第16話 誘い


 ダンジョンに潜り、空いた時間は自由に過ごす──というのが、ここ最近の日常になりつつあった。


 剣を極めるために研鑽は決して欠かせない。ダンジョンで魔物と戦うことで剣の感覚を常に研ぎ澄ませておく。来るべきときに、いつでも万全に戦うことができるように。


 幸い、この世界の魔物は異常なまでに強い。俺の剣が鈍ることは決してないだろう。ただし、前世以上の高みを目指すのならば、さらに高難易度のクエストを受注する他ない。


 そのためにも俺は日夜ダンジョンでクエストを順調にこなしていた。


 決して劇的に強くなることはあり得ない。毎日の小さな積み重ねこそによってこそ、人は成長することができるのだから。


「アヤメさん。私は買い物をして帰りますね」

「あぁ。俺は行くところがある」

「確か鍛冶屋ですよね。場所は大丈夫ですか?」

「王国の地理は大体把握した。問題はない」

「それは良かったです。では、また後で」

「うむ」


 ルナと二人でクエストをこなした後、俺は鍛冶屋へ向かうことにした。


 天喰の調子が悪いというわけではないが、純粋にこの世界の研ぎ師の実力はどの程度か見ておきたかったのだ。


「ここか」


 外見はあまり立派なものではない。それはおそらく、剣の需要が少ないこともあるのだろう。今となっては、魔術師が世界を支配しているしな。


 俺は店内に入ると、そこは薄暗い空間だった。


 ただし、壁に立てかけてある剣はどれも目を見張るものだ。


 文明のレベルはこの世界の方が遥かに上なこともあり、剣などの武器も素晴らしいものばかりだ。


「凄いな」


 一つ手に取ってみる。バランスも悪くはないし、何よりも綺麗に研がれている。それにこれは、誰でも使えるように細かい調整もされている。


 重さもそれほどではなく、普通の人間でも扱えそうだ。


「あ? なんだ。客か?」


 中から出てきたのは、髭を蓄えた恰幅の良い男性だった。歳は五十代くらいか? 体全体は煤にまみれ、今も作業中だったのが窺える。


「あぁ。この刀の研ぎを頼みたい」

「刀ぁ? 今時、珍しいもんを持ってくるな。東から来たのか?」

「そうだ。で、みてもらえるのだろうか」

「金を払えるのならみるさ」

「では頼む」


 金だけは十分にある。俺は店主に天喰を渡すと、彼はまず鞘から刀を抜く。


 その目は真剣そのもので、彼がしっかりとした職人であることが分かるほどだ。


「おい。この業物わざもの、どこで手に入れた……?」


 その声は微かに震えていた。


「故郷で入手したものだ」

「極東は刀が主流と聞いたが、これほどの逸品があるとは。これ、特異魔道具アーティファクト級だろ?」

特異魔道具アーティファクトはよく耳にするが、実際はどのような意味なんだ?」

特異魔道具アーティファクトは最高峰の魔道具のことだ。特殊な異能が宿っている魔道具のことを指すな」

「ふむ。そういう意味では、これは特異魔道具アーティファクトだな」


 確かに、天喰には特殊な異能が宿っているからな。


「これを研ぐのか……?」

「頼めないか」


 店主は神妙な面持ちだった。


「いや問題はない。じゃあ、中で作業してくる」

「見てもいいか?」

「なんだ。俺の腕が信じられないってか」

「いや、純粋に技量が気になるだけだ」

「……まぁ、構わねぇ。仕事はきっちりやるさ」


 そう言って店主は奥に入って行き、俺もそれに続いた。

 

 中の工房は思ったよりも広くて、整っていた。ちょうど作り終えたばかりの剣が並んでおり、それは一寸の狂いもなく同じものだった。


「じゃあ始める」

「あぁ」


 俺は黙って店主の作業を見守る。作業自体に特殊なものはなく、ただ丁寧に研ぎを行うだけ。


 しかし、単純故に職人の技量の差が出やすいところでもある。


 俺はじっとその手つきを見るが、彼は極度の集中力を保って研ぎを続ける。


 そしてどれくらいの時間が経過しただろうか。気がつけば、彼の作業は終わっていた。


「どうだ。これで文句はないだろう」

「ふむ」


 天喰全体をしっかりと見てみる。確かに、文句のつけようがないな。


「素晴らしい技術だった。金はこれで頼む。釣りはいらない」

「はぁ……!? 研ぎに金貨一枚も出すやつがあるか!」

「作業まで見せてもらったんだ。その謝礼だ」

「お前さん、もしかして最近話題になっている極東の剣士だな」


 店主も知っているのか。まさか、ここまで俺の存在が知られているとはな。


「そうだな」

「なるほどなぁ。これほどの名刀を持って、ダンジョンを攻略しているのか。お前さんの刀は、正直使い方に無駄がない。ほとんど磨耗していないし、俺としては軽い調整をしただけだ」

「その軽い調整が重要なのだ。助かった」

「俺は今まで数多くの剣士と会ってきた。魔術至上主義と言っても、魔術師の存在はそれほど多くはない。世界的に見れば、剣を扱う人間の方が多いだろう。その中でもお前は、一流の剣士のオーラを纏っている」

「ほぅ。それはありがたい評価だな」


 同じ剣士であれば一見すれば技量はある程度把握できるが、鍛冶屋もそれは同じということか。しかしそれは、一流の職人でなければ判別は不可能だろう。


「剣ってもんは道具だ。身を守るための大切な。さっきも言ったが、魔術を使えない人間は剣で自衛するしかない。俺はそんな人たちのために、この店を続けている。意外と繁盛してるんだぜ? まぁ、肩身は狭いけどな」


 店主の言葉はもっともだった。魔術は誰でも使えるわけではなく、才能のあるごく一部の人間しか使えない。けれど剣は、持つことができれば誰でも扱える。


 そこに技量の差はあれば、斬るという一点においては同じ威力を発揮する。


「素晴らしい信条だな」

「ま、これが生きがいなんだよ」

「ぜひ、この店を続けてくれ。金は十分に落とそう」

「おいおい。あんまり収入が増えると、国に税金を多く取られるんだ。これからは適正価格で頼むぜ? 今回はあんたの好意に甘えるけどな」

「む……なるほど。国の税制というやつだな」

「あぁ。魔術師が開く店は安いが、鍛冶屋は特に高いんだ。色々と厳しいが、それでも需要があるからやっていけてるな」

「……」


 店主はさも当たり前かのように、差別されていることを受けて入れている。


 この魔術至上主義を変えないといけない。という大義名分は、俺にはなかった。


 しかし、人と接して行くにつれて、問題しかないことは理解していた。


「剣と魔術。優れているのはやはり魔術か」

「まぁ、そうだろうよ。今となっては冒険者で剣士をやっている奴は少ないしな。魔術師に対抗できなだけじゃなくて、魔物も魔術に対抗するために進化している。剣士はそれについていけない。必然的に差は生まれるしな」

「そうか。色々と勉強になった。感謝する」

「はは。お前さんは歳の割に本当に大人びているな。でも、嫌いじゃないぜ。また困ったことがあれば、来い。しっかりとメンテナンスしてやるさ」

「あぁ。では、失礼する」



 そして俺は鍛冶屋を後にするが──つけられているな。


「……」


 俺は敢えて、狭い路地裏に進んでいき、尾行をしてくる対象を誘き寄せる。


 俺の金銭を狙った輩、またはエリックのように剣士である俺が気に食わない輩、または先日襲ってきた魔術師たち、可能性としてはこのくらいか?


 だが違和感を覚えるのは、相手はそれほど熱心に自分の気配を消していないことだった。


「で、何奴だ?」

 

 俺は踵を返して、その人物を迎える。一応、刀には手を添えている。


「やはり、分かりますか」


 現れたのは若い男性だった。二十代前半くらいか。


 しかし、彼は俺の予想とは全くの異なる人物だった。


「剣士……か?」

「えぇ。あなたと同じですよ。アヤメさん」


 剣士は極少数だが、冒険者ギルドにもいたのは確認している。


「あなたを招待しようと思いまして」

「何処に?」

「剣士たちの集いですよ。そこでは極秘情報なども取り扱っています。あなたは先日、襲われましたよね?」

「よく知っているな」


 その件は誰にも話はしていない。ルナも誰かに言っている様子はなかったはずだ。


 情報を持っているのは、確実だな。


「あなたを狙う人間。そして、王国で暗躍する惨殺魔ザリッパーを提供します。もちろん、あなたは同志だ。特に見返りは要求しません」

「……分かった。話を聞こう」


 どこか怪しいと思いながらも、俺は彼の後についていくことにした。

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