第23話 異変
「おい、またかよ」
「最近多いな」
「また魔術師の犠牲者でしょ?」
「鋭利な傷か……犯人はあいつじゃないのか?」
冒険者ギルドへと向かうと、そのような話が広がっていた。
犠牲者。つまりは、
ギルド内の視線は俺に集まっており、まるで犯人だと糾弾しているかのようだった。
「──あなたがアヤメだろうか」
俺の目の前に向かってくるのは、巨体の男性だった。分厚い筋肉は服の上からでも良くわかる。身なりも整っており、おそらくこの人物は──
「そうだ」
「話がある。構わないか?」
「分かった」
今日はルナとリアナは親睦を深めるということで、二人で女子会? 的なものをしており、俺は一人だった。
今回ばかりはちょうど良かったな。
そして俺は、その男性の後についていく。冒険者ギルド内の職員しか入れない場所までやってきて、応接室まで案内された。
「座るといい」
「失礼する」
俺は着席して、その男性と向かい合う。
「コーヒーを持って来させよう。砂糖は?」
「必要はない」
「分かった」
それからその男性は女性職員に頼んでコーヒーを持って来させた。ルナに何度か淹れてもらったが、コーヒーは何も入れないのが俺の好みだった。
「私は甘いものが好みでね」
「なるほど」
相手は砂糖をこれでもかとコーヒーに入れている。俺からすると、それはもはや異常な域だった。
「意外だと思わないのか? 男性の巨体が甘いものが好きなどと」
「? 別に好みは人それぞれだろう。確かに性別によって傾向があるだろうが」
「ふっ。噂通りの人物だな」
そして彼は一気にその甘いコーヒーを飲み干すと、自己紹介を始めた。
「私はこの冒険者ギルドを統括しているレイフと言う。以後、よろしく頼む」
「知っているかもしれないが、アヤメだ」
「活躍は耳にしているよ」
机の中から分厚い資料を取り出すレイフ。おそらくそこには、俺の情報が載っているのだろう。
「偶然、グリフィンと遭遇。それを単独で撃破。その後も獅子奮迅の活躍。単独でAランク以上の魔物を討伐している。まぁ、魔術師であればこの程度の才能は存在する。が、君は剣士だ」
「疑っているんだな」
「まぁ、私としても心苦しいがね。ただし、冒険者ギルドは誰でも窓口を開いている。それが魔術師であっても剣士であっても」
察するに俺の身辺調査をしているが、そこまで俺を敵視しているわけではないのか? 視線もそこまで厳しいものではない。
「あなたは貴族だろう?」
「いかにも」
「俺に罪を被せる気は無いのか?」
彼は俺の発言に軽く肩をすくめる。
「そのような動きはあった。実際にグレイス家が君に刺客を送り込んできただろう」
「あぁ。返り討ちにしたが」
「そう。それだ」
レイフは俺に向かって、ピッと指を刺してくる。まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに。
「仮に君が敗北していれば、無実の罪で捉えられていた。しかし、アヤメはそれを退けた。貴族たちは大混乱さ。君は知らないと思うが、グレイス家の氷霜隊はそれなりに有名でね。それを退けたからこそ、貴族たちは今後はアヤメに手を出しにくいだろう」
「そこまで俺に情報を開示していいのか?」
「貴族社会も一枚岩では無いってことさ。魔術至上主義を問題視している貴族もいるしな」
「あなたはそうだと?」
「問題ではあるだろう。ただ私は魔術師であり、被害を被っているわけではない。世界を変えようという意志はないが、上が沈む分には喜ぶ程度だな。割とフラットだと思ってくれていい」
どこまで信じられるのかは分からないが、俺は今までの人生経験で相手が嘘をついているかどうか察することができる。
もちろん、絶対的なものではないが、この人間は信頼できるような気がした。
「まぁ、前置きが長くなった。アヤメ。君に力を貸してほしい」
「俺に? 魔術師ではなく、剣士の俺にか?」
「
「あぁ」
「魔術師がことごとく惨殺されている。魔術師団の人間も被害に遭っており、相手はもしかすると魔術師に対して何か特別な対策をしているかもしれない」
「確かにそう考えるのが自然だな」
高位の魔術師であっても殺されてしまう。魔術師に特化した魔術師殺し、と言ったところか。
「
「十中八九、魔術師だろう。傷口からも魔力が検知されているし、あの鋭利すぎる切り口は剣だとは考えにくい」
「なるほどな」
俺が提供された情報と同じものだった。そして俺は、相手を試す意味も込めてもう一つの情報を開示してみる。
「そして犠牲者は頭部がない。そうだな?」
「……驚いた。そこまで知っているのか」
レイフの表情は驚きに染まっていた。やはり、この情報は極秘のものなんだな。
「頭部を回収して相手は何をしている?」
「……これは憶測になるが、構わないだろうか」
「あぁ」
彼は一呼吸置いて、その憶測を語る。表情には僅かに緊張感が宿っている様子だった。
「魔術研究というものが、この王国では盛んに行われている」
「当然のことだな」
「その研究の中で魔術師の前頭葉にアプローチをかけたものがある」
「脳の部位の一部か」
「あぁ。そこで魔術式を処理して、我々は魔術を発動させている。つまり、前頭葉が発達しているほど魔術に長けている可能性が高いという仮説だ」
「まさか、その研究をするためにこのような蛮行をおこなっていると?」
俺は信じられなかった。技術を進歩させるためならば、他人の命などどうでもいいということか? しかし、これだけの被害がすでに出てしまっているのは事実だ。
「君は極東からきた剣士であり、この王国についてよく知らないだろう。魔術至上主義のこの国は、本当に文字通り魔術が絶対的なんだ。才能こそが全てであり、魔術の技量が高ければ将来は約束される。中には、違法薬物に手を染めるものもいる」
「他者よりも先へ、他者よりも上へ。競争社会が生み出した闇ということか」
「あぁ。常に比較対象は他人であり、それを上回ることが重要なのだ」
俺にとって強さとは、己の内になった。他者と比較することなどなく、ただ自分と向き合い続けて剣を磨いてきた。
しかし、このような社会になるとそうもいかないということか。
「私はいずれはこのような事件は起こるかもしれないと思っていた。歯止めをかけなければ、人の欲望はどこまで進んでいく」
「だろうな。実際にここまで被害が出ているしな」
「そこで君にも
「しかし、魔術師の部隊に入るのは無理だろう?」
「単独で動いてもらって構わない。それにアヤメには補助魔術に長けた魔術師と、グレイス家の長女が仲間にいるだろう」
「よく知っているな」
「噂が回るのは早いものでな」
軽く肩をすくめてそういった。その言葉には、どこか皮肉がこもっているような気がした。
「しかし、相手は手練れ。加減をすることはできないが?」
「最悪死体でも構わない」
「なるほど。俺にまで依頼するとは、相当追い詰められているな」
「……昨夜の犠牲者は魔術師団の中でも相当の実力者だった。彼を殺すことができるとなると、もはや対抗できる手段は限られてくる。他の貴族たちは反対するだろうが、君に依頼するのが最善だと考えた」
もはや、なりふり構っていられないということか。
「報酬はあるのか?」
「もちろん。君の実力を見込んで、達成できた場合は多めに支払おう」
「なるほど」
「受けてもらえるか? 君ほどの実力者でなければ、
「……」
対人戦。そうだな。異形や魔物と戦ってきた経験値もあるが、俺は一番人と戦ってきた。戦の中でどれほどの剣を交えてきたのか、もはや覚えていないほどだ。
中には、俺に斬られて死ぬことは本望だというものもいた。人と人の戦いで言えば、俺には膨大な経験値があると言ってもいい。
「──分かった。受けよう」
俺はその依頼を受けることした。これだけの被害が出ており、俺の仲間にもその魔の手が迫る可能性がゼロではない。それにそれほどの魔術師と相対することも、楽しみだった。
「詳細は後日改めて共有しよう」
「承知した」
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