第16話 まひるの思惑。


 「んっ、んっ。あん‥‥」


 まひるがかすれた声を出す。


 まひるは俺の上で前後にゆさゆさと揺れながら、猫のように身を屈めて唇を重ねてくる。そして、組み合わせるように手を繋ぐと、目を細め、俺の顔を慈しむように覗き込んできた。


 「……どうしたの? とても不安そうな顔をしているよ」


 おれは嫉妬心を抑えられなくて、正直に気持ちを伝えた。


 「だって、そんなチケット。普通に手に入らないじゃん。前の彼氏といくつもりだったのかなって思ったら悔しくて……俺たちセフレだし。嫉妬する資格なんてないのに」


 すると、まひるは右手で姫毛のあたりを掻き上げる。その大きな瞳で、俺の目を見つめると、大切なものにでも触れるように、何度にも分けて、優しくキスをしてきた。


 「……んっ」


 舌の余韻を残して唇が離れる。

 すると、まひるの吐息が俺の顔にかかった。


 胸をすくようなミントの香り。

 その清潔感溢れる香りが、陶酔してしまいそうな泥中でいちゅうから、俺を引き上げる。


 「ばか……。わたしは、あなたとしかしないって言ったじゃない。ほんとうだよ? でも、嫉妬してくれて嬉しい。君の不安な気持ち。解消させてあげる」


 そういうと、まひるは優しく動き出す。

 前へ後ろへと。


 お互いの繋がりを確かめるように、汗ばむ肌を擦り合わせて、深く動く。


 ほどなく、おれは限界になった。


 すると、まひるはその体勢のまま余韻に浸るように息を吐き、グッと腰を沈めて、俺の顔を抱きしめてくれた。そして声を漏らす。


 「かわいい……」


 その言葉を聞いて俺は思い出した。


 中学の時にマヤは俺の太った体型をみて同じ言葉を発したのだ。同じような口調、同じような表情で。


 もしかしたら、あの時の言葉も今と同じような気持ちだったのだろうか。


 俺が落ち着いたのを見計らって、まひるが甘い声で言葉を続ける。


 「もう。本当はサプライズにしたかったんだけど、伝えるね。ナギくん、お誕生日おめでとう。あのチケットは君のために用意したんだよ?」


 「え?」


 「きみ、自分の誕生日忘れちゃったの? 今日は君の誕生日だよ?」


 そうだったのか。

 自分のことなのに、すっかり忘れていた。


 ここに誘ってくれたのも、俺の誕生日のためだったんだ。そして、あのチケット、きっと手に入れるのはすごく大変だったと思う。


 それなのに、俺はくだらないやきもちを焼いてしまった。


 ごめんね。


 まひるは、そんな俺の様子をみると、またギュッと両腕を回すようにして頭を抱きしめた。そして、今度は俺の前髪のあたりに口を近づけ、囁く。


 「君は泣き虫さんだなぁ」


 「泣いてないし」


 まひるが頭をナデナデしてくれる。


 「うんうん。そうだね。それにしても、誕生日のお祝いがこんな体勢になっちゃったよ。もうちょっとロマンチックなのを予定してたんだけど……」


 今日はまひるがお姉さん役の日なのかな。

 俺はまひるに甘える。


 「なぁ、まひる。もう一回しようよ」


 「うん。いいよ。いっぱい愛して」


 まひるが、また前後に動いてくれる。


 

 おれはその様子を眺めながら、職場の先輩が言っていた言葉を思い出していた。


 『凪。チケット代……割り勘でも相当だし、その子の奢りだったら、完全に愛されてるぞ。もう付き合った方がいいよ、お前ら』

  

 先輩。


 俺、この子にいっぱい酷いことしちゃったし、まだあの時のトラウマを引きずってるし。きっと、将来、この子の眩しさに付いていけなくなっちゃうし。


 それに、恋愛NGのうちらの関係は、もし片思いだったらそこで終わっちゃうんです。


 ……だから、踏み出す勇気が出ないです。


 

 すると、まひるが急に大声を出す。

 

 「おにいちゃん!! もうオープンの時間過ぎちゃってるっ!!」


 まひるはシャツを直すとバタバタと車から降りる。


 「ちょっと待てよ」


 俺はスニーカーのかかとを踏み付けながら、まひるに手を引かれて、入場口へ走るのだった。

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