第14話 ささやかな日常
ダンジョンで魔物を討伐し続け、着実に俺は実績を重ねていった。このままいけば、近いうちにSランク冒険者なれるかもしれないと。
剣士でのSランクは剣聖以外おらず、本当に快挙らしい。
俺としてはSランクになれば新しい階層に挑戦できるので、そちらの方が個人的には嬉しいものだった。
ギルドでの目線も今や、見下すものはあまりない。
「おい」
「あれって、極東の剣士か?」
「破竹の勢いらしいぜ? 何でもSランク間近とか」
「マジかよっ!? 剣士でSランクは剣聖以来だな」
「あぁ。本物の実力者だったな」
「まさかこんな奴がいるなんてな。世界は広いもんだ」
魔術師たちが俺の噂をしている。
ただしやはり、剣士の台頭が気に食わないのか、一部の魔術師はそれでも厳しい目線を向けてくる。
俺は冒険者ギルドを後にして、ルナに頼まれていた食品を買って帰ることに。
「えっと確か……」
金銭は十分に持っている。金が足りないと言うことはあり得ないだろう。
「いらっしゃい! 何にするんだい?」
恰幅のいい店主が対応をしてくれ、俺は彼にメモ用紙を渡した。
「必要なものはこれだ。よろしく頼む」
「あいよ!」
慣れているもので、手早く食品を袋に詰めてもらった。肉、魚、野菜や果物などここには新鮮な食べ物で溢れていた。
前の世界では飢饉に襲われたこともあったので、これだけ食料があることには感謝しないとな。
「これで足りるだろうか」
金貨を一枚差し出す。
「いやいや、足りるなんてものじゃねぇよ。ちょっと待ちな。釣りは多めになるからな」
「手間をかけてすまない」
そして俺は数枚の銀貨と銅貨を受け取った。この世界の金銭感覚はまだ養われていないが、後々覚えていこう。
「では、失礼する」
「毎度あり!」
と、店を去ろうとした時、目の前で足を押さえている男性がいた。
「大丈夫か?」
「あぁ。すみません。靴を新調したのですが、合わなかったようで」
「靴擦れか。それにしても、痛々しいな」
「はい。気がつけば血滲んでいました」
かなり上等な革靴だな。しかし、それは完全に血が滲んでしまっていた。
「行先は? 助力しよう」
「いいのですか?」
「あぁ。時間は十分になる」
その男性に肩を貸して、俺たちは歩みを進める。
「すみません。お手数をおかけしてしまって」
「構わない」
「それほど遠くはありませんので」
何でも、このまましばらく真っ直ぐ進んでいけば自宅に着くという。しかし、ここは明らかに高級そうな屋敷が並んでいる。身なり、言葉遣い、その全てが上品であり、間違いなく貴族だな。
ただ、俺が剣士であることは分かっているのに、彼からは見下すような視線は全く感じなかった。
「剣士……の方ですよね?」
「あぁ。あなたは貴族だろう?」
「はい。伯爵家のものです」
「俺は剣士だが、見下さない貴族もいるのだな」
「はは。まぁ、珍しいでしょうね。やはり魔術至上主義の考えは根強いです。剣士を見下す貴族がほとんどだと思います」
ではなぜか、彼は普通の貴族とは異なるのか。気になったので、尋ねてみることにした。
「なぜ剣士を見下さない?」
「魔術も剣も技術の一つです。確かに、そこに優劣は生まれていますが、人間そのものに差なんてありません。私たちは生まれた時から同じ人間です。偶然社会的に求められている能力があるだけで優劣を決めていますが、本質的なものに変わりはないと思うのです。時代が違えば評価も異なります。今は偶然、魔術が評価される時代というだけですから」
俺はあまりにも理路整然とした考えに驚きを覚える。まさか、このような思考をしている貴族がいるとは。やはり、貴族全てが愚かではないということだな。
「立派な考えだ」
「ありがとうございます。まぁ、貴族の中では変わり者として煙たがられているのですが」
ははは、と苦笑いを浮かべる。今まで貴族といえば他者を虐げる悪い印象しかなかったので、彼のような人間は新鮮だった。
しばらくすると、明らかに雰囲気の変わった場所に入った。立ち並ぶ屋敷は明らかに豪勢なものであり、土地もかなり広い。
「ここです。本当にありがとうございました」
「いや、礼には及ばない」
「こちら先ほど露店で購入した焼き菓子になります。受け取ってください」
左手に紙袋を持っていると思ったが、焼き菓子だったのか。
「いいのだろうか? 元々は、俺に渡す予定のものではないだろうに」
「個人的に楽しむつもりのものだったので、問題はありません。受け取ってください」
「では、ありがたく頂戴する」
「はい。では、またどこかで」
「うむ」
俺たちはそこで別れることになった。
「あぁ。そうそう」
彼は去り際、ポツリと言葉をこぼした。
「きっとアヤメさんとはまた会うと思います。その時を楽しみにしていますね」
そうして彼はそのまま、屋敷へと歩みを進めていった。
俺は特に気にすることなく、ルナの自宅へと戻っていくが、その途中で気がついた。
「む。俺は自分の名前を言っていただろうか」
そういえば、互いに自己紹介をするのを忘れていた気がする。が、なぜ彼は名前を知っていたのだろうか。まぁ、俺の名前は今、良くも悪くも広まっている。それで知ったのかもな。
特に深くは考えず、俺は帰路へとつく。
†
「お帰りなさい、アヤメさん!」
「ただいま戻った。これは頼まれていた食材と金だ」
俺はルナに食材と金を渡すが、ルナは嬉しそうにそれを受け取った。
今となってはこの家も物が増えてきた。俺が居候しているので無理もないが、居座らせてくれるルナには頭が上がらない。
「あの……やっぱり、お金はその」
「ルナが管理してくれ。俺は王国の金銭はまだよく分からないし、昔からその手のことは苦手なんだ。それでも嫌だというのなら、俺も努力はするが」
「い、いえっ! 家計簿とかも得意なので大丈夫です! けどそのちょっと、額があまりにも大きいというか」
「あぁ。貯蓄は増えてきたか」
「えっと……その。一等地に大きな屋敷を一括で購入できるくらいには……」
ルナの顔は神妙な面持ちになっていた。察するに、本当に莫大な金になっているのだろう。
「では、近いうちに引っ越しをするか。金は全て俺のものから出してくれ」
「えっ!? いいんですか!?」
「あぁ。ルナには家事周り全般は全て任せているからな。それくらい、当然だろう」
ルナに還元するのは当然のことだった。俺は生憎、剣を振ることしか能がないからな。
「え、えへへ……これってまるで夫婦のような……」
ぼそっとルナは声を漏らし、嬉しそうに笑っていた。余程、引っ越しができるのが嬉しいらしい。良かった。
その後、俺たちは食事をすることに。最近は金銭的な余裕もあるお陰で、非常に美味な食事をしている。
「今日はビーフシチューです!」
「ビーフシチューか。初めて食べる」
ここ毎日、俺はルナの料理に驚いてばかりだった。食文化の違いを楽しんでいるが、もはや虜になっていると言っても過言ではないだろう。
「む……っ!?」
「どうですか」
一口スプーンとやらで掬って口に運ぶが、美味い! あらゆる素材がぎゅっと濃縮されたような味だ。舌触りも悪くなく、喉越しもいい。ルナの手料理はやはり最高だな。
「美味すぎる。ルナの技術には感嘆するばかりだ。料理人になった方がいい」
「いえいえ。この程度ではなれませんよ。でも、アヤメさんの専任ならなってもいいかも……?」
チラッと窺うような視線を送ってくるルナ。
「ははは。それはありがたいな」
「……まぁ、そうですよねー」
「?」
何やら落ち込んでいるが、どうしたのだろうか。
そして俺たちは食事を終えてから、風呂に入り、寝ることになった。俺は依然として、床で寝ている。そして眠ろうとした際、ルナはまだ明かりを灯して書籍に目を通していた。
「あ。ごめんなさい。邪魔ですよね?」
「いや、問題はない。ただ気になってな」
そこには複雑な式が書かれていた。魔術の本か?
「これは魔術の専門書です。アヤメさんに追いつきたくて、私もお勉強中です」
「そうか。精進することは素晴らしいことだ。それに、ルナは周りがよく見えている」
「そうですか?」
「あぁ。俺と相手を見て、適切に魔術を使えていると思う。落ち着きもあるし、冒険者は向いていると思う」
「嬉しいです……っ! 私、自分に自信があまりなかったので」
これは世辞などではなく、ルナは自分でも言っていたが、サポート系の魔術というものが非常に高い精度で発動できていると思う。それに、言及したように周りもよく見えている。
俺も助かっている面は非常に多い。
「では俺は寝る。頑張ってくれ」
「はい!」
そして俺は床に横になり、眠りにつく。ルナの努力がいつか実ればいい、そんなことを思いながら。
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