第17話 剣士たちの集い


 俺は彼の後へついていく。


 路地裏を進んでいき、何度も曲がっていく。徐々に陽の当たらない場所へと進み、少しだけ不気味さを感じる。


 この男の狙い不明だ。


 俺に情報を提供してくれるというが、どうしてそんなことを?


 何か他意があるのではないか、と思うのは当然だった。念の為、俺はそっと刀に手をかけておく。


「警戒しないで大丈夫ですよ。と言いたいところですが、まぁ怪しいですよね。ははは」


 彼はそう言って笑いながら、さらに奥へと進んでいく。


 この剣士それなりにできるようだな。今は殺気を漏らしていなかったのだが、俺が刀に触れたのを察したのだろう。


 まだ残っている剣士達はやはり、それなりに猛者なのかもしれないな。


「こちらです」

「まるで隠れ家だな」

「えぇ。その通りです。アヤメさんは王国にまだ慣れていないでしょうが、剣士への当たりは非常に厳しいのです。あなたのように飄々としているのは、ちょっと驚きましたよ」

「そういうものか」


 確かに、俺以外の剣士はどのような扱いを受けているのかを俺は知らない。


 冒険者ギルドには剣士はいるらしいが、俺はほとんど見たことはなかった。もっとも俺がまだ冒険者ギルドの利用が少ないこともあるが。


「では、こちらへ」

「あぁ」


 室内に入ると閑散な空間が広がっていた。人一人が暮らしてるような形跡は感じられない。家具などはあるようだが。


「この奥です」

「隠し扉か」

「はい。我々は魔術師団に目をつけられているので、このぐらいは」


 彼が数冊の本を取り出すと、本棚が動き出し、その先には階段が現れた。


 入念だな。剣士とはここまでしなければならないのか?


 いや、魔術師団に狙われていると言ったな。やはり、今が特殊な状況なだけだろうか。


 そして、彼の後についていくそこには──数人の剣士が着席していた。奥には店主のような人間もおり、その後ろの棚には酒がズラッと並んでいた。


「酒場か?」

「一応はその形を取っています。ただし、ここは剣士だけが入ることを許されます」

「ふむ。なるほど」


 と、彼と話をしていると、続々と剣士達が俺の方へと寄ってくる。


「おい! あんたがアヤメか?」

「いかにも」

『おぉ……!』


 どよめきが広がっていく。


 なんだ。俺はなぜ彼らに名前を知られている? 


 やはり、罠の類か──と一瞬だけ考えるが、そうではない。その理由は明らかに彼らは、俺に対して尊敬の眼差しを向けているからだ。


「てことは、本当にあのエリックを倒したのか!?」

「あぁ」


 エリックは確かにこの手で倒した。今となっては、どうなっているのかは知らないが、死んでいることはないだろう。


「まじか」

「やっぱり、噂は本当だった」

「なんでも、今は精神的に参ってるらしいぜ?」

「あの高飛車野郎が!? 相当トラウマを植え付けられたのか?」


 それぞれが一気に口を開くが、リーダー格の男がパンと手を叩くと一気に沈黙が広がる。


「そこまでだ。アヤメさんをあまり困らせるな」

「いや、すまねぇ。でも、エリックの野郎はごみみたいな性格だが、実力は確かなものだった。剣聖以外で倒せる奴がいるとは夢にも思ってなくてな」


 巨体の男がそう言うと、他の人間達も深く頷く。


「アヤメさん。奥の席へどうぞ。俺は彼と重要な話がある。お前達は自由にしていていい」


 そう指示をして、俺は彼の後へ再びついていく。


「どうぞ。お座りください」

「あぁ」


 着席して、彼に向かい合う。


「すみません。お騒がせしてしまって」

「構わない。敵意はなかったしな」

「そう言ってもらえると、幸いです。あ、何か注文しますか?」

「では紅茶とやらを頼む」

「酒もありますよ」

「酒は判断力が鈍る。あまり好まない」

「分かりました」


 彼は店主に注文をして、早速紅茶がやってきた。口にしてみるが、やはり美味いな。ただルナが入れてくれたものとは、茶葉が違う。この差も面白いな。


「遅れて申し訳ありませんが、自己紹介を。私はフィンと申します」

「フィンか。俺はアヤメだ」

「もちろん、存じています。極東から現れたサムライであり、すでにAランク冒険者であると」

「よく知っているな」

「情報を集めるのは得意でして」

「しかし、剣の腕も相当なものだろう」


 一挙手一投足。俺は彼の後を追いながら、全てを観察していた。


 動きに無駄がなく、体幹のブレも全くない。相当鍛え込んでいる証拠だ。


「分かりますか」

「見れば分かる」

「流石の御慧眼。一応、この《つるぎの集い》のリーダーをしていますので」

「なるほど。それで本題は何だ?」

「あなたの活躍は耳に入っています。エリックを倒したのはこちらとしても、ありがたい限りです。彼に苦しめられたメンバーは多いので。しかし、あまりにも目立ち過ぎました」


 やはり、ルナだけではなく他の人間にも同じようなことをしていたか。


「目立つと問題か?」

「既に刺客に襲われたでしょう。あれは魔術五属家エレメンツで氷を司る、グレイス家の特殊部隊です」

魔術五属家エレメンツとは何だろうか」

魔術五属家エレメンツは五つの属性に特化した五つの公爵家の総称です。魔術師の頂点に君臨していると思っていただければ」

「ふむ。確かに、あの魔術師達はかなりの手練れだった」


 そう言うことか。話が徐々に見えてきたぞ。


「貴族達はプライドを何よりも重んじます。あなたは伯爵家のエリックを倒し、貴族のプライドに傷をつけた。それをよく思わない魔術五属家エレメンツが刺客を送り込んできたのが、私の予想です」

「情報提供、感謝する。だが、俺は全てをこの刀で斬り伏せるのみだ」

「あなたにはそれだけの力があると思います。ただ、ここで厄介になってくるのは、斬殺魔ザリッパーの存在です」


 斬殺魔ザリッパーか。


 何度か名前を聞いているが、ここでも出てくるのか。もはや、俺に無関係ではないと思ってきたな。


斬殺魔ザリッパー。剣聖と先日会ったが、犯人だと思われているらしいな」

「はい。剣聖だけではなく、我々剣士も怪しまれています。魔術師に反旗を翻す狼煙ではないかと」

「違うのか?」

「違います。魔術師に勝てると思っているほど、自惚れてはいません」


 冷静な判断だった。特に大きな革命を起こしたいわけでもなさそうだ。


 俺にそれを手伝って欲しい、という流れになるかもしれないと思ったが違うようだ。


斬殺魔ザリッパーは魔術師です。私は何度か、犯行後の遺体を確認しています」

「鋭利な傷があるんだな」

「はい。そこまでは知っている人間もいますが、問題は死んでいる魔術師のがないのです。綺麗に持ち去られています」

「それは面妖だな」


 殺しをするだけなら、頭部を持ち去る必要はない。つまり、その斬殺魔ザリッパーには何か目的があるということだな。


「えぇ。魔術師の頭部を使って何をしているのか。それは不明です。それに、実力はおそらく魔術師団を優に上回るでしょう。実際、団員の犠牲者も出ていますから」

「なるほどな。しかし、魔術師が魔術師を狩るなど、尋常ではないな」

「えぇ。今までこのような事件はありませんでした。今は剣士は対象になっていませんが、私たちの身も危険かもしれません。アヤメさんには注意喚起をしておきたかったのです」


 どうやら怪しいものはなく、純粋に俺の身を案じてくれたということか。


「感謝する。しかし、どうしてそこまで俺に良くしてくれる」

「剣士というだけで十分ですが、エリックを倒してくれたのは大きいです。我々のメンバーはずっと、苦しい思いをしてきましたから」

「奇しくも救っていたということか。良かった」


 話はここで終わり、俺は帰宅することにした。情報は十分に貰い、自分でも整理してみようと思った。


「アヤメさん。きっとあなたほどの剣士ならば、斬殺魔ザリッパーと相見えるかもしれません。どうか、お気をつけて」

「あぁ。気遣い感謝する」


 フィンは深く頭を下げて、俺のことを見送ってくれた。


 そうして俺は、ルナの家にまっすぐ戻るのだった。

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