第32話 決着

 何度目かもうわからなくなってきた。また銅剣が振り下ろされ、衝撃が起きる。腹に響くような音がして、エキドナが吹き飛ぶ。そしてボワッとエキドナのデッキが蝋燭のように燃え上がる。……飽きてきたな。


「うぅっ……妾が何をしたのじゃ……」


 泣きながら転がるエキドナ。あと60発くらいだから頑張って欲しい。


 え? 『ヒュドラ』? 『ヒュドラ』なら今俺の隣で遊んでるよ。


 彼……いや、『ヒュドラ』はメスなので彼女か。彼女はダメージを受けると戦闘力が強化されるのだが、咆哮を上げて大きくなる動作が挟まれてテンポが悪かったんだよね。なので、有り余るリソースから『大いなるバビロン』を召喚して、『ヒュドラ』のコントロールを奪ったのである。


 バカデカく成長したヒュドラは『大いなるバビロン』ことマリア(仮)に甘えている。そもそもこのマリア(仮)は一体何なんだ? どういう原理でここに居るんだ? 本人なのか? 謎は尽きない。余り気にしない方がいいだろう……。


 それにしてもクソ寒い~~~~~! 早く帰りたい。顔にかかる雨水が不快だ。ウェットスーツで来て本当によかった。


 一方マリア(仮)はドレス姿だが、『ヒュドラ』がその巨大な首を連ねて屋根になり、体は黙示録の獣の首に囲まれて暖かそうだ。俺って一体……。


「ヒュドラー! お前ー!」


 エキドナが立ち上がりながら叫ぶ。そこに銅剣が直撃した。あー……人? ってそういう感じで回転して飛ぶんだ……。


「ギャッ!」


 衝撃の事故映像みたいなふっ飛び方をしていたエキドナが首から着地すると片方の角が折れた。普通の人間だったら即死だろうが、ソウルバインダーは大丈夫なんだ。バトル中ならな! まぁエキドナは神なので大丈夫だろう。


「わ、妾の角がァァァー!!!」


 段々可哀そうになってきたけど、俺にはどうすることも出来ない。あと約60発頑張ってもらおう。


 そう言えばこの「無限国譲りデッキ」は色々なパターンがあるのだが、初期は俺のデッキにも入っている『四足歩行1型機神』を使うバージョンだった。

 

 『四足歩行1型機神』には黄泉へ送られる時に敵バインダーに10ダメージを与える効果があって、それを『イザナミ』と組み合わせるだけで無限にダメージを飛ばすことが出来る。


 しかし『鹿島の要石』のような10以下のダメージを無効化する神器や神が多く存在するので、それらの対策に引っ掛かってしまうことが多く、段々とプランB扱いされるようになっていく。そしてそれらに引っ掛からず、発動を阻止されても墓地へ送ることが出来る「国譲り」型になっていくのだ。無限に撃てなくても、とりあえず1発撃てば相手の場は壊滅するしな。


 そしてそれに対抗するために『国譲りレス無限国譲り』が作られるのだ。魔法を禁じるカードを多く採用し、いつぞや祈心会の男が使っていた『怨霊ジェットパック』のようなターン中に黄泉へ送られた数を参照するカードを利用して、1パンチで決めるような構築をしながらも戦闘力高めの神で速攻をしていくデッキに変化していく。


 俺が今回前者の『無限国譲りデッキ』を選んだ理由は単純に時間効率である。戦闘力1万ちょっとまで上げて1パンチ通すより、すべてを『国譲り』で薙ぎ払った方が早い気がしたのだ。ついでに『ヒュドラ』も奪えばいいし。


 「国譲りレス無限国譲り」の方はちょっとデッキのパーツが足りなかったのもある。対策デッキである「国譲りレス無限国譲り」デッキよりも、そもそも「無限国譲り」の方がデッキパワーは高いのだ。


 そんな話をしている間についに終わりが見えてきた。エキドナのデッキがなくなり、あとはライフだけになったのだ。長かった~~~~~~! 2時間くらい掛かったのでは?


「もう嫌じゃ! 降参! 降参する!!」


 ……え? こ、こうさん……? 高3? 何の話だ? 


 気付けばエキドナは両方の角が折れ、泣きながら座り込んでいた。……これどうなんの?


 原作のヨシカドさんは無限『松明』でとんでもなく燃え上がったエキドナが、次のシーンでは光の粒子となって消滅してたんだけど……。降参の場合はどういう展開になるんだ!?


 確かにカードゲームでは「投了」「サレンダー」と言われる負けを認めてゲーム終了させるルールがあるが、ソウルバインダーの世界ではどうなるんだ? 誰か説明してくれよ!


 エキドナの宣言が受理されたのか? ソウルバインダーの能力(?)も終了だと判断したのか、場に出ていたすべてのカードたちが光の粒子となってデッキへと戻っていく。あー……あるんだね。投了。


 空が白み始めている。雨も弱くなりつつあった。このままそのうち止むのだろう。


 俺の目の前には150センチメートルほどに小さくなったヒュドラと、両方の角が折れて泣いているエキドナが残された。正気に戻ったヒュドラはなんとか母を慰めようとしているが、バシバシとエキドナに叩かれている。不憫ふびんな……。


「それで、帰ってくれるんだな?」


「貴様がそれを言うかっ! 妾の角を折っておいて……! 妾にもうそのような力などないわ!」


「え? ……じゃあどうするんだ?」


「知らんわ!!!」




◇────────────────◇




 メリークリスマス・イブ!


 いや~~~~~よかった! 無事に世界を救えたよ! めでたい! 奈良の都市部しか救ってないような気がするが、とにかくめでたい!


 これで当面の脅威は1期が始まる3年後までないはずだ。ただ原作の流れとは色々と変わってしまっているので断言は出来ないが……。


 そもそもこの一連の事件はなぜ起こされたのか、という話なのだが、まず全部悪いのは祈心会だ。皆知ってるよね!


 祈心会は、現在はまだ機神を機械と人間の生体部品を組み合わせる実験をしている段階だった。光希の姉もその犠牲になっている。それはやつらの目的の前段階に過ぎなかったのだ。


 最終的には神を造りたい祈心会は、機械との融合体を造りたがっている。それが目的への一番の近道だと思っているのだろう。そのためヒュドラの卵をどこかから盗み出し、そしてエキドナを誘い出した。返り討ちにあって死者多数であったが……。


 とにかくエキドナを捕獲し、機械と融合させようというプランだったはずだ。それを俺が研究者の男と研究所を壊滅させてしまったせいで、色々と予定が狂ってしまったのではなかろうか? これは俺の予想になってしまうのだが……。


 でも原作でも研究所は壊滅してたっぽいしな? 研究者の男も重傷って感じだったし……。うーむ……実際のところはどうなのだろうか。


 だがこれでこれからの被害が少なくなるのは間違いないだろう。そしてこの方針は間違っていないはずだ。ならばこれからの俺の方針は決まったようなものだ。1期が始まるまでの間、全国の祈心会を狩り続けよう。幸いうちの近くの退魔師の依頼は藤原家に任せてもいいようだしな。


 それにしても3年後、どうしようか? 教師になることはないが、水神市に近い場所に拠点を構えたい。富士山の麓はちょっと通うには遠すぎる。それに実家のことはどうしようか……。3年もあれば両親が帰って来るとは思うのだが。


 とりあえず入歌に頼んで学校の近くにオフィスを探してもらうか。


 俺は手に持ったペンで手帳にそう書き込む。これからやらなければいけないことをリスト化しておこう。あのカードも開放したいな。神殿が出来たらあの神も……。


「お前様、そろそろ夕餉の時間じゃ。書き付けなんて片付けるのじゃ。今日は宴なんじゃろ?」


「……ああ、そうだな」


 に俺はそう答えることしか出来なかった。

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◇黙示録のラッパ吹き 天30 秩序30 中立20

3体合体神 【浮遊】

〇終末【自軍メインフェイズ】

【コスト】手札を2枚黄泉へ送る

場に居るすべての神を黄泉へ送る。


〇審判【開始フェイズ】

各ターンの開始時に、この神を除いた中で合計召喚コストが一番小さい神を黄泉へ送る。

(同じ召喚コストの神が2体以上居た場合、それらすべてを黄泉へ送る)


戦闘力60 無効 光 弱点 ー

「ヨハネの黙示録で世界の終末を報せるラッパを吹くとされる天使。

手札を2枚捨てることで全ての神を黄泉へ送れる、いわゆるリセット系の神。

2つ目の権能もコストの軽いものから順番に黄泉送りに出来る。意外と使われると面倒な権能。

本人の戦闘力はそれほど高くはないが、コントロール系のデッキのフィニッシャーとしてよく使用された。

筆者はイザナミの素材として見た回数の方が多いが!」

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