第33話 親父の太鼓判。


 まひるの動きが一瞬とまる。

 俺も、息だけじゃなく心臓も止まりそうだ。


 すると、まひるは数回瞬きをした後、返事をした。


 「……はい。ぜひ。ありがとうございます。あっ、準備お手伝いします」


 そういうと、まひるは席を立つ。

 そして、母と食器を運んだり、料理を盛りつけたり。


 カチャカチゃと忙しそうに動き回っている。

 

 俺はその姿を眺める。

 本来であれば尊い光景なのだろうが、今の俺は魂が抜けた状態だ。

 

 

 どうせ、お互いがお互いであることは、気づいていた事だ。

 セフレから関係を無理に進めさえしなければ、きっと大丈夫。


 きっと。

 

 俺は、自分にそう言い聞かせた。



 母がまひるを『真夜まや』と呼んだのは、あの一回だけだった。間違えたのか意図的だったのかは分からない。

 

 昼の準備が整い、皆で食事をとる。

 普段、母は1人暮らしをしているから、あまり人と話すことが多くないのだろう。


 すごく楽しそうにしている。


 そうだよな。

 食事は皆でしたほうが、楽しい。


 やはり、実家に立ち寄ってよかった。


 まひるは……。

 

 「この玉子焼き美味しいっ!! お母さん、これどうやって作るんですか?」


 とりあえずは、普通にしてくれている。


 見ている俺はヒヤヒヤだ。

 薄氷を踏む思いとは、まさにこのことだろう。


 宴もたけなわになる頃、父の話になった。

 露店のお婆ちゃんに昔話を聞いたこと、墓を掃除したことなどを報告する。


 すると、母は父の仏壇を眺めながら口元を綻ばせる。


 「あのお婆ちゃん、まだ元気なんだねぇ。そうそう、若い頃、まだ結婚する前かな。父さんとお墓参りに行ったのよ」


 まひるは身を乗り出して、母に質問した。

 

 「その時って、ご結婚してたんですか?」

 やはり、女子はこういう話が好きなものらしい。


 すると、母は急に立ち上がり、父の仏壇にお線香を焚きながら話を続けた。


 「まだ、独身だったわよ。まひるちゃん、凪と一緒にお墓参り行っちゃったのか〜〜」


 なんだよ。

 意味深だな。


 まひるも同じように思ったらしい。


 「えっ、一緒に行くと何かあるんですか? 3人目がついてきたりとか……」


 「ううん。あそこは、高咲家の先祖代々のお墓でね。あそこに未婚の女性を連れて行くと、その相手と必ず結婚するって言われてるのよ」



 おいおい、初耳なんだが。


 母は続ける。


 「現に私だって。こんな無愛想な人とは……ありえない、と内心思ってたのに、今は見ての通りよ」



 俺は露店での会話を思い出した。 


 だから、店番のお婆ちゃんは『嫁』という表現をしたのか?


 だったら、怖すぎるんだが。


 まひるを見ると……。

 とりあえずのところは、イヤそうな顔はしていない。


 ……よかった。

 俺は胸を撫で下ろす。



 まひるは手土産のことを思い出したらしい。

 紙袋を母に渡した。


 「これ、お渡しするのが遅くなっちゃいましたが、おとうさんに……」


 母は礼をいって、袋の中身を見るとニコリとした。


 「ありがとう。季節外れなのに……よく手に入ったわね。お父さんの好物なのよ」


 まひるが持ってきたのは、立派な化粧箱に入ったみかんだった。


 それで、さっき墓にもお供えしてたのか。

  

 でも、なんでまひるが親父の好物を知っているんだろう。

  


 母は仏壇の前にいくと、まひるが持参したみかんをお供えする。そして、俺たちに手招きした。


 

 「せっかくだから、お父さんにお線香あげていってね」


 まひるは手を口に当て、ハッとした顔をした。

  

 「すみません、最初にしないとなのに。わたし、気づかなくて……」


 母は、違うと言わんばかりに手を振る。

 

 「そういう意味じゃないのよ。ただね、お父さんの言ったとおりになりそうって思ってね」


 「えっ、どんなこと言ってたんですか?」


 母は顎に指を当て、少し迷った様子をする。

 そして、笑顔になった。


 「ん〜。内緒。今度、遊びに来たときに教えてあげる」


 そのあとは、3人で仏壇の前で手を合わせた。

 


 手を振る母に見送られ、車に乗り込む。

 まひるは、助手席の窓を開けて、母に大きく手を振っている。


 母の姿が見えなくなった頃。

 

 まひるは、俺の手を握った。

 そして目をじっと見つめてくる。


 「なぎくん。あのね……」


 まひるは俯くと目を強くつむり、ニットの胸のあたりを強く握った。ふと見ると、その手は小さく震えていた。


 数秒の沈黙が訪れる。


 そして、まひるは口を開いた。


 「うん、実はね……」



 「いや、言わなくて良い」

 おれは、その言葉を遮った。

 

 まひるが手を震わせてまで、何を言おうとしたのか俺にはわかる。

 きっと、俺らが普通の幼馴染だった昔の話をしようとしたのだろう。


 だけれど、今みたいに無理をさせるのではなくて、まひるの中で整理がついたら言って欲しい。


 だから、今はまだ言わなくて良い。


 これは思いやりでもカッコつけでもなくて、きっと、ただの臆病なのだろう。




 ふと、茜色の稜線に目をやると、鳥が2羽、並んで飛んでいた。つがいだろうか。


 

 さっき母さんが親父のことを話す時の顔。

 幸せそうだったな。


 子供の頃の俺は、パイロットだの弁護士だの。

 そんな父親を持つ子が羨ましかった。


 親父が家族を守るのは当たり前のことで、どこかで、子が親から何かを与えられるのは当然なんだと思ってた。


 だけど、大人になった俺は何も持ってない。

 大切な子を笑顔にするどころか、泣かせてばかりだ。


 ……親父。

 やっぱ、あんたすげーよ。




 高速に入る頃、母からメッセージが入った。


 「父さん、昔に真夜ちゃんに会った時にね。ナギの相手はこの子か。この子なら大丈夫って言ったの。さっきお仏壇のみかんを見ていて、それを思い出しちゃった。お父さんの好物も覚えていて、しっかりしてる子ね。あんたは息子なんだからお父さんの好物くらい覚えておきなさいよ。なんでも真夜ちゃんに甘えてちゃダメだからね」


 ……そうか。親父はそう言ったのか。 

 そして、俺は父の好物も忘れているダメな息子だ。


 『甘えるな』か。

 たしかにな。


 母さん、親父と同じようなことを言うんだな。


 墓で、親父にまひるを紹介したかったなって思ったけれど。


 その必要はなかったのかもな。


 


 

 

 

 

 

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