第26話 学園祭。
学園祭当日になった。
先輩と大学の最寄駅で待ち合わせし、まひるの大学に向かう。昨今のテロの影響で警備が厳重らしく、関係者しか入れないとのことだったが、まひるが事前に登録してくれて、首かけのネームカードを準備してくれた。
先輩はホルダーをくるくる回しながら話す。
「学園祭でもコレが必要なんて、最近の大学は物騒だよなー。おれの時は……」
「えっ、先輩、大卒だったんですか?」
「なんだよ。別に俺が大学いっててもいいだろ!」
ウチくらいの会社だと、大卒だと話題になったり(本人が自慢して)するもんだが、先輩についてはそういう話を一切聞いたことがなかった。
……無駄にいい学校いってそうだな。この人。
なので、詳細はあえて聞かないことにした。
すると先輩は、眉毛をハの字にして下顎を突き出している。いかにも聞いて欲しそうだが、無視無視。
大学の入口には大きな門があって、歴史を感じさせる。
いかにもアカデミックな雰囲気だ。
すると、まひるが門の横で待っていてくれた。
こちらに気づき、手を振っている。
今日のまひるは、ゼミの模擬店の売り子もするということでコスプレしている。小さい羽の生えた紫と黒の小悪魔のコスプレ。髪の毛も黒くしていてメイクも黒ベース。……似合い過ぎてる!!
夜のまひるを知っている俺から見ると、リアルサキュバスにしか見えない。
いやぁ、たまらん。
ちょっと、ウチに来る時に借りてきてもらえないかな。
しかも、メガネをかけているぞ!!
あいつ、目が悪かったのか。
メガネのまひるもいいなぁ。
放課後の妄想が尽きないぜ。
すると、先輩が脇腹をつついてくる。
なんか前のめりで怖いんですけれど。
「あの小悪魔の可愛い子がまひるちゃん? まじかよ。大当たりにも程があるだろう!! 俺がこの前アプリで会った子と交換して欲しいんだけど。チェンジプリーズ」
「NO」
断固拒否だ。
世界一の美女が来たって、まひると交換するつもりはない。
先輩は、おれより先に駆け寄ってまひるに話しかけている。チャラいにも程があるだろう。この人。
「お待たせしました! 君がまひるちゃん? うちの愚弟がいつもお世話になっております……」
まひるは半笑いで、こっちを見ている。
それと、まひるの横にいる女の子。まひるの友達かな?
「ナギくん! この子が前に話した親友の、ほのかだよ。ナギくんの次に好きな子〜!!」
そういって、まひるは、ほのかに抱きつく。
ほのかはそういうノリが苦手らしく、顔を引き攣らせて、まひるを押し退けようとしている。
まひる避けがひと段落すると、ほのかはぺこりと挨拶をしてくれた。
ほのかは、まひるより少し小さい。
少しだけふくよかだが、美人の部類に入ると思う。
そのほのかが、我らクズ兄弟を半眼で見ているぞ。あれがジト目ではなく、眠いだけだと信じたい。
すると、先輩はそんなのお構いなしに、さっそく、ほのかに話しかけている。
ほんと、すげーよ。あんた。
その先輩がこっちに戻ってくる。
そして、明るい声で、こう言ってのけた。
「ほのかちゃんの目、あれジト目だってよ(ハッハッハ)」
神様!!
この人、ここで捨てて帰ってもいいですか?
まひるとほのかに学内を案内してもらう。
学内はにぎやかで、これぞお祭りという雰囲気だ。講堂に続く大通路の両サイドには、様々な露店が出ていている。
学内を歩きながら、まひるが、ほのかに俺を紹介してくれる。
「ほのか。この人が、いつも話しているナギ君。わたしのカレ。かっこいいでしょ?」
カッコいい?
まじで?
もちろん嫌われてはいないとは思っていたが……、好きな子に褒められるのは、思った以上に嬉しいものらしい。
思えば、初対面の時は、アプリでも写真交換しなかったし、お互いの容姿を知らないまま会って、すぐにホテルにいってしまったからな。
もちろん、俺はまひるに一目惚れみたいなものだったが、まひるは俺の見た目についてどう思っているのかとか、考えたこともなかった。
そんな関係から始まったのに、いま、こうして親友に紹介してもらえていることは、感慨深い。
『あっ、りんご飴だ』
おれが足をとめると、まひるがすぐに気づいた。すると、タタッとカウンターにいき、りんご飴を2本買ってきてくれた。
まひるは、えっへんと胸をはり、俺と先輩にわたす。
「はい。ナギ君、これ好きでしょ? 小さな赤いりんご飴。普段お世話になってるから、わたしの奢りです。先輩の分も。どうぞ」
先輩は、自分ももらえてビックリしている。
「え、俺も良いの? なにもお世話してないけれど」
まひるはニコニコして頷く。
「はい。どうぞっ。これからお世話になるかも知れないし、先払いです」
おれは受け取ったりんご飴を眺める。
小さな赤いりんご飴。
これを見る度に思い出す。
子供の頃、近所のお祭りで楽しみにしていたお菓子。うちは貧乏だったから、きっと、うちの親は、自分のなにかを我慢して買ってくれてたんだと思う。
そういえぱ、中学の頃にそんな話をしたことがあったっけ。
まひる、覚えていてくれたんだ。
俺は、ほぼ確信している。
いつからかは分からないが、まひるは、俺のことに気づいている。
名前の呼び方もそうだし、時々、今のように、不思議なことを言うのだ。
だけれど、なんとなく、そこを追求しては行けない気がしている。
まひるが、俺に気づいていると言わない理由。
それを知らずに、無神経に土足で踏み込めば、今度こそ、一生会えなくなってしまうのではないかと思う。
だから、今はまだ。
まひるが振り向いてくれるまでは。
お互いの辛いことに目を背けたままでいられる、この都合のいい関係で。
まひると一緒の時間が過ごせればいいと思っている。
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