第28話 決戦の前

 現在俺は奈良と大阪の県境付近にある小さなビジネスホテルに居た。


 目の前には山がある。実際には分類上は「丘陵」になるようだが、山は山だ。 


 この山の上にある寺が決戦の舞台になるはずだ。はずだ、というのも作中で特に言及がないからである。場所的にここではないかと俺が予想を立てただけだ。


 ふもとには鐘がなることで有名な法隆寺があったりする。作中でもその話がチラっと出ていた。なのでここしかないはずなんだ。俺の記憶と直感を信じよう。


 そんな訳で12月20日からその山の近くに泊まり込んでいるのだが、21日に23日の夜、奈良に記録的な大雨が降る予報が出た。決戦は23日のようだ。


 最終決戦はこの季節外れの大雨の中で行われる。今から気が重い。寒いんだろうなぁ……。


 ただ場所が間違っていた時のことを考えて、すぐに移動する準備もしておきたい。敵の目的は卵の奪還だ。そして副次的にこの辺り一帯をこと。出来るだけ手遅れになる前に対処したいところだ。なお原作では残念ながら沈んだ。これが『現代の大和湖』と呼ばれる大水害となるのだ。


 ラスボスも被害者と言えば被害者なんだけども。自分の卵を奪われて、それを取り返しに来た結果だと言えばそうだからなぁ……。


 ちなみに決戦予定地や、その他の決戦候補地にくだんの卵がないか探してみたのだが、残念ながら見つからなかった。祈心会の施設は1つあったが、残念ながら関係なさそうな施設であった。


 祈心会の施設を潰すと収入的にも俺の健康のためにも良いと最近気が付いた。素晴らしい! これからもどんどん見かけ次第潰していくこととしよう。山賊狩りが好きな魔導士の気持ちが少しわかった。



 色々と準備をし、時は23日の夜。外は大雨、場所によっては避難勧告なんかも出ているようである。


 今でこそレベル4で避難指示なんてニュースで流れていたりするが、この頃は結構曖昧だったよな……。


 服装は白いスーツに紫シャツの勝負服。そして中にはウェットスーツである。ウェットスーツは泳ぐ時に使うものだと思われがちなのだが、寒い中で濡れる作業をする時にも使われたりする。不思議と濡れても暖かいのだ。


 そんな奇妙な格好でホテルのロビーを出て行こうとする俺。それを見た……二度見した受付の女性の顔が忘れられない。なんかモコモコしてて歩き方おかしいもんな……。


 とにかく、そんなやや恥ずかしいエピソードを交えながら、大雨の中車を走らせ例の山の頂上付近にある寺の駐車場にやってきた。のだが……。


 居ない。誰も居ない。


 防水の懐中電灯を持ちながら駐車場と寺の入り口付近を調べたが、何の気配も感じられなかった。


 どこだよ! と俺が焦っていると、同じ山の反対側辺りに落雷があった。……あー、あっちにも寺があったな……。


 大きな寺ではなく、小さな寺を狙うとは! 卑怯なり!


 俺はずぶ濡れのまま車に乗り込むと、必死に車を走らせた。俺の直感とは~~~~~!


 30分ほどで目的の寺の近くに到着したが、先ほどから断続的に雷が落ちている。それもピンポイントに。やはりここで間違いない。


 半壊した棟門。落雷が直撃したのだろうか、辺りには焦げ臭さとオゾンの臭いが漂っている。


 悲鳴。寺の中へと走る俺の目の前で爆炎が吹き上がる。


 その炎の発生源は女だった。頭の左右にねじれた角を生やしている女がこちらを見ている。


「何じゃ貴様は?」


 よく通る声にはある種の魔力のようなものが含まれているのだろうか? 大雨の中でも俺の耳に届いた。


「それはどうした」


 女の傍らにはいまだに燃える焦げた人間。動かないそれが複数、あちらこちらに転がっている。


盗人ぬすっとじゃ」


 短く答える女。手足が鱗に覆われ、黒いワンピースのようなシンプルな服。白い髪は長く、腰まで伸びている。


 その後ろには高さ2メートルを超える巨大な卵があった。黒いそれは淡く光を放ち、今にも孵化しそうに脈動していた。どうやって産んだんだよ?


「大人しくそれを持って帰るなら止めはしないぞ、


わらわを知るか? もう一度聞く。何者じゃ、貴様」


 ようやくエキドナがこちらを向き、目が合う。まるで蛇のように縦に割れた虹彩が暗闇の中で黄色く輝いている。


「俺はヨシカド。この麓を沈められては困るものだ」


 そう言ったものの、この名乗り……なんだかダサくないか?


「それは妾にはどうにも出来ぬ。この嵐はこの子の怒りよ。そして愚かな人間を滅ぼすは我らが神の特権」


 エキドナは再び背を向け、卵を撫でるとそれを喜ぶかのように、卵の脈動は強くなる。


「この子は父に似てよい子じゃ。しいされた父の仇を必ずや討ってくれようぞ」


 エキドナはギリシャ神話に登場する女神だ。夫にテュポーンという大怪獣を持ち、その夫との間に怪物の子どもがたくさん居る。子だくさんの女神だ。


 ちなみに夫のテュポーンは、かの有名なヤリチン神のゼウスと大怪獣バトルをした結果敗北している。


 エキドナは遊園地の床から首だけ生えている姿が有名だったりするが、原典ではメデューサのような下半身が蛇で上半身が美女。翼が生えていたり生えていなかったりする姿で表される。蛇女タイプの女神ってたくさん居すぎである。


 ソウルバインダーでは、手足に鱗が生えて、頭に角の生えた美女と言った擬人化フォームで登場する。


 原作のヨシカドさんはここに来るまでにかなりの時間を浪費してしまうのだ。それゆえ卵が孵化して嵐が本格化。水害が発生してしまうのだ。


 今回はトラブルはあったものの、卵はまだ孵化していない。このままソウルバインダーで倒すことが出来れば、水害も起きないと信じたいところだ。


 あれ? けど、その場合って主神はどうなるのだろうか? エキドナの主神はあの卵の中に居る邪竜。居ないうちに叩けるなら楽でいいか?


「最後にもう一度だけ言うぞ。大人しくそれを持って帰るなら止めはしない。ここを立ち去れ」


「フンッ! 人の子風情がいきがりおって……。ならばこの山の高さまで水の底に沈めてやろう」


「聞く耳持たんか……。ならば!」


 俺は左腕を上げる暗い青色の炎が上がる。そして俺の横に現れるは、半透明の。長く黒い髪で顔を隠し、その奥はうかがい知れない。知らない方がいいだろう。


「人が神に挑むは人の特権! だが気に入らぬ! そのはらわた、抉り出してくれよう!」


「「ソウルバインド!」」


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カルデア神託 中立10

神器 遺産

場から神が黄泉へ送られるたび、黄泉のカード1枚をデッキの一番下に戻してもよい。

「カスレア。いわゆるなぜ印刷されたかわからない、使い道もないようなレアリティだけが高いカードの蔑称である。

だが、後に追加されたカードによってその価値が跳ね上がったりもする。

このカードの価格が高騰した日から再び暴落するまでの1ヶ月を『イザナミの夏』と呼ぶ」

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