第7話 圧倒


 初めて会った時、私はアヤメさんのことが輝いて見えた。


「──大丈夫か?」


 そう言って颯爽と現れてくれ、私のことを救ってくれた。この瞬間のことはきっと生涯忘れない。


 この時私は、自暴自棄に陥っていた。


 父が倒れ、母と私だけで何とか負債を返済する。その最中、エリック様が執拗に私のことを求めてくる。


 彼は私のことをモノとしか見ていない。そして、平民などどうなってもいいと思っている。


 この魔術至上主義の世界は、貴族こそが絶対的な存在だ。私はアルカディア王国にやって来て、そのことを痛感することになった。


「私が……私が頑張らないと」


 両親は魔術師ではなかったけど、私には魔術の才能があった。


「凄いわ、ルナ」

「あぁ。ルナは本当に凄い」

「えへへ」


 褒められて育ち、私は自分の魔術が凄いものだと思い込んでいた。けれど、結局は井の中のかわずに過ぎなかった。


 王国の魔術師は私なんかよりもずっと凄かった。特に貴族の人たちはレベルが全く違う。エリック様の魔術も何度か見たことがあるけれど、私なんかのちっぽけな魔術とは一線を画すものだった。


 あぁ。このまま彼の言う通りにしたほうがいいのかもしれない。


 私が我慢すれば、家族が救われる──そんな葛藤と戦い続けていた。


「ルナ。これからよろしく頼む」


 剣士であるにもかかわらず、アヤメさんは毅然とした態度を保ち続けていた。エリック様が声をかけて来た時も、決して物怖じしない。


 自分をしっかりと持っている彼に憧れた。


「凄い……っ!」


 グリフィンとの戦いは手に汗握るものだった。確かに、アヤメさんの剣術は凄まじい練度だった。それは剣の素人の私でも分かるほど。


 それと同時に私はアヤメさんの心の強さにも尊敬を覚えた。だって、あんな至近距離でグリフィンと戦うなんて、普通は怖いに決まっている。少しでも攻撃があたれば死んでしまう。


 そのはずなのに、アヤメさんは冷静に立ち回っていた。


 心技体。その全てが備わっているのが、アヤメさんという人だった。


 徐々に彼に惹かれている自分がいることは気がついていたけど、私は彼には相応しくない。きっと、アヤメさんはもっと凄いところに行ってしまうのだろう。


 それこそ、Sランク冒険者だって夢じゃない。


「ルナ。そんなに心配そうな顔をするな。大丈夫だ。俺は負けない」

「アヤメさん……っ」


 突如現れたエリック様とアヤメさんは決闘をすることになった。


 涙が溢れそうだった。だっていつも彼は、私に優しくしてくれるから。この王国でひとりぼっちだった私にとって、唯一の人だった。


「どうか……っ! どうか……」


 私は自分のことよりも、ただアヤメさんが無事でいることを祈る。


 どうか、神様。アヤメさんにご加護を──。



 †



「雷槍」


 エリックは雷槍を複数展開。彼の背後に七つの雷槍が浮かび、激しく帯電していた。


「さて、小手調べと行こうか。腕の一本や二本は覚悟しとけよ。ま、回復系魔術があればすぐに治せるから、安心しろよ。ククク……」


 一斉に射出されていく雷槍。


 速度は凄まじいものであったが、俺は左に駆け抜けてそれを避け続ける。


「はははっ! いいねぇ! やっぱ、お前はそこらへんの剣士とは違うみたいだが、どこまで俺様について来れるかな!」

「……」


 エリックは完全に俺のことを弄んでいるつもりなのだろう。


 俺としてはそのほうが都合が良かった。


 魔術戦は初めてであるため、どんな手札を持っているのか知る必要がある。


 属性は雷。しかし、複数の属性を操ることも考えられる。それに、精神干渉系の厄介な魔術も考えられる。


 俺はまだ天喰の能力は解放せず、避けることに徹していた。


「避けることだけしか能がないようだな。でもこれはどうだ?」


 エリックは指先を軽く動かして、弾いた。


「炎柱」


 突如、俺の真下から炎の柱が舞い上がった。


「ははは! 流石に死んだか!?」


 俺はその炎の柱を天喰で斬り裂いていた。

 

 熱風が肌を焼くが、それを気力によって防ぐ。


 パラパラと火の粉が舞い、俺は炎の中からゆっくりと歩みを進める。


「無詠唱でこの威力と手数は、素直に感嘆に値する。が、ある程度は把握できた。では、こちらからも参る──くぞ、エリック」


 天喰を上段に構えて、俺はたった一歩でエリックとの間合いを詰める。


「は、速っ……」


 あのグリフィンとの戦闘は見られていることは分かっていたので、速度は抑えめで戦っていた。そのため、エリックは俺の上がった速度を追えていないようだが──。


「む……っ!」


 袈裟斬りを試みたが、俺の天喰はエリックを覆っている魔力防御によって防がれてしまった。薄い膜ではあるが、非常に硬い。あのグリフィン以上の硬度だな。


「これ以上戦うのなら、それ相応の覚悟はしろよ? これは忠告だッ!」


 雷を纏ったエリックの拳が俺の眼前に迫る。俺はそれを天喰で受け止め、力を後方に逃しながら一旦距離を取った。


「さて、今なら謝れば許してやってもいい。もちろん、今後生涯俺に絶対服従するという条件でな」

「いや、その必要はない」

「何?」

「お前の底は見えた」

「はははは! いいねぇ! 面白い! そうやってイキリ散らかしてる奴をいたぶるのが、俺は大好きなんだ。じゃあ、そろそろ本気で行こうか!」


 突如、莫大な魔力が解放される。


 本気か。ならば、こちらもそれ相応の力を解放しよう。



「天喰──かい



 刀身に指を走らせると、天喰の刀身は純白に変貌する。同時に俺も自身の気力の制御を止め、完全に全てを解放する。


「──推して参る」


 最強の魔術。それは俺をどれほど楽しませてくれるのか。


 俺は期待を持ってエリックへと肉薄する──!


「雷槍、炎槍──!」


 エリックの左半分には雷槍、右半分には炎槍が出現して、それらが絨毯爆撃のように射出されていく。ドドドと爆音が鳴り、全てが一斉に俺に降り注いでくる。


「ははは! これは流石に避けることはできないぜ! さぁ、どうするんだ! アヤメェッ!!!」


 歪んだ笑みを見せているエリックだが、避ける必要などもはやない。


 なぜならば、この妖刀天喰の能力は完全にされているのだから。

 

「──この程度か?」


 まるで雨のように降り注ぐ雷と炎の槍を俺は天喰で全て斬り裂き、俺は静謐せいひつに立ち尽くす。


 そして、エリックへと再び迫る。


「は、はぁ──!?」


 まさか直進してくると思っていなかったエリックは、目を大きく見開き惚けることしか出来なかった。


 一閃。


 気力を十分込めた刀は彼の魔力防御をあっさりと貫通し、頬を深く斬り裂いた。


「は? 斬られた? この俺様が……っ?」


 彼はまだ状況を理解できていない。


 そして俺は思い切りエリックの鳩尾を蹴り飛ばして、後方へと吹き飛ばす。受け身を満足に取ることもできず、彼はそのまま無造作に転がっていく。


「ごはっ……!」


 エリックは胃液を吐き出し、苦痛に顔を歪める。痛みには全く慣れていないようだな。


 一方の俺は、天喰を携えながらゆっくりと迫っていく。


「俺の妖刀はあらゆる異能を喰らう。それは魔術であっても例外ではない。そして、喰らった異能は還元することができる。お前は、自分の魔術で生み出した魔力に斬られたんだ」

「はっ……はっ……い、意味が分からねぇ! なんだお前のその特異魔道具アーティファクトはッ!?」

「今言った通りだ。それ以上でもそれ以下でもない。さて、どうする。敗北を認めるのか?」

「く、くそっ……!」


 エリックは魔術で止血し、まだ活力は十分に残っている。


 それに俺に対する憎悪の目が死んでいない。むしろ、燃え上がっているようだった。


「これ以上戦うのならば、それ相応の覚悟はしたほうがいい。これは忠告だ」


 彼が発した言葉を、俺はそっくりそのまま返す。


「ふざけるな、ふざけるな、俺はカーター家だぞ! 伯爵家の人間にこんなことをして、分かっているのか!?」

「元はお前の家が生み出した因縁だろう。因果応報だ」

「この……ふざけやがってえええええええええええ!」


 右手を突き出して雷槍を放ってくるエリックだが、俺は軽く刀を振って切断。天喰でその魔術を喰らい尽くす。


「お前に貴族としての誇りがあるのならば、まだ戦えるだろう。立て。貴族とやらの気概を俺に示してみろ」

「くそがアアアアアアアア! ふざけやがっってえええええええええええ!」


 そうだ。もっと怒れ。お前の底の底を、俺に見せてくれ。


 確信した。この世界であれば、俺の剣はもっと高みへ至ることができる。


 そして、俺とエリックの戦いは最終局面へと突入する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る