第25話 先輩、口がうますぎます。


 翌日、会社に着くと、さっそく先輩に相談した。


 「先輩、例の子の元彼と会うことになってしまいまして……」


 簡単に事情を話す。

 すると、なんか先輩、本気で怒ってるぞ。


 「あー、いるいる。そういうヤツな。付き合ってる時には無関心だったのに、いざ別れたら追い回すヤツ。ほんと、終わってるよな」


 いやぁ、先輩がいうと説得力あるわー。

 クズ代表の先輩にこんなにクソミソに言われるって、相当だよ。


 最近気づいたのだが、先輩は遊び方にコダワリがあるらしい。以前、詳細について力説されたが、あまりよく分からなかった。 


 まぁ、仕事ならぬ、遊び人の流儀ってやつなのだろう。


 ちなみに、先輩は『来るもの拒まず、去るもの追わず』がモットーなので、この手のトラブルとは無縁とのことだった。


 だから、女性への執着があまりなく、女好きの女嫌いなのだ。

 たぶん、人の女に手を出すということもない。


 あくまで『相手から来なければ』だが。


 その点、信頼できると思っているので、いつか、まひるを紹介したいと思っている。

 


 今日は外回りなので、先輩と物件の手入れにいく。うちの会社は、不動産の持ち主(所有者)なので、時々、担当物件の掃除にいかなければならない。


 2人でフローリングにモップがけしていると、先輩が話しかけきた。

 

 「んで、相手はどんなヤツなの?」


 いや、わからんし。

 頭がいいことくらいしかわからん。


 「いや、顔とか分からないんで……」


 先輩は手をとめモップの柄を両手でもつと、目を細め、天下泰平を願う君主のような顔で、天井を見上げながらいった。


 「はぁ、大学生かぁ。いいなー。俺も女子大生ちゃんと知り合いたい。エッチもしたい。なぁ、俺も連れて行ってくれん?」


 おいおい、随分と薄っぺらい君主だな。


 「いやいやいや…」


 エッチしたいとか言ってるヤツを、大切な子の学校に連れて行けるか!!

 

 おれは、丁重にお断りしかけて、言葉を止めた。

 実は、意外に良い考えかもしれないと思ったからだ。


 この人、なんだかんだで頼りになるし。

 先輩、アホだけどアホじゃないし、機転も利く。


 先輩はこの若さで、なにげに新規エリアの支店長候補なのだ。

 まひるがセフレっていうのも知ってるし、失言もしないだろう。


 ……うん。アリだな。


 「先輩、本当に行きたいですか?」


 「行きたい! 凪の話し聞いてたら、俺も女子大生とチューとかしたくなっちゃったんだよ」


 この人、ホント、大丈夫か?

 新橋のお父さんみたいだぞ。20代とは思えん反応だ。

 

 ……不安しか感じないのだが。



 軍師サギよ。

 『長所は短所の裏返しじゃ!!』

 

 なんだ?

 謎の心の中の声に促されたぞ。

 天下泰平を願う先輩の影響か?


 

 さっそく、まひるに電話をする。


 「まひる、いま、どこ? え、もうウチにいんの? バイトは?」


 その様子を先輩はニヤニヤしながら見ている。

 なにやら下手くそな口笛をヒューヒューしてるぞ。


 「ん? いや。いま、先輩といてさ。前に話した人。今度の学園祭に行きたいっていってるんだけど、いい?」


 まひるは、俺の先輩に会ってみたいと言っている。


 なんか先輩が電話を寄越せというジェスチャーをしているよ。


 どうせ、再来週には会わすのだ。

 先輩にスマホを渡した。


 スマホをとった先輩は、愛の伝道師らしくハイトーンになった。


 「まひるちゃん? いつもナギから聞いてるよ〜。なんか、ナギさ。まひるちゃんのことが好き過ぎて、夜も眠れないんだってさ」


 ちょ、余計なこというなよ!!

 この人、キャバクラか何かと間違えてるんじゃないか。

 

 スマホを奪い返そうとするが、先輩は俺を足蹴にして電話を続ける。


 「そうそう。それでね、いきなりで悪いんだけど、俺も参加できないかなー? やっぱ、心配なんだよね。弟みたいに思ってるからさ。そーそー、あ、知ってる? うちら会社でクズ兄弟っていわれててね。そうそう。凪が云々……」


 マジでこの人は!!

 俺は取り返しのつかない人選ミスをしてしまったのでは……。


 だが、先輩はもう止まらない。

 得意のマシンガントークで、さっさとクロージングに入る。


 「うん。ありがとうございます!! え? ネームカード? 名字は『くずりゅう』、漢字は、九つの頭の竜っていいます。あっ、ペンの用意はいいですか? 簡単な方の竜の。ハイ、ハイ、では、当日を楽しみにしてます!! でわっ」


 この人、勝手に決めて、勝手に電話切りやがった。

 しかも、なにあれ。後半だけ敬語になっちゃって。

 

 先輩は、俺にスマホを渡してくる。


 「ナギ、聞きてたかー? こういう時はな、相手に考える時間を与えちゃいけないんだ。興味を持ったらまず内金。両親が口を出す前にローン審査。これ基本な。親なんて慎重論しか言わんからな。不動産も恋愛も一緒。いい買い物をするためには、勢いが大切なんだよ。あ、これ一応、OJTだから。きっと、いずれ聞けなくなるからな。今のうちに俺のスキルを盗んでおけよ!!」 


 どうやら、今のは授業だったらしい。


 「え、先輩、クビになるんですか?」


 「いやいや、こんな有能な社員クビにする訳ないだろ。金ためたら独立するからな。いずれ、お前ら下々からは雲の上の人間になるってことだ」


 この人ならマジにやりかねなそうで怖い。


 すぐにまひるからメッセージが入る。 

 

 「ナギ君からいつも話を聞いてたから、クズさんと話せて嬉しい!! あとね、あとね。ナギくん、わたしのこと寝れないくらいに好きなの? 嬉しいーっっ!!」


 顔が見えなくても飛び跳ねてるのが分かる。

 そして、先輩をクズ呼ばわりして、さりげに1発かましている。さすがだ。


 そういえば、まひるに気持ちを伝えたことなかったかも。

 この前は、言う前にフラレちゃったし。


 掃除が終わり、郊外の物件だったので現地から直帰する。

 

 家に帰ると、まひるが待っていてくれた。

 俺の顔を見ると、タタッと飼い主を見つけた仔犬のように駆け寄ってくる。

 

 「おかえりなさーい!! ご飯にする? お風呂にする? それともワタシ?」


 「とりあえず、ワタシ以外でお願いします」


 すると、まひるは風船みたいに頬を膨らませた。

 だが、今日のまひるは怯まない。


 さっそく先輩の悪影響か?


 「ねぇ、ねぇ。さっきのナギ君の口でまた言って」


 まひるは、俺のスーツの袖ボタンのあたりを掴んで、グイグイ引っ張る。

 今はフラれる心配もないし、伝えとこうか。

 

 「す、好きだよ……」


 てっきり、まひるは、元気にピョンピョン跳ねるのかと思った。


 だけれど、この時のまひるは。

 静かに両手で顔を押さえ、顔の熱が手に移ると、今度は目元を擦る様にする。

 そして、泣き出してしまった。

 

 俺がどうしていいか分からずに頭を掻いていると、まひるは、つま先だちをして、両手を俺の襟元に回してくる。

 すると、まひるの吐く息で、首元のあたりがじんわり温かくなって、まるで、まひるの気持ちが流れ込んでくるように感じた。


 彼女は幸せそうにニコニコして言うのだ。


 「わたしも、大好き」

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る