第31話 お墓参り。


 親父の墓までは、車で1時間半程の道のりだ。


 まひるがオニギリを持ってきてくれたので、サービスエリアに立ち寄って、露店で買った唐揚げをつまんでランチにする。


 なんか出会ってから、コイツのこと泣かせてばっかりだよな。

 

 まひるに会う前は、特定の子と濃い付き合いをすることはなかったからなぁ。

 女の子に詰められたりビンタされることはあっても、泣かれることはなかったんだけど。

 

 まひるのことは、泣かせてばっかりな気がする。


 そんなことを考えていると、まひると目が合った。まひるはにっこりして、俺に唐揚げを差し出してくる。


 「なぎくん、もう一個食べたかったかな?」


 当の本人は、おにぎりを頬張り、頬のあたりにご飯粒をつけている。俺は、その米粒をひとつ取って食べると言った。


 「色々とごめんな」


 まひるは不思議そうな顔をしていた。



 あの学祭の一件から、時々思うのだ。

 俺は、まひるを守ると言った。


 だけれど。

 

 誰から?

 どうやって?


 何も持たない俺が、どうしてこの子を守れると言うのだろう。




 親父の墓は秩父の山奥にある。

 菩提寺に立ち寄り挨拶をすると、おけなどを貸してもらえた。


 山道の傍にある露店で生花や線香を買う。


 店番のお婆ちゃんは、俺が子供の頃にきた時にも、既にお婆ちゃんだった。


 きっと、何百年も店番をしているこの山道の生き字引だ。その生き字引は、顔を綻ばせて言った。


 「あんた、可愛い嫁さん捕まえたねぇ。あんたの親父さんが嫁さん連れてきた時のことを思い出すよ」


 そうか。

 何十年か前。親父も同じように、母さんを連れて、ここを通ったのか。


 まひるは、なんだかアタフタしている。

 「お婆ちゃん、わたしお嫁さんじゃないです」


 いやぁ、分かっているけれど。

 面と向かって否定されると、やはり少し傷つくな。



 そこから10分ほど歩くと、墓地についた。

 中の通路を歩いて、墓を目指す。


 数年に一度しか来ないので、なかなか場所を覚えられない。


 親父の墓についた。

 そこは、少し小高くなっており、風が良く通って見晴らしが良い。


 まひると墓の掃除をして、線香を炊く。

 すると、まひるはカバンから何か出してお供えした。


 みかんだ。

 この季節でも、みかんってあるんだな。


 2人で目を閉じて冥福を祈ることにした。


 まひるは、俺より数歩下がったところで、何やら一生懸命お祈りしている。


 一体、何をお祈りしているのやら。


 俺も手を合わせる。


 


 親父は、ドライバーの仕事をしていた。

 裕福ではなかったが、いつも母のことを気にかけていた。


 俺は親父が嫌いではなかったが、どうも素直になれなかった。

 

 俺が高校に通えず、引きこもっていると。

 「この先、どうするんだ。社会はお前が思っているほど甘いもんじゃない。甘えるな」


 そう何度も怒鳴られた。

 

 しかし、その度に俺は不貞腐ふてくされた。

 『好きで家にいる訳じゃないのに。俺だって辛いんだよ』


 そんな風にしか思えなかった。

 そして、気づけば親父を避ける様になっていた。

 


 俺が高2の時、親父は仕事中の交通事故で死んだ。


 親父はガタイが良く力持ちで、そんなにあっけなく死んでしまうとは思いもよらなかった。


 結局、俺と親父は分かりあうことなく、そのままになってしまった。

 


 だが今なら、少しは理解できる。

 当時の俺は、物の道理を知ったかぶりして、弱い自分を認めたくなかっただけだ。

 

 だから。


 そんなことをお見通しだった親父は、きっと、俺のことが心配で見てみぬフリができなかったのだろう。


 

 当時はあまりに未熟で。

 それを有難いと思うことすらできなかった。

 


 『ごめんな、親父。俺は親不孝ものだ』


 

 親父。


 俺、好きな人ができたんだけどさ。

 どうやって彼女を守ればいいかわかんねーよ。


 教えてくれよ。

 


 ……俺は目を開けた。


 すると、まひるがこっちを見ている。

 俺が目を開けるのを待っていてくれたようだ。


 「なぎくん。いっぱいお祈りはできたかな?」

 


 俺はおちゃらけて言った。

 

 「あぁ、まひるに酷使されてるからな。デンマーが長生きできるように願ったよ」


 俺が走り出すと、まひるがむくれながら追いかけてくる。  


 俺はさっきのことを聞いてみる。


 「そういえばさ、なんでみかんなの?」


 すると、まひるはあっかんべーの真似をした。


 「ないしょ」


 

 去り際に後ろを振り返ると、高台に逆光がさし、親父の墓石がガタイのいい人影のように見えた。


 おれは、なんだか懐かしい気持ちになり、心の中で呟いた。

 

 『親父。こいつがその子だよ』

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