第22話 氷解
俺とルナは冒険者ギルドでリアナのことを待っていた。
彼女の家の問題は非常に複雑である。自由になると言っても、そう簡単に貴族という立場を手放せるわけでもないだろう。
けれど、あれから一週間経過したこの日にやって来るとリアナは強い意志を持って言った。
「大丈夫でしょうか……」
「大丈夫だ。きっと」
「魔術契約は絶対的なものです。けれど、やっぱり貴族にはしがらみが多いですから……」
ルナもリアナのことを心配している。俺も同じだが、あの覚悟を持った目を持っている彼女を見て俺は大丈夫だと確信していた。
「あ」
「来たな」
しばらくすると、こちらに歩みを進めている女性を一人発見した。あれは間違いなく、リアナだった。
「すみません。待たせてしまいましたか?」
「いや、それほど待ってはいない。それでもう問題はないのか」
「ははは。実は、その
「勘当か。なるほど。そうなったか」
勘当されることはなんとなく予期していた。
公爵家の長男が剣士に敗北し、妹の人生を自由にすると約束してしまった。どのように収拾をつけるのかと思ったが、やはり縁を切ることにしたのか。
「父はそれはもう怒り心頭でした。剣士に敗北した兄には特に。そして、私も自分の思いを伝えてきました。父は呆れた様子でもう帰って来る必要はないと。まぁ、長男の兄がいるので、元々私の価値はそれほど高くはありません。魔術師団も退団になって、完全に無一文になっちゃいました」
言葉だけ聞けば、壮絶な人生が待っているとしか思えない。
けれど、リアナの顔は思ったよりも清々しいものだった。まるで、全ての呪縛が解き放たれたかのように。
「でも、あんな家でも……私は大切に育ててもらいました。だから今よりももっと強くなって、いつか帰ることができたらいいなと思います。この社会のありようを少しでも変えることができるように」
「そうだな」
リアナの展望は決して簡単なものではないが、それでも彼女はやると決めているようだった。家だけではなく、貴族だけではなく、この社会そのものを変える。
いつだって時代は変革と共にある。一生続くなんてことはあり得ない。
願わくば、そんな未来が訪れるといいと俺は思った。
「そうだ、リアナも一緒に住むか?」
「え」
流石に俺の言葉は予想していなかったのか、リアナは声を微かに漏らす。
「えっと……その。いいんですか? ルナさんとはその……恋人なのでは?」
「えっ!?」
それに対して今度はルナが大きな声を出して反応する。
「いや、普通に仲間だ。恋仲ではない」
「あ……そうなんですか」
なぜかホッとした様子を見せるリアナ。まぁ、邪魔になるかもしれないと思ったのか。
「……ノータイムで否定」
ぼそっとルナは忌々しそうにつぶやく。いつものように黒いオーラを纏い、俺のことを凝視していた。
「内弟子を取るのも悪くはない。今後は同じパーティーでダンジョン探索をしよう。その際、剣術なども詳しく教えていこう」
「はい。ありがとうございます」
リアナは丁寧に頭を下げた。
弟子か。正直、今までの人生で剣を教えたことは何度かあったが、こうして正式に弟子をとったことはない。
ただ剣を極めていく上で、俺は他人に教えることは意外と重要だと考えている。
教えるということはその技術を伝えることができるように、明確に言語化しなければならない。
これはリアナのためでもあり、俺自身のためでもあった。
「しかし、そうなって来ると今の家だと手狭かもな。本格的に新しい新居を構える必要があるか」
「一括で購入できるお金はありますけど、王国内だとちょっとアレですよね?」
ルナは濁していったが、まぁ確かに王国内ではリアナが気まずい思いをするだろうし、向こうの家も同様だ。
これはこの王国を出るというのも、一つの手か。
「そんな私のために……」
「いや気にすることはない。別段、王国にこだわっている理由もないしな」
「ですね。私も王国が一番近い都会で稼げると思っているだけで、特にこだわりはないです」
ルナと意見が一致する。そもそもルナは負債を返済するためにこの王国で冒険者をしていたので、今となっては王国にいる理由は特にない。
それに俺としても、別の国のダンジョンに潜ってみたいと思う気持ちはあった。
「すぐには無理でしょうけど、しばらくは私の家で住みつつ、一ヶ月以内に引越しでどうですか? 入国が厳しい国は大変ですけど、それほど厳しくはないところもありますので」
「ルナの口ぶりからして、候補があるのか?」
「水上都市アクリムなんてどうかなって」
「あぁ。確かに、それは良さそうかもですね」
リアナはすぐに理解したようだが、俺はまだいまいち分かっていない。
「水上都市アクリム。どんな場所なんだ?」
「文字通り、水上の上に国を作っているんです。インフラなども王国と遜色ないですし、何よりも景観が綺麗です! それと入国もそれほど厳しくはありません。割と、色々なところから人が集まっている国ですね」
「そうですね。治安も悪くはないですし、ここからもそう遠くはありません。私も王国以外となれば、アクリムはちょうどいいかなって思ってました」
「うむ。では、一ヶ月後にはそこに越すことにしよう」
「はい!」
「よろしくお願いします!」
俺たち三人はこうして一ヶ月後に水上都市アクリムへと向かうことになったが、王国の闇はまだ水面下で胎動を続けていること俺たちはまだ知らない──。
†
《三人称視点》
「伯爵家に公爵家。それも、
とある屋敷の一室。そこで一人の男性がチェスボードの前に座り、一人で駒を動かしていた。
「魔術師に剣で勝負を挑み、勝利する。生半可な剣術では太刀打ちできませんが、それでも彼は魔術に勝っている。ふむ。やはり、欲しいですね」
「彼も対象にしますか?」
その背後に立っているメイドの女性がそう尋ねる。
「えぇ。やはり、どれだけあっても足りることはありません。今までは魔術師の脳を調査してきましたが、彼ほどの剣士にも特異的なものがあると思います」
「彼は何者なのでしょうか? まだ十代後半にしか見えませんが、あの剣術は十代でたどり着ける領域ではないと思います」
メイドの指摘はもっともなものだった。アヤメの剣術は人生を全て捧げた結果だ。十代のものではないと推察するのは、当然のことだった。
「能力とは、才能、努力、環境で決まります。彼の場合は──私は剣術は素人なので、明確な答えはありませんが……あの適応力は経験値、つまり努力と環境からくるものだと思います。剣聖のような才能に特化したものとは違うかなと」
メイドはその言葉を聞いてすぐに核心を理解した。
「では、見た目と年齢が乖離していると?」
「私はそう思います。その辺りも含めて彼は非常に興味深い。それに彼は魔術と同等の異能を操ります。魔術適性はないが、異能を操る能力はある。その違いは何なのか。魔術とは異能の一部に過ぎません。もしかすれば、彼は独自の技術を習得しているかもしれません」
その男はとても興味深そうに、アヤメの分析をする。今まで魔術師を狩り、その脳を調べてきたが──今はアヤメという存在に夢中になっていた。
「私の魔術も研究のおかげでとても良くなってきました。彼と真正面からぶつかってみても、いいかもしれません」
「分かりました。では、そのように手配をいたします。一ヶ月以内でよろしいでしょうか?」
「えぇ。頼みます」
「かしこまりました」
まるでティータイムの会話のように、男は軽くそう言った。
「アヤメ君。また会える時を、楽しみにしているよ」
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