第15話 恐怖


 ダンジョンでの実績を重ねていく中、最近ルナは俺に同行しなくなっていた。


「ルナ。共に行かないのか?」


 早朝。


 ルナにダンジョンに行こうと声をかけてみるが、首を横に振った。


「しばらくは自分一人で頑張ってみようと思います。アヤメさんに頼ってばかりではダメなので」

「そうか。それは素晴らしい試みだ」

「はいっ!」


 なんでもルナは俺に感化されて、色々と自分のことを見つめ直しているらしい。最近はずっと夜遅くまで勉強をし、朝は早く起きている。


 流石に体調を壊すのはまずいが、しばらくは見守る方がいいだろう。


 そして俺は、いつものようにダンジョンに潜ったのだが、そこで魔物に苦戦している女性たちのパーティに遭遇した。


「くっ……!」

「こいつら固すぎるよ!」

「私たちの魔術じゃ、ちょっと厳しいかも!」


 十層に潜ると、そこではゴーレムに苦戦している姿が目に入った。ゴーレムとは何度か戦闘をしているが、確かに硬い。今となっては慣れたが、中ある核を砕かないとゴーレムは無限に再生する。


 つまり、外側からの攻撃量が少ないと一生倒せないのだ。


「助太刀する」


 このままではパーティが崩壊する可能性があるので、俺はまずは一体のゴーレムを一刀両断した。


 中央部になる核が砕かれ、散りになっていく。


「えっ!?」

「誰?」

「あれって、噂の人じゃない?」


 三人はそれぞれ驚いていたが、俺はそのまま速攻で全てのゴーレムを片付けた。


「大丈夫か?」

「すごいすごい!」

「剣士なのに、こんなに強いなんて!」

「お兄さん。噂の極東の剣士でしょ?」


 一人の女性がそう尋ねてくるので、肯定する。


「そうだ」

「え、じゃあ史上最速でAランク冒険者になったのは本当?」

「そうらしいが、実感はない」


 なんでも快挙とか言われたが、別に俺としてはどうでも良かった。重要なのは、剣を極めることだからな。


「すごーい! 有名人に会えるなんて、私たち超ラッキーじゃない?」


 三人は俺に会えたことが嬉しいのか、はしゃいで喜んでいた。今となってはむしろ恐れられていたので、この反応は非常に新鮮だった。


「君たちはどうしてここに?」

「あー。学校の演習なんだよねー」

「そうそう。三年生になるとダンジョン演習があってさー」

「十五層まで行かないと、単位が貰えなくてー」


 それから俺は魔術学院という学舎まなびやの話を聞かせてもらった。


 なんでも彼女たちは貴族ではあるものの、下級貴族と呼ばれるらしい。学院では基本的に伯爵家など上位の貴族たちが支配しており、非常に息苦しいとか。


 学舎はある意味、社会の縮図のようなものになっているのか。


「しかし、剣士は気に入らないことはないのか?」

「全然」

「別に普通」

「だって、魔術師に何かしたわけじゃなくない? 敵視する理由ないし。まぁ、敵視してるのは上の貴族が多いよね。フラットに見てる人も少ないけど、いるにはいるかな」


 至極真っ当な意見だった。確かに、剣士が魔術師に何かしているという話は全く聞かない。むしろ、魔術師が勝手に剣士を見下しているだけだ。


「お兄さんはそういうの気にしなさそうだけど」

「まぁ、別に気にするほどのものではない。しかし、このような社会情勢は正常だとは思えないな」


 政治に口出しするつもりはないが、これだけ豊かな世界であるのに苦しんでいる人間がいるのは問題だとは思っている。


「だよねー」

「まぁ、上の貴族はプライド高いの多いし」

「マジそれ。はぁ、もっと学院も生活しやすかったらいいのに」


 その後、なぜか俺は三人の学院での愚痴を聞きながら、帰ることになった。


 若い女性の意見はとても参考になり、新鮮な視点もあって非常にタメになった。


 その話をルナに嬉々として語ると、パキッと音を立ててスプーンが割れた。


「あ。割れちゃいました」

「新しいのに変えるといい……」

「はい!」


 ルナはニコニコと笑って、そのまま厨房へと消えていく。


 怖い。


 あの感覚がなぜか蘇ってきて、俺は自分の背中がぐっしょりと汗をかいていることに気がつく。


 なんだ。この圧力は。


 今まで幾多もの猛者と渡り合ってきた俺が、謎の恐怖心を覚えている。それは命の危険などではなく、また何か別のもの……。


「ということで、今日からはアヤメさんについて行きますから!」

「あ、あぁ」


 そしてルナはそう言って、周りをキョロキョロと見回しながら俺の横を歩いている。まるで何かを警戒しているかのようだった。


「全く、油断も隙もないんですから」

「なんの話だ?」

「こちらの話です」

「そ、そうか」


 毅然とした態度を見せるルナは、いつもよりも語気が強くなっていった。俺はそれに押され、少しだけ声が詰まる。


 この俺を圧力で押すとはルナも努力の成果が出ているな。


「それにしても、魔術学院とはなかなかに生きづらいらしいな」

「あー。私も実は魔術学院に入学する予定があったんですが、なくなりました」

「どうしてだ?」

「一応、平民でも魔術の才能があれば入学はできます。けど、あそこは貴族至上主義の世界で有名です。それを知って流石にやめました」

「それは懸命だったかもな」


 先日会った三人は貴族であるにもかかわらず、非常に苦労しているという。ルナが仮に入学しているば、もっと酷いことになっていただろう。


「しかし、魔術学院で首席で卒業するとなると、本当に凄まじい実力になるんだろうな」

「はい。学院の成績上位は魔術師団に入団します。選ばれた魔術師しか入ることを許されない聖域です」


 魔術師団か。まだ目にしたことはないが、いずれ合間見えることになるかもしれない。ただ、以前俺を襲ってきた連中が、それの可能性も十分にあるが。


「では、私はクエストを受注してきますね」

「あぁ」


 ルナがそう言って受付に行くと、ちょうどバッタリとあの女子三人組と出会った。


「あ。アヤメさんじゃーん!」

「おはよー!」

「今日も潜るんですか?」


 とても親しい様子で俺に近づいてきて、話しかけてくる。冒険者ギルドで俺に接してくる者は今までいなかったので、珍しい感覚だ。


 といっても、拒絶する理由もない。俺はごく自然に会話に応じる。


「あぁ。今日は仲間とな」

「仲間ですか」

「あーあ。ザンネーン」

「でも、アヤメさんに頼ったらダメでしょ。普通に強すぎるし、バレるよ」


 そんな話をしていると、背後から寒気がしてきた。氷属性の魔術による襲撃かっ!? と一瞬焦って背後を振り向くと──そこには、ニコニコと笑っているルナが立っていた。


「へぇ──そちらが、仰っていた方達ですか」

『……』


 全員、息を呑む。この場は完全にルナが支配していた、と思ったが女子三人組はルナに近寄っていく。


「えー、ちっちゃーい!」

「可愛い! 人形みたい!」

「でも胸はちょっと大きいのが、アンバランス感あってそそるわ」

「えっ。えっ……!?」


 ルナはしばらくその三人に揉みくちゃにされていた。俺はその様子を遠巻きで見守っていた。


 そして、彼女たちはダンジョンに潜っていき、ルナはやっと解放された。


「は、はぁ……あれが今時のギャルってやつですか」

「ぎゃる?」


 全く知らない単語だった。この世界独自のものか?


「イケている女子のことです。貴族らしいですけど、なんだか親しみやすくかったです。流石はギャル……」

「よく分からないが、あの三人は悪いものではない。ルナもそこまで警戒する必要はないと思うが」


 きっとルナは相手が貴族だからこそ、俺がいつものように虐げられていると思って心配してくれたのだろう。


「うーん。そうじゃないんですけ、まぁ今回は大丈夫そうなので良しとします!」

「? そうか」


 急に上機嫌になったルナ。そうして俺たちは、ダンジョンへと潜っていくのだった。

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