第20話 真の能力


「サムライ……極東の剣士か。そういえば、極東には腹切りっていう文化があるんだよなぁ?」


 ニヤリと笑うグレア。相手が次に何を言うのか、俺はなんとなく予想出来ていた。


「賭けをしないか」

「賭けか」

「あぁ。お前が勝てば、リアナは自由にしてやる。俺が勝てばお前は腹切りをしろ。俺もただ蹂躙するだけの戦いは飽きてきたんだ。少しは俺にリスクがある方がいいだろう?」

「──分かった」


 俺はすぐにその提案を了承した。


「アヤメさん……」

「アヤメさん! それはダメです! 私の人生とアヤメさんの命なんて、天秤にかけるまでもありません!」


 ルナの悲壮感の漂う声と、リアナの悲痛な叫びが聞こえてきた。


 相手は分かっている。俺がこれに絶対に乗ってくることを。


「……ククク。もう遅い。互いの了承は降りた。魔術契約は今ここに成立した」


 エリックの時と同様に、互いの右手の甲に魔術刻印が刻まれた。


 リアナを呪縛から解放するのか、それとも俺が切腹をして死ぬのか。この戦いは、俺とリアナの人生がかかっている。


 けれど俺が怒っているのは、この男は自分に対するリスクは全く負っていないところだった。


 自分でリスクとは言うが、それも無いに等しい。どこまで卑劣で卑怯なんだ。


「お前たちは貴族は本当に愚かだ」

「何?」


 俺はまるで語るかのような口調で話を続ける。


「どうして、他人の人生をそこまで無碍むげに扱うことができる」

「それが貴族だからだ。そして俺は、グレイス家次期当主。生まれた時点でお前らのような有象無象とは価値が違う。俺にとっては他人の人生なんて、紙屑同然なんだよ。ま、極東の田舎もんじゃ理解はできないか」

「理解はできないし、したくもない。俺はただお前という存在に呆れている。ここから先は、お前の言う暴力とやらで決着をつけよう」

「はははっ! 来いよ。もう油断はしねぇ。遊んでやるよ」


 俺は天喰の能力を解放する。


「──解」


 純白の刀身に変貌した天喰を以って、俺はグレアへと肉薄する──!


「剣士との戦い方なんて、熟知してんだよ。こっちは」


 魔術の詠唱もなかれば、魔術名を唱えることもない。グレアが軽く指を振るだけで、目の前には氷の壁が大量に生成されて行く。


 俺はそれを斬り裂き、天喰で喰らいながらグレアの元へかけていくが、頭上から氷柱が降り注いでくる。


「ははは! お前のその刀、特異魔道具アーティファクトだろう? 魔術を喰らってその力を還元することができる。すでに情報は伝わっているんだよ!」


 俺は構わず、依然として果敢にグレアに迫っていくが、大量の氷によって防がれていく。圧倒的な物量と魔術速度。


 こいつが傲慢な態度を持っているだけのことはある。エリック以上の魔術師であることは間違いない。


 俺はそれでも、止まることをやめない。


「怒りで血が昇っているのは分かるが、それだけで俺はやれないぜ? 自分の命がかかっているんだ。もっと慎重になれよなぁ!」


 次は地面から氷柱が出現。それはまるで意志を持っているかのように、俺に襲いかかってくる。その動きはさながら大蛇のようだった。


 太い氷柱からが細かく分散していき、それが突然、勝手に自壊した。大量の氷が舞い散ることで、俺の視界は何も見えなくなる。


 今までの傾向であれば、上から氷柱を落としてくるが──


「──そこだな」


 俺は迫ってきているグレアの動きを捉え、一太刀浴びせた。しかし、魔力防御によって防がれてしまい、致命傷には至らない。


 おそらく、俺の攻撃を受けることも想定して、防御を硬くしたな。


「おっと。やはり、近接戦闘は危ねぇな。おおよそ、お前の実力は分かった。確かに剣の腕が立つことは認めてやろう。その刀の能力も非常に危険だ。けどな、どうして魔術師と剣士の間に隔絶した差があるのか。お前は身をもってこれから知ることになる」

「ほぅ。ならば、教えてもらおうか」

「ククク……もう、お前は今までのようには動けないぜ?」

「何……?」


 グレアの発言の直後、俺は自分の体が徐々に凍りついているのに気がついた。指先の感覚もほとんどなくなるほどだった。呼吸もわずかに苦しい。


「俺の氷はデバフ効果も兼ね備えている。どれだけ攻撃を防ごうが、塵のように舞う氷の破片を避けることはできない。お前は戦う前から負けていたんだよ」

「なるほど。面白い」

「その減らず口、いつまで叩けるのか楽しみだなぁ!」


 襲いかかってくるのは雪崩。それは先ほどのように、大蛇のように俺を追いかけてくる。


「はっ、はっ、はっ」


 体が冷たい。呼吸もさらに苦しくなっていき、確かに自分の命に指が届いている感覚を覚える。


 俺は全力で疾走するが、デバフによって弱体化の影響をもろに受けてしまっている。


 なるほど。グレアはこうやって剣士を痛ぶってきたのか。


「ははは! いつまで逃げ切れるか、楽しみだなぁ!」


 先ほどのように十分に避け切ることはできず、徐々に相手の攻撃は俺に届きつつあった。こうなってしまえば、天喰で防御する他ない。


 しかし、それも限界がある。俺の体は鈍っていき、相手の攻撃はさらに手数を増していく。


「氷刃」


 刀に氷を纏わせ、一時的に攻撃の威力を上げる。


「お前の能力は魔術をそのまま反映するものだろう? だがな、同じ土俵で戦って俺に勝てるわけがないだろ。さて、そろそろフィナーレと行くか」


 グレアは依然として大量の攻撃を俺に仕掛けつつも、魔力を溜めて新たな魔術を発動しようとしていた。


「……」


 俺は大量の氷属性の攻撃を受けつつ、相手の一挙手一投足を見逃さないように集中力を高める。


「さて、これで終わりだ」


 エリックが両手を掲げると、俺を囲むようにして氷の壁が出現。完全に氷の檻の中に閉じ込められ、エリックがパチンと指を鳴らすと内部から氷の棘が一斉に伸びてきた。


「ははは! 流石に死んだか!?」


 しかし、俺はその氷の檻を一瞬で脱出すると、俺を取ったと思い込んでいるグレアに袈裟斬りをお見舞いする。それは魔力防御すら貫通し、彼の体を斬り裂いた。


「──は?」


 そして、呆けているグレアの胸に蹴りを入れて、後方へと吹き飛ばす。


「ぐは……っ! ど、どうして。いや、お前のそれは何なんだよ──!!!?」


 グレアの視線は俺の刀へと注がれていた。


 今、この刀身は炎を纏っているからだ。


 炎刃。天喰の能力は相手の能力をそのまま反映するのではなく、この妖刀に眠っている異能を引き出すことができるのだ。つまり、喰らった魔力を自由自在に還元することができる。


 俺は相手が俺を倒したと思い込むその油断をずっと狙っていたのだ。


「エリックから聞いたのだろうが、残念だったな」

「貴様……わざとエリックに真実とは異なる情報を伝えたな!」


 怒りに顔を歪ませながらも、魔術によって傷口はすぐに塞がりつつあった。なるほど。この程度では足りないか。


「お前のような輩が次に来ることは予想できていた。万全を期するのは当然だろう」

「くそくそくそ──!」

「さて、お前のデバフとやらも炎の前では無意味なようだな」


 炎刃の熱を体内に広げることで、今まで受けていたデバフの効果を完全に相殺する。


 確かにグレアは強い上に、魔術もよく考えてて使用している。しかし、属性相性の前ではそれも無力。


 天喰の完全なる真価の前では、為す術はない。これが俺が史上最強の剣豪と呼ばれた理由の一つである。


 どのような異能が来たとしても、それに適応することができるのだ。


「火属性……テメェ。一体どれだけの能力を持ってやがる!」

「おおよそ、お前たちの言う基本属性は全て網羅している。他にも能力は多様にある。さて、どうする。お前が敗北を認めればここで止めてやってもいい」

「バカ言うなよ。俺が火属性ごときでビビるとでも?」

「面白い。では、全力で来るといい。そうでなければ──死ぬぞ?」


 俺は一瞬でトップスピードに乗ると、グレアの胸を斬り裂いた。魔力防御のせいで致命傷にはならないが、出血は避けることはできない。


「は? う、うわああああああああああ!」


 あまりにも一瞬の出来事でグレアは反応すらできていなかった。


「炎刃はただ、刀身に炎を纏わせる能力ではない。本質は加速にあり、俺自身の体もその対象になる。お前のデバフは減速が本質なのだろう? どちらが上なのか、ハッキリさせようではないか」

「……ひっ」


 顔が引き攣り、完全に恐怖心を覚えているようだった。


 グレアは理解した。どちらが狩る側の人間なのかと言うことを。


 俺の今までの莫大な戦闘経験の中で、氷を操る人間は数多くいた。彼もただ、その中の一人に過ぎない。


 そして蹂躙とも呼ぶべき戦いが始まった──。

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