第5話 現代魔術


 翌日。


 冒険者ギルドにやって来た俺とルナは早速、クエストを受注してダンジョンに潜ることにした。


「これにしましょうか」

「これは?」


 ルナはクエストボードに貼ってある紙を一枚剥ぎ取る。


「Dランクのクエストです。魔物の討伐ではなく、素材集めです。ただし、魔物とは遭遇すると思いますが」

「承知した」


 なるほど。こうやってクエストというものを受注して、依頼をこなしていくのか。


「では私は手続きをして来ますね」

「ここで待っておこう」

「はい!」


 ルナは元気よく返事をすると、そのまま受付に颯爽と駆けていく。


 それにしても、相変わらず剣士に注がれる視線は厳しいな。



「剣士?」

「東の剣士らしいぞ」

「あぁ。カタナってやつね」

「極東の田舎もんが勘違いしてんのかね」

「ははは! 今は惨殺魔ザリッパーもいるし、次の日にやられたりしてな」



 くすくすと嘲笑されているのは、すぐに分かった。


「おい」

「おっと」


 後ろから思い切り肩を掴まれそうになったので、俺は咄嗟にそれを避けて振り返る。


「何か用だろうか。エリック」

「テメェ……相変わらず、舐めた態度だな」

「尊敬できる人物にはそれなりの敬意を示すが、お前にはその必要はないと俺は判断した」

「ククク……あぁ。いいねぇ。久しぶりに反発するやつがいて助かったよ。最近はあまりガス抜きができてなかったからなぁ」


 彼はニヤニヤといびつな笑顔を浮かべる。


「ルナの件を耳にしたが、不当な契約だな」

「不当? お前は極東の田舎もんだから知らないだろうが、王国では貴族こそが絶対。そして貴族は例外なく、魔術に優れている。むしろ、魔術で平民たちを守り、その恩恵を与えてやっているんだ。感謝されるべきだろう?」


 ふむ。どうやら、心の底からそう思っているようだな。


 無邪気な邪悪とでも呼ぶべきか。おそらくは貴族という上流階級によって、形成された人格なのだろう。


「それが真実だとしても、力あるものが他者を虐げていい理由にはならない」

「ふっ。正義の味方気取りか? どうやらルナにうまく取り入ったようだが、あの上玉は俺がもらうぜ。あぁ、今からアイツを自由にできると思うと、楽しみだ。ククク……」


 唇を下で舐める素振りを見せる。この下衆げすの目的が改めてはっきりしたな。


「ルナの件には俺も協力する。金を払えばいいのだろう?」

「そうだ。けどな、ダンジョンは一攫千金のチャンスでもあるが、剣士如きで攻略できるとでも思っているのか」

「それはやってみないと分からないだろう」


 視線が交わる。俺は決して逃げることなく、エリックの見下すその目に睨みを効かせる。


「アヤメさん、手続きが終わりましたっ!」


 そんなやりとりをしていると、ルナが俺の方へ駆け寄ってくる。


 エリックは同時に去ろうとするが、その間際。俺に耳打ちをしてくる。



「ダンジョンでが起きないといいなぁ。ダンジョンでの死亡率は馬鹿にできない。これは最後の忠告だぜ?」



 それだけ言い捨ているとエリックは俺の元から消えていった。


 なるほど。あの手の下衆が考えることは、容易に分かるものだな。


「? アヤメさん。どうかしましたか」

「いや、なんでもない。さ、行こうか」

「はいっ!」



 †



「アルカディアダンジョンは世界でも有数の難関ダンジョンなんですよ」

「難関か。それは楽しみだ」


 俺はルナにダンジョンの概要を教えてもらいながら、歩みを進めている。


 灯りが微かに灯っているが、それでも薄暗い空間だ。闇から魔物が襲いかかってくる危険性は大いにありそうだ。


「と言っても、非常に危険なのは二十層以降です。そこから先は、Aランクしか行けません」

「賢明だな」


 その先には未だ見たことのない魔物がいるのだろう。いずれ、戦ってみたいものだ。


「今回のクエストは、十層にあるブロンズの鉱石を集めることです」

「採集か。量は指定されているのか?」

「いえ特に。持って帰ることのできるだけでいいと思います」

「承知した」


 この一層では魔物はほとんどおらず、下層への階段を降りて行くだけだという。


「アヤメさん。何か質問はありますか?」

「魔術について知りたい」


 俺が現状、一番知りたい知識は魔術についてだ。


「魔術ですか。ちょっと長くなりますよ」

「歩きながらなら、ちょうどいいだろう」

「分かりました」


 こくりと頷いて、ルナは魔術についての説明をしてくれる。


「魔術とは魔力を用いて発動する異能のことです。基本属性は──火、水、氷、雷、風の五つです」


 昨日見たのは、火属性と雷属性ということか。ただ根幹的な部分は俺の知っている妖術に似ているな。


「他にも属性外魔術があります。身体強化、魔力防御、精神干渉などですね」


 ここまでは簡単だな。俺は首肯をしてルナに先の説明を促す。


「過去、魔術は長い詠唱、魔法陣、杖などの媒介を必要としていました。それが時代と共に簡略化されていき、今となっては無詠唱が普通です。ワンフレーズ魔術名を唱えるだけで、魔術は発動できます」

「そういうことか」

「中には無言魔術師フローレスと呼ばれる完全無言で魔術を使用できる人もいますが、本当に極少数の上位魔術師だけですね」

「ふむふむ」


 昨日、俺が目撃した魔術は確かに長い詠唱などはなかった。詠唱無しであの威力か。


 妖術はそれなりの詠唱が必要であり、近接戦など出来るわけがなかったが……。


 それに完全無言で発動する猛者もさもいるのか。やはり、魔術はかなりの脅威だと再認識した。


「現代魔術は発生が早く、魔力消費もさほど多くありません。過去、近接戦は剣士に分がありましたが、現代魔術の前ではその……」


 ルナの言葉は尻すぼみに小さくなっていく。それに対して、俺は忌憚きたんのない意見を述べる。


「厳しいだろうな。発生の早さに加えて、魔術師は魔力で身体を防御しているだろう?」

「はい。剣での攻撃はあまり意味がないかと」

「だからこそ剣士は冷遇され、魔術師が支配する社会になっているのか。理解できた」

「……」


 ルナは俺が剣士であることを気にして、少しだけ気まずそうな顔をしていた。


「ルナ。気にするな。それがこの世界の常であるのならば、受け入れるまで。それに俺の剣術はその程度では揺るがない。むしろ、魔術を超えて見せるさ」

「魔術を超える……やっぱり、アヤメさんは凄いですね」


 ルナはの声色はとても優しいものだった。


「ルナ、教えてくれて感謝する。非常にタメになった」

「魔物も同様の魔術を使ってくる個体もいるので、要注意です」

「承知した」


 現代魔術か……発生の速さは厄介そうだが、俺の妖刀にはちょうどいい相手だな。


 俺はそっと天喰に触れる。真っ黒な刀は今は眠ったままである。


 魔術戦で後手に回ることは必至。しかし、それこそが俺のでもある。


「あ! 下層への階段が見えました。早く行きましょう!」

「あぁ」


 ルナの後を追いかけてくが、その途中で視線を感じた。軽くそちらの方へ視線を流したが、サッと誰かが隠れるのを微かに捉えた。


「……」


 最大限の警戒をしつつ、俺たちはさらに深部へと進んでいくのだった。


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