第31話 決戦3
「さぁお仕置きの時間じゃ、人の子」
9本の首をもたげ咆哮する『ヒュドラ』。1つの首がエキドナの頬をペロリと舐めた。家族団らんの時間らしい。
『ヒュドラ』は首を切り落としても再び生えてきて殺すことが出来ず、さらにとんでもない猛毒を持つ邪竜として有名だ。
余談だが原典では『ヒュドラ』は英雄ヘラクレスに倒されるのだが、倒したヒュドラの毒を矢に塗って必殺技にしていたヘラクレスはその矢で師匠をフレンドリーファイアしてしまう。
その射られた師匠は不老不死なので死にはしなかったが、ヒュドラの毒が苦しすぎて不老不死を放棄して自死を選んでしまうのだ。死してなおキルスコアをあげる毒竜の
「可愛い『ヒュドラ』の権能『猛毒の雷嵐』により、貴様の神はすべて戦闘力が下がる。その犬っころは耐えられんじゃろうな」
『ヒュドラ』から見るからに体に悪そうな紫色の瘴気が放たれ始める。『四足歩行1型機神』がそれに触れるとバチバチと放電したあと、パタリと倒れ黄泉へと送られた……。
『猛毒の雷嵐』の効果はすべての敵の神の戦闘力ー20。イザナミの戦闘力が10まで下がってしまった。ちなみにバインダーには無害だ。すごいぞ、ソウルバインダー!
「……らちが明かんか。ターン終了じゃ」
活性化状態の『ヒュドラ』を前に攻撃もせずターン終了を選ぶエキドナ。ああ見えてなかなか状況が見えているらしい。
俺の場に居る『イザナミ』の素材になっている『アクレピオス』。その権能『神医の代償』は自らを黄泉へ送ることで、対象が次に受けるダメージを無効化する効果がある。
要するにヒュドラの攻撃を無効化出来るのだ。ただこの権能にも弱点があって、発動させたあと本命ダメージの前に別のダメージを与えられるとそちらが無効化されてしまう。
『アクレピオス』は元々人間の医者だったのが、凄腕すぎて死者まで蘇らせ始めたので、ゼウスに天罰で殺されてしまった人だ。死後は神となり、使っていた杖とそれに蛇がぐるぐる巻きになっているマークが救急車のシンボルになっていたりする。
俺がこの話で好きなのが、神話内では死者を蘇生されること自体はあまり咎められておらず、冥界に来た人間を勝手に連れて帰ることに冥界の主であるハーデスがキレる……という話なのだ。キリスト教とまた違う価値観のギリシャ神話の面白いところである。おっと話が逸れてしまった。
「では俺のターンだ」
それにしても親子揃って頑丈なことだ。母は実質ライフ1万オーバー。子は火属性ダメージ以外じゃ倒せない。こんな時、光希の主神『アマテラス』が居てくれればな……。俺とは縁がないんだよな……アネテラス。
『イザナミ』の活性化、手札を6枚まで補充するいつもの開始フェイズを終わらせると、俺はメインフェイズに移行する。
あとパーツが1枚あれば……。
「……まず俺は『イザナミ』で魔法『松明』を発動する」
「なんじゃ? そんな小さな火では『ヒュドラ』は倒せぬぞ?」
俺の発動させようとしている魔法は火属性の10ダメージを与える魔法。エキドナの言う通り火属性弱点の『ヒュドラ』とは言え、やつを倒すにはまったくダメージが足りていない。
「いや、対象は『イザナミ』だ」
「はぁ?」
気の抜けたエキドナの声を放置して、俺は続ける。『イザナミ』が燃え上がり、黄泉へ送られる。そして『松明』の効果でトドメを刺した時に1枚カードを引く。
あ、『ポルターガイスト』引けたわ。
「まずは手札を1枚黄泉へ送り、黄泉から『四足歩行1型機神』を場に戻す」
……が、『猛毒の雷嵐』の効果ですぐに黄泉へと戻される。俺はそれをもう一度繰り返す。
「貴様、敗北を認められぬ余り気でも触れたか?」
エキドナが気の毒な人を見る目でこちらを見ている。必要なことだったとは言え、やってることちょっとおかしいもんな……。
普通なら自分の主神を焼いたあと、無意味に手札を2枚黄泉へ送っただけに見えるだろう。気にせず続けよう。同時に『四足歩行1型機神』の権能でちょっとだけエキドナのデッキを削ったが割愛する。
「俺は冥のソウルを生み出し、改めて『イザナミ』を召喚する。素材は黄泉にある『ポルターガイスト』と『アクレピオス』だ」
「む?」
何か気付いたようだがもう遅い! 俺をバカにしたことを後悔するがよい。
「『ポルターガイスト』の権能『絶望の産声』で召喚された時、冥のソウルを30生み出す。そして『アクレピオス』の権能『神を凌ぐ医術』でライフを70回復」
「ま、まさか!」
そう。そして権能『神医の代償』のコストとして『イザナミ』を黄泉へ送り、次に俺がくらうダメージを無効化しておく。
すると冥のソウルが30残り、主神域に『イザナミ』が戻り、素材も黄泉へ戻る。……つまり、無限ループ!
これによって無限ライフ(上限は200だが)、無限ドロー、無限冥のソウル、無限ダメージ無効(自軍メインフェイズのみ)なのだ! 誰だよこれ作ったやつ!
ただソウルバインダーはデッキにカードがない状態でドローすると、黄泉をシャッフルして再びデッキとして使うルールがある。黄泉がリセットされてしまうのだ。
そこで最初のターンに設置されたのにすっかり忘れられている神器『カルデア神託』である。自軍の神が死ぬたび、黄泉の好きなカードをデッキの一番下に戻せるので、最終的にデッキが1枚になり、好きなカードを引けるようになるのだ。はい! 今からめちゃくちゃしまーす!
これの何が恐ろしいかと言うと素材の組み合わせる次第で何でも出来るということだ。素材を『ニンフ』にすることで好きなアライメントのソウルを無限に出せるし、素材の「召喚された時」系の効果も繰り返し何度でも使えてしまうのだ。誰だよこれ作ったやつ!
「な、なんじゃそれは! そんなもんがあっていいわけなかろう!」
焦るエキドナ。そのセリフに思わず同意しかけた。それもそのはず。この『イザナミ』はソウルバインダー初の禁止カードである。当たり前だ。
リリース時はあまり話題になっていなかった『イザナミ』だが、実際使ってみるとなんでも出来ることが判明。デッキビルダーたちは『イザナミ』を悪用するにはどうしようか考えに考えた結果生まれたのだが「無限国譲りデッキ」だ。
この「無限国譲りデッキ」が世に出ると、すべての大会、イベントがこのデッキで埋め尽くされてしまった。それくらい強かったのだ。そしてそれに対抗して現れたデッキも「国譲りレス無限国譲りデッキ」という意味不明な戦いになっていく。時代は混迷を極めた。
「無限の冥のソウルから神器「三ツ辻の道祖神」を召喚」
俺の前に3面3体の女神像が現れる。この遺産はヘカテーの権能『魔術師の女王』と同じ効果を持つ。魔法を撃ったら1枚カードを引けるあれである。
この女神像、見た目もヘカテーまんまである。それにしても石像のはずなのだが、何か言いたげな視線を俺に向かって投げかけている気がする……。いや、気のせいだろう。気のせいだな!
ここまでお膳立てが整ったらイザナミの素材を『バフォメット』『ネビロス』にして召喚する。
『イザナミ』には唯一必ず不活性化状態で召喚されるというデメリットがあるのだが、『バフォメット』の権能『魔術の真髄』は不活性化状態でも手札を1枚黄泉へ送ることで魔法が使える権能だ。それを『ネビロス』の黄泉の10コスト以下の魔法回収の権能『地獄の魔術』を組み合わせることで、無限に魔法『国譲り』が撃てるのだ。
『国譲り』は主神しか撃てない0コストで全体60ダメージの魔法なのだが、追加コストとして主神と手札全てを黄泉へ送らなければならないデメリットを持つ。それを利用して『イザナミ』を黄泉へ送り、再び召喚して『国譲り』を撃たせるコンボなのだ。『魔術の真髄』のコストは『三ツ辻の道祖神』等でフォローするのが一般的だ。
『イザナミ』が力を貸してくれるのが1回限りなのは、原作再現ならぬ前世再現なのだろうか? 不思議なこともあるもんだ。
「『イザナミ』で魔法『国譲り』を発動。さぁ人が神を乗り越える時間だぞ、エキドナ。祝福しろ」
嵐の夜空に突き刺さった巨大な銅剣がエキドナと『ヒュドラ』に向かって振り下ろされた。
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◇イザナミ 冥20
2体合体
この神は黄泉にある神を素材にして合体出来る。
黄泉にある神を素材に指定した場合、場にいる神は素材に指定出来ない。
この神は不活性化状態で召喚される。
戦闘力30 無効 闇 弱点 火光
「ソウルバインダーにおける記念すべき禁止カード1枚目。
どうして黄泉から合体出来て、なぜ合体神が素材に出来るのか。誰にもわからない。
どうしてコストがこんなに軽くて、何度も召喚出来るのか、誰にもわからない。
開発者たちが泥酔しながら作ったカードではないかとファンの間では囁かれている。
悪名高き『無限国譲りデッキ』『国譲りレス無限国譲り』デッキの主神。
このカードが合法的に使えた期間は大会、イベント参加者が露骨に減った」
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何が恐ろしいってイザナミにはモデルとなった実在のカードがあることですね。
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