第13話 囚われし氷

 

 一斉に相手は魔術を発動。俺に目掛けて、氷の槍が射出された。


 俺はそれを、未解放の天喰で全て撃ち落とした。


「ほぉ。やりますね。では、さらに速度を上げていきましょうか」


 まるで雨のように降り注ぐ、氷の槍。それらを全て斬り伏せ、まるで雪のように砕け散った氷が舞う。


 パラパラと舞う氷の中で俺は静謐せいひつに立ち尽くす。


「──では、こちらからも行くぞ」


 闇夜に紛れた俺は一気に加速。


 俺は一人、また一人と天喰で斬り裂いていく。魔術防御もあって完全に斬り伏せることはできないが、確実にダメージを与えていく。


「やりますねっ……!」


 リーダー格の男に接近し、天喰を上段から思い切り振り下ろす。彼は右手を前に出して、氷の壁を展開してきたが、防御してくることは読めていた。


 俺は刀を氷に突き立て、手を離す。そして素早く横腹へと蹴りを入れた。


 何も刀だけが攻撃手段ではないからな。


「ぐ、ううう……っ!」


 転がっていくが綺麗に受け身は取れている。やはり、エリックとは違って戦い慣れているな。


「まだやるか?」

「ふ、ふふ。あなたのデータは取れました。私たちはこれで失礼します。いずれあなたは、魔術の真髄を知ることになるでしょう」


 そんな言葉を吐き捨てて、五人の魔術師たちの気配は消え失せた。


「アヤメさん。今のは──」

「分からない。ただ、俺のことを気に食わない連中は、まだまだいるらしい」


 魔術至上世界マギアヘイムの闇の片鱗に触れたが、俺に恐れなどなかった。俺という剣士が気に食わないのなら、殺しに来るといい。


 俺は全ての脅威を容赦無く斬り捨てるのみ。



 翌日。本日はルナとは別行動で、俺は冒険者ギルドにやって来ていた。


 ルナは家ですることがるらしいが、詳細は教えてくれなかった。何か隠しているような気もしたが、追及するほど野暮ではない。



「おい、見ろよ。あいつ、グリフィンを討伐したらしいぞ」

「まじ!? Sランクだろ!?」

「マジらしい。それに、噂程度だけどカーター家のエリックもやられたとか」

「マジで……? まさか、剣聖レベルのやつなのか?」



 ふむ。打って変わって、俺への印象が変わった。


 今までは剣士というだけで見下されていたが、今は得体の知れないものとして恐れられているようだ。


「アヤメ様。ようこそ」

「あぁ。グリフィンの件だが、換金は終えただろうか?」

「はい。素材は全て換金でよろしかったですよね」

「うむ」

「かしこまりました。では、こちらになります」


 今回冒険者ギルドにやって来たのは、討伐したグリフィンの報酬を受け取るためである。当初の予定では鉱石を採集する予定だったが、まさかこうなるとはな。


 そして、俺は麻袋に入った金貨を俺は受け取る。


 それなりの重量があり、軽く中身を見ると大量の金貨が入っていた。


「すまない。これはどれくらいの価値になるのだろうか」

「一応、この王国の都市部に大きな屋敷は購入できる程度かと」

「生活困ることはないか?」

「一生とまではいきませんが、数十年でしたら大丈夫かと」

「そんなにもらっても良いのか?」


 流石に多すぎる報酬だと俺は思った。


 情勢については疎いが、ここが世界で最も栄えている国の一つなのは分かっている。


 その中心地で巨大な屋敷が購入できる、または数十年の生活に困らない金銭など、流石に俺も慄く。


「もちろんです! 最近は魔物の活性化もあって、イレギュラーが多いんです。上層に高ランクの魔物が出現して、冒険者の犠牲者も少なからず出ていました。魔術師団の派遣も検討されていましたが、アヤメ様のおかげで非常に助かりました。これはそれに対する報酬です。多すぎることなんてございません」

「そうか。助かる人間がいたのなら、良かった」

「それとランクについてですが……」

「あぁ。上がったりはするのだろうか」


 冒険者ランクが上がれば、高難易度のクエストも受注することができる。それは俺としては、非常にありがたいことだった。


「Sランクの魔物を討伐したので、Sランクとしたいのですが、なにぶんまだクリアしたクエストの数が少ないというか……」

「ふむ。確かに実績としては、数も重要な要素だとは思う」

「ということで、様子を見てAランクという決定が上から降りて来ています」

「十分だ。Aランクならば、二十層よりも下層に行けるのだろう?」

「はい。もちろんでございます」


 もっと時間がかかるものと思っていたが、高難易度のクエストに挑戦することができるのは俺としても喜ばしいことだ。あのグリフィンのような魔物としのぎを削るのも、悪くはないからな。



「聞いた……!?」

「Aランク!?」

「剣聖以来じゃないか。これほど早い昇格は」



 俺たちの会話を聞いていたのか、ざわつきが広がっていく。


「では、俺はこれで失礼する」

「はい。またのご利用をお待ちしております。それと……こちらは私の連絡先です」

「? 感謝するが、なぜこれを?」

 

 受付嬢は周りの人間に悟られないように、一枚の小さな紙を渡してきた。


「剣士だと色々と大変だと思いますので、もし何かあれば私にご連絡を」

「おぉ。なるほど。手厚い助力、感謝する」

「いえいえ」


 なぜかぎゅっと手を握られる上に、彼女の目は爛々と輝いているような気がしたが、まぁ仕事熱心なのだろう。



 †



「凄まじい剣だった……」


 私は先生のもとをから急いで自宅へ戻っていく途中、先ほどの剣士──アヤメさんのことを思い出していた。


 先生は天才だ。あの剣は唯一無二で模倣なんてできない。けれど、アヤメさんは天才ではなく、努力と経験によって今の領域に辿り着いたという。


 私に魔術の才能はあるけど、剣の才能は普通。そんな私にとって、彼の剣はとても輝いて見えた。私は魔術と同じくらい、剣術も好きだったから。


 本当は教えて欲しかった。あれほどの剣を教えてもらえる機会なんて、普通はあり得ないから。けど私の──魔術五属家エレメンツという立場では、剣を習うことなんて許されない。


 先生に隠れて教えてもらうのが、私の限界だった。今もなんとか時間を捻出して、隠れて先生の元で剣を教えてもらっている。


「ただいま戻りました」

「リアナ。帰ったのね」

「はい。お母様」


 グレイス家の長女である私は現在、魔術師団に所属している。今年魔術学院を主席で卒業、その後は魔術師団へと進路を決めた。


 もっとも、それは私が決めた道ではないけれど。


「お父様とグレアが待っているわ。早くお行きなさい」

「はい」


 私は父の書斎へと向かった。軽くノックをすると、室内から父の声が聞こえてきた。


「入りなさい」

「はい。失礼します」


 そこで待っていたのは父と兄。どちらも素晴らしい魔術師だけれど、私はあまり二人のことが好きではなかった。


「二人とも揃ったな。グレアは知っていると思うが、カーター家の嫡子が剣士に倒された件についてだ。リアナは知っていたか?」

「いえ。初めて聞きます」


 エリックが剣士に倒された? あまり信じられない話だった。彼は傲慢、高飛車、という貴族の悪いところを全て詰め込んだような性格だけど、実力は私も認めている。


 魔術学院では同じ学年で、彼は私に次ぐ次席で卒業した。


 確か、魔術師団入りもほぼ確定していたはずだ。


「その剣士を見定める」

「見定める、ですか?」

「あぁ。魔術五属家エレメンツでの会議で、うちの部隊を出すことになった」


 剣士一人にそこまでするのか、と内心思うが表には出さない。


「リアナ。氷霜ひょうそう隊を出す。お前もついてこい」

「はい。兄さん」


 氷霜ひょうそう隊とは、私たちグレイス家とその親族で構成された特殊魔術部隊だ。全員がAランク以上の魔術師で構成されており、氷属性に特化している。


「グレアと話をして決定したが、今回の剣士は惨殺魔ザリッパーに仕立て上げる」

「……偽造するのですか? しかし、犯人は剣士ではないはず」


 傷跡からして剣士の仕業ではなく、魔術師の仕業だと分かっているのに。


「まずは大衆に示す必要がある。どんな形にせよ。本物は裏で処理をすればいい」

「……そう、ですか」

「不服か?」

「いえ。それが貴族の務めですから」

「そうだ。お前もよく分かって来たじゃないか」


 父は満足そうに笑っていた。


 このままずっとこの家に入れば、私も腐っていってしまいそうだ。


 でも、家を出ることは許されない。それが公爵家の令嬢の務めだから。


 この時私は、父の蛮行に辟易してすっかりとアヤメさんのことが抜け落ちてしまっていた。冷静に考えれば、すぐに分かるはずなのに。


 そして私は、で彼と再会することになる。

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