第19話 蹂躙


 俺の中には怒りが溜まりつつあった。

 

 それは俺に対して襲撃を仕掛けてくる魔術師そのものよりも、ただ単純にこの世界の在り方にだ。


 自分達の権力を守るために、不必要な存在は消す。


 かくも貴族とは本当に愚かでどうしようもない生き物だと、俺は再認識した。


「さて。やるか」


 全員が手練れ。それぞれが魔術を使用して俺に肉薄してくる。属性は氷属性であり、地面から大量の鋭利な氷柱が生成され、俺に襲いかかってくる。


 しかし、すでに天喰の能力は解放してある。


 俺は全てを斬り伏せ、次々と魔術師たちを昏倒させていく。鳩尾などの急所を的確に攻撃し、一瞬で意識を刈り取っていく。


 むしろ乱戦は俺の得意とする領域だ。


 たとえ魔術であっても、俺が遅れを取ることはない。


 すでにこの世界の魔術は分析と学習がある程度終わっている。俺は難なく襲い掛かる魔術師を捌きつつ、残りは一人となった。


「くそ……! この野蛮人が……っ!」


 彼には見覚えがあった。


 俺を前回襲撃したリーダー格の男だ。彼は両手に大量の魔力を集めると、それを一気に魔術へと変換した。


雪崩せつほう──!」


 俺一人を余裕で覆い尽くす雪崩なだれが目の前に出現した。まるでこれは、雪の大波だった。ゆっくりと頭上に降り注いでくる雪崩を、俺は横に躱す。


「ふっ。お前の行動は読めている」


 刹那。すでに彼が俺の真横へと飛び込んできていた。魔術も発動しているようで、氷の槍が射出されていたが、それを天喰で受け切る。


「誘いだ。敵の全てが自分の術中にあると、あまり思い込まない方がいい」

「ぐはっ……!? く、そ……」


 天喰で袈裟斬りをし、鳩尾に思い切り蹴りを入れて吹き飛ばした。完全に気絶して、彼は動かなくなった。


「さて、次は誰が──?」


 圧倒的な力量を見せつける。


 これでも向かってくるのならば、容赦はしない。そう意志をこめてこの魔術師たちを蹂躙した。


「く、ククク。あぁ、いいねぇ。お前は強いな。でも、今までもお前みたいな剣士がいなかったと思うか?」


 グレアは顔を歪め、俺にそう語りかてくる。


「何?」

「なぜ、魔術がここまで世界を支配しているのか。お前は知っているか?」

「魔術が優れているからだろう」

「その通り。でもな。いつの時代も、天才ってやつは出てくるんだ。それは魔術師だけではなく、剣士も同様だ」

「……貴様。そう言うことか」


 俺は相手の言いたいことが理解できてしまった。


「つまり、有望な剣士をお前たちが刈り取っているということだな」

「あぁ! そうだ!」


 グレアは両手を広げ、大声を上げる。


 まるでこの演説に酔っているかのような振る舞いだった。



「剣術なんてものは魔術の前ではゴミだ。しかし、何事にも例外は存在する。その例外を潰せば、この道理は絶対的なものになる。剣士が魔術師に勝つなんて例外は、潰さないといけないんだよ」

「お前たちの蛮行は決して許されるものではない」

「赦しは請わないさ! 力こそが全て、力こそが正義。この世界は結局、暴力によって支配されている。魔術という暴力でな。それが真実だ」

「そうか。では、どちらが上かハッキリさせよう。それでいいだろう?」



 俺は軽く目を閉じて、今までこの魔術師たちに才能の芽を積まれてきた剣士たちの無念を思う。その無念を背負って今回は戦う。


 怒りはすでに限界を突破して、逆に冷静になってきた。


 感情は一時的に爆発的な力を引き出すが、それは諸刃の剣だ。感情は支配しなければならない。


 俺は強い殺意を心の中に押し殺す。


「それで、次は誰が来るんだ? お前か、グレア=グレイス」

「いや、妹と戦ってもらおう。仮に妹に勝つのであれば、俺が直々に相手をしてやろうではないか」

「分かった」


 俺は少女と向かい合う。彼女はゆっくりと前に出てきて、俺に視線を向けてくるが、これはもう──戦う前から勝負は決まっている。


 その理由は彼女だけはずっと、俺のことを見下してはいないからだ。むしろ、このような状況を嫌がっているようにも思える。


 しかし、貴族としての立場が逃げることを許してはくれないのか。


「来い」

「……ハアアアアアア!」


 少女は果敢に俺に向かってくる。同時に展開できる魔術の量は十を超え、大量の氷の槍が頭上から襲い掛かってくる。また、地面からは氷柱が俺を追うようにして生成され続けている。


 やはり、貴族は魔術の才能に長けているものが多いのだろう。


 相手はまるで何も見たくないと拒絶するかのように、圧倒的な物量で俺に氷属性の魔術を向けてくる。


 それはもはや叫びだったが、この慟哭どうこくを理解できない俺ではない。そして──彼女が誰なのか。俺は一連の戦闘で分かってしまった。


 彼女と俺は一度、を交えているのだから。


「はああああああああああああああっ!」


 彼女はいわゆる、無言魔術師フローレスというやつだ。次々と手掌で指向性を操作し、魔術が溢れ出てくる。


 これで終わりにするという意志がこもっているのか、俺に向かって全方向から雪崩が襲いかかってくる。


 先ほど受けたものとは魔力の密度も倍以上であり、その雪崩が俺を潰すようにして上から押しかかってきた。


「ははは! だから言っただろう! 真の才能のある魔術師に、剣士が勝てるわけがないと! たとえ剣士としての才能があろうとも、立っているステージが違うんだよ!」

「──吠えるな。俺はこの程度で抑え込むことはできないぞ」


 天喰で全てを斬り裂き、俺は雪の中から脱出する。天喰によって喰らわれた雪が散開していき、その場にパラパラと氷のカケラが舞う。


「トドメを刺せ──!」


 グレアがそう指示をするが、すでに彼女が俺に向かってくることはなかった。


 彼女はその場に膝をつき、頭を垂れる。


「……兄さん。私では、彼を倒すことはできません」

「何を言っている。お前の本領はこんなものではない」


 彼女──リアナは首を横に振る。


「倒すことはできないし、こんなことはもうしたくはありません。彼は私にとても良くしてくれました。アヤメさんを傷つけることなんて、もう……」

「リアナ。あの剣士と知り合いなのか? いや、まさか。お前、まだ剣術なんてものを学んでいたのかっ!」


 怒りが膨れ上がり、グレアは思い切りリアナの頬を打った。そして胸ぐらを掴んで、リアナに迫る。


「分かっているのか──!? 俺たちはグレイス家だぞ!? 着実に実績を積みかさねていけば、魔術五属家エレメンツの頂点に君臨できるんだ!」

「……私はもう疲れました。他者を虐げ、誰よりも先へ行こうとする。兄さんの向上心は素晴らしいと思います。けれど、人の屍の上に私は立ちたくはありません」

「……バカが。しばらく頭を冷やしていろ」


 グレアはリアナをまるでモノを扱うように蹴り飛ばすと、俺の方へ歩みを進めてくる。


 後ろに転がっていったリアナは雪まみれになり、静かに涙を流していた。


 その時、俺の心の中で何かが切れたような音がした。


「妹の折檻せっかんは帰ってからするとしよう。さて、俺が直々に相手を──ぐはっ!!?」


 相手の話を最後まで聞くことをせず、俺はグレアの体を思い切り蹴り飛ばしていた。受け身を取る間も無く、彼は転がっていく。


 俺はそれを逃さず、彼の頬に全力で拳をねじ込ませた。


「ぐあっ──!!」

「リアナの痛み。理解できたか?」


 俺は痛みで伏せているグレアに迫る。


「て、テメェ。不意打ちとは卑怯な……」

「では、真正面から来い。全力の魔術で俺を蹂躙して見せろ。今まで剣士にやってきたように」

「はっ。もうやっているがな。終わりだよ、お前」


 頭上から降り注いでくるのは、鋭い氷柱だった。相手も無言魔術師フローレスであり、視線や手掌での操作はなかった。しかし、それに気がつかない俺ではない。


 縦に弧を描くように刀を振り、一刀両断した。


「はっ? 俺様の魔術はかなりの魔力密度がある。それすらも無効化しただと?」


 グレアが目を見開いていた。どうやら、自分の魔術であれば斬られることはないと思っていたのだろう。


「貴様──何者だ?」


 グレアは極めて冷静にそう尋ねてきた。


 その問いに対する答えはただ一つ──



「──俺はただのサムライだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る