ん……、ナギくんの何もならない。わたしのこと嫌いになっちゃった?」
おいおい、理不尽だなコイツ。
だー、かー、らー。
最初から無理って言ったじゃん。
と、言葉責めする元気もないので、まひるの手を引いて露天風呂に向かう。
だってね。
せっかく温泉旅館にきたのに、昨日、シャワー浴びただけなのよ?
お風呂入りたいじゃん。
まひるが口を尖らせ、貸切の家族風呂を指差していたような気がしたが、きっと気のせいだろう。まひるを女湯に放り込んで、俺はゆったりと朝風呂を楽しむことにした。
そう。
おれは、ゆっくり入浴したいのだ。
浴室に入ると、先客が1人いた。
浴槽は広いので、1人いるくらいなら余裕だ。
息を吐きながら、浴槽にお腹のあたりまで浸かる。浴槽に肩まで浸かると、ずっと向こうに歪な形の山が見えた。
白根山だ。既に山頂は冠雪していて、山から吹き下ろしてくる風が気持ちいい。お湯は白濁していて、ほのかに硫黄の匂いがする。
なんだか色々と効きそうな気がする。
湯に浸かりながら高校の頃のことを考える。
ふと、この名前を思い出した。
当時、彼は高三だったが、高二にして早々に卒業が絶望的だった俺を救ってくれた恩人だ。
あれから、どうしているのだろう。
明るく活発で、みんなの人気者だった先輩だ。
きっと今頃は、どこぞの大手商社などに入り、バリバリ活躍していることだろう。
のんびりしていると、壁の向こうからまひるの声が聞こえてきた。どうやら女風呂とは、壁一枚で隔てられているだけらしい。
「ナギくーん。こっちは誰もいないよー?」
そうかい、そうかい。
そっちには居なくても、こっちには他のお客さんがいるんでね。
騒がないようにね。
かまうと煩いので、ここはスルーさせてもらおう。
「なぎくーん」
「なぎくーん」
すると、まひるはウチに遊びに来た時のように、俺の反応があるまでひたすら叫び続ける。
「なぎくーん」
……しつこいな。
「もしかして、倒れちゃった? 朝から頑張らせちゃったから……」
「でも、頑張っても何もなんないし、大丈夫か。ふっ」
おい! お前!
最後に笑っただろ!!
さりげにED公表されてるし。
つか、『大丈夫』で結ぶ独り言なら、大声で言うなよ。
時々思うのだ。
こいつ(まひる)のコレはわざとなのではないかと。
それにしても、まひるめ。
女風呂が無人だからって好き勝手言いやがって。
出たら、お仕置きしてやる。
ほらみろ。
……隣のつるんとしたオジサンが、俺を見て苦笑しているではないか。
このハゲおやじめ。
いかにも自分が絶倫そうだからって、バカにしやがって。
なんか、腹が立ってきたぞ。
即刻、まひるにお仕置きを実行することにした。
俺は、女湯に声をかける。
「おーい、まひるー。女湯は他に人いるの〜?」
まひるは、無邪気に答えた。
「いないよー」
ふふ。愚か者め。
コレから起きる悲劇も知らずに、呑気なものだ。
俺は、オケに冷水をたっぷり張って、まひるが居そうな場所にあたりをつける。そして、女湯との間の壁をよじ登る。
まひるに、この冷水爆弾をぶっかけてやるのだ。
どれどれ……。
と、ふと足元に視線を落とすと、さっきの絶倫つるっとおやじも登って来ているではないか。
『お前はだめだ。部外者だろ』
俺は手を横に振って拒否の意を表明した。
すると、何故かオジサンもNOを表明する。
彼はNO中断らしい。
『って、見ず知らずのオジサンにまひるの裸は見せん』
俺はオジサンを下におろそうとする。
「あっ、桶が……」
すると、手が滑ってオケを放してしまった。
オケは勢いよく俺の頭上まで上がり、俺とオジサンの頭上から冷水爆弾が投下されたのだった。
危うく、心不全の死体が二体製造されてしまうところだった。
何故かオジサンに手を振られて脱衣所を出る。
すると、入口のすぐ傍にコーヒー牛乳が置いてあった。
これ、無料らしい。
さすが老舗旅館。至れり尽くせりだ。
「ふぅ。散々だったな。全然、のんびり入れねーし」
俺はぼやきながら、コーヒー牛乳を飲む。
すると、まひるが出てきた。
「なぎくん、男湯で大変そうだったね〜。もしかして、わたしのこと覗きたくなっちゃった?」
俺じゃなくて、アナタ、知らないオジサンに覗かれそうだったんですよ?
っていうか、大変になったの全部、アナタが原因なんですが。
まぁ、あえて言うまい。
いつの時代も、ナイトは黙って姫を守るものなのだ。
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