第17話 わたし忘れないよ。


 まひるに手を引かれて入口にならぶ。

 周りを見るとカップルだらけだ。


 ワイワイガヤガヤ。

 みんな、これから旅立つ夢の国にワクワクしているんだろう。


 なので、まひるに聞いてみた。


 「なぁ、さっきまでエッチしてたような人も、この純粋な世界に入場する資格あるのかな……」


 すると、まひるはアタフタして俺の口を両手で塞いだ。


 「もう。小さな子供もいるんだよ? それに最後までしてないから、大丈夫……」


 「え、最後までしたじゃん」


 すると、まひるは聞こえないくらい小声になった。


 「だから、その……。まだ中にご褒美もらってないじゃん……」


 どうやらサキュバスと人間では、『最後まで』という概念の解釈が異なるらしい。


 まひるは背を伸ばして俺の頭をコツンとする。


 「もう。今日は主役なんだから。あまり調子にならないの」


 なんだかやっぱり。今日のまひるはお姉さんっぽいぞ。


 ゲートの機械にチケットのコードをかざして中に入る。すると、縦並びになっているのに、まひるは俺の手を放そうとしない。


 視線を落とすと、恋人繋ぎの2人の手が見える。


 それを見て俺は思う。


 『まるでポストカードの恋人の写真みたいだな』


 ゲートの中に入ると、右も左も新鮮な建物だらけで、俺は子供のように大はしゃぎしてしまった。


 いや、ほら。年下の子にご馳走になったら、きっちり楽しむのが大人の礼儀ってやつだからね。


 実際のところは……。


 子供の頃、俺の家は裕福ではなかった。

 だから、一家で何万もかかるような場所には、ほとんど連れて行ってもらった記憶がない。


 父さんも母さんも毎日頑張ってて、仕方ないとは分かってたけれど、やっぱり、子供心に他の子供が羨ましかった。


 そんなんだから、どうでもいい相手と「初めて」を浪費する気になれなくて、大人になってから、ここにも何度か誘われたが断ってきた。


 だから、まひると初めて来れたのがすごく嬉しいのだ。そんな俺の様子をみて、まひるも目尻を下げて嬉しそうにする。


 「おにいちゃんは、ここはあまり来たことないの?」


 カッコつけても仕方ないよな。

 俺は、ありのまま話した。

 

 「実は初めてでさ。この年でかっこ悪いよな」


 すると、まひるは瞬きをして、少しだけ目を細めると、何故かおれの頭を撫でた。


 「そっか。おにいちゃんモテそうだから。きっと、色んな子とたくさん来てて、わたしと来たことなんて、すぐに忘れちゃうかと思ったよ」


 おれは顔を左右に振る。

 ちょっと声が大きくなってしまう。


 「そんなことない。俺、まひると来たこときっと一生忘れないよ」


 恥ずかしいけれど、これは偽らざる本心だ。


 何故かまひるも照れくさそうにしている。

 色が白いから、血流がすけて頬がピンク色に染まって見えた。


 「うん。わたしも。ずっと忘れないよ」


 2人で手を取り合う。

 すると、まひるが耳元で囁く。


 「ねぇ。ナギ君が嬉しいこというから、またしたくなっちゃったよ」

 

 まひるは入場ゲートの方に行き、スタッフさんに何やら話しかけている。


 「あの、ここって、途中退出したら戻ってこれるんですか?」

 

 『こいつ、車に戻って続きするつもりなのか?』

 

 おまわりさーん。

 この淫獣つかまえてくださーい。


 さすが俺のセフレさん。

 喜怒哀楽がすべて性欲に変換されていらっしゃる。


 そういうのも実は嬉しいんだけれどね。

 

 でも、まだ入口から数十メートルなんですよ。

 今日の俺、少年モードだし、中でキチンと遊びたいんですが。

 

 俺は、まひるのおでこに軽くチョップをした。

 まひるは頭を両手で押さえて、不満そうに頬をぷくっとする。


 「いやさ、そろそろ進もうよ。うちらまだピーちゃん(このパークのマスコットキャラ)の生息域に踏み入れてもいないぜ?」


 こいつのペースに任せたら、ここでウロウロしてるだけで一日が終わっちゃいそうだよ。



 その後、パークを代表するコースターに列ぶ。1時間以上待ったが、トンネル状の順路は工夫が凝らされていて暇をすることがなかった。


 キャラクターを指差して、はしゃぐまひる。こういう姿を見ると、普通の大学生の女の子なんだなーと実感する。


 こういう姿はホテルのエッチじゃ見れないもんな。


 普段から、お互いの普通じゃない姿を見せ合っているセフレのうちらにとっては、こういう普通の面こそ、意外で新鮮なのかも知れない。


 順番がきたので、一緒にコースターに乗る。コースターは、鉱山を模した岩山を、縦横無尽に駆け巡る。


 そして、クライマックスで滝の中から飛び出して急降下した。


 まひるは目を固く瞑って、俺の手をギューっと握ってくる。いつもしっかり者のまひるだけど、か弱い女の子なんだよな。


 その姿を見ていて、ずっと側で守りたいと思った。



 ……おれ、やっぱりこいつのこと好きだわ。


 


 

 

 



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