第18話 夢の国の迷い子。


 クマのアトラクションを出ると、小さな露店がありオモチャのアクセサリーが並んでいた。まひるは、指輪の前で足を止める。


 そして、こちらを振り向くと、何かを諦めるような顔をした。


 「ナギくん、次のに乗ろっ」

 

 その顔をみて、欲しいものをいつも我慢していた子供の頃の自分を思い出した。


 だから、俺は。


 「ごめん、ちょっとトイレ。先行ってて」


 そういって露店に戻った。

 おもちゃの指輪。


 追いつくと、まひるが待っていた。

 頬をぷーっとして、手招きしている。


 「はやくはやくっ、時間なくなっちゃうよ?」


 いやいや、エッチのために車に戻ろうとしてた人に言われたくないんだが……。


 おいついて肩で息をしながら、まひるに小袋を渡す。小袋の中は、さっきの指輪だ。


 俺は、その指輪をまひるの指にはめてあげた。すると、燦々さんさんとした太陽のように笑う。


 この世の幸福をぜんぶ集めたような、そんな笑顔だと思った。まひるは、指輪をした左手に右手を重ねて言った。


 「……ありがとう。ナギくん。ずっと大切にするね」



 そのあとは、野良ピーちゃんを発見して写真をとり、別のジェットコースターでぐるんぐるん回ったり、お土産屋さんでクマのぬいぐるみを買ったり。


 初デートのカップルのように満喫した。


 すごく楽しかったし、子供の頃の寂しさを少しは取り戻せた気がする。それと、マヤとの失われた時間も、いくらか取り戻せたのかな。


 おれの中の『初春 真夜』。

 その原初の風景は、やはり大切な存在なのだ。


 俺の中で段々と、まひるとマヤが重なってきているのがわかる。今はマヤに復讐したい気持ちよりも、まひるを失うことの方がずっと怖い。


 俺がそんなことを考えながら歩いていると。

 まひるが足をとめて、こちらを振り向いた。

 

 その頭には、猫耳みたいなヘアアクセサリーをつけている。右手には大きなポップコーンを抱え、リスみたいに頬を膨らませて、何かを訴えているようだ。


 食べ過ぎだろ。

 まひるの顔を見るなり、笑ってしまった。


 まひるは、足をパンパンとして擦るジェスチャーをする。


 足が疲れたのかな?

 人が少ない桟橋のあたりで休憩することにした。

 

 だんだんと辺りが暗くなってきて、虫の鳴き声が大きくなってきた。桟橋の向こうの空は茜色になっている。

 

 俺とまひるは桟橋の途中にある船着場に横に並んで腰をかけた。


 未来永劫、船がつくことのない偽物の船着場。

 

 そこに2人で腰をかけて、足をブラブラする。

 すると、今日一日、ふたりと冒険を共にしてくれた靴底の砂粒が、パラパラと水面に落ちて波紋を作る。


 波紋は何重にもぶつかり、美しかった形は、やがてバラバラに歪んでしまった。

 

 まひると指先が触れる。

 まひるの左手の薬指には、さっき買ったオモチャの指輪が嵌められている。


 おれは、その指輪をみて決心する。

 

 まひるに気持ちを伝えよう。

 

 途端に心拍が跳ねあがり、心臓が胸の中をのたうち回るのを感じる。唇が乾き、自分の指先が震えているのが分かる。


 おれは、口を開きかける。


 『まひる、好きだ。付き合って欲しい』


 ずっと想っていたその言葉を伝えるために。


 

 しかし、先に口を開いたのは、まひるだった。


 まひるは、触れ合っていた指先を離し、その手を胸の辺りで抱きしめると、俺の目をまっすぐ見つめて、こう言った。



 「わたし、ナギ君のこと大好きだよ。だけれど、ごめんね。ナギ君とは付き合えないし、彼女にもなれない」

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