第4話 彼女の事情

 

 人目の少ない路地裏までやってくると、俺は早速ルナに尋ねることにした。


「ルナ。訳ありなんだな。あの森に来ていたのも、今回の件が理由だろうか?」

「……はい」


 彼女は顔を俯かせて肯定する。


 あまりにも深刻な状況なのかもしれないな。


「詳しく話を聞いてもいいか。力になれるのなら、協力したい」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 顔を上げて、俺と視線を交わす。


 俺は微かに潤んでいる彼女の瞳に真っ直ぐ向き合う。


「ルナは俺に良くしてくれただろう」

「そんな、私は助けてもらっただけですし……良くしたといってもあの程度でのことじゃ……」

「この国のことを教えてくれた。美味しい紅茶を淹れてくれた。ルナにとっては些細なことかもしれないが、俺にとっては大きなことだ」


 正直、剣士に対する当たりは強く、ここに来るまでの間でも魔術師たちは俺の刀を見て侮蔑の視線を送ってきた。


 魔術師は剣士を見下すのは当然。


 そんな世界でルナは純粋に俺のことを手助けしてくれた。


 助力したい理由なんてそれだけで十分過ぎるほどだ。


「私は、この王国から少し離れた小さな村の出身です」


 ポツリと、口から零れるかのように話を始めるルナ。


「とてもいい家庭で育ったと思います。幸い、私には魔術の才能がありましたから、村ではとても褒められながら育ちました。そんな中、父は新しい事業を始めようと王国へ向かいました」

「父上は大商人なのか?」

「そんな大層なものではありませんが、王国で村の特産品を販売しようとしていたのです」

「なるほど」


 ルナの話はさらに続いていく。


「そして、父は王国で伯爵家の方と契約ができたと喜んで帰ってきました。それが全ての始まりでした。契約書を交わしたのですが、後になって勝手に契約内容が変更されていたのです。莫大な土地代を要求され、売上はそれに全て消えました。いえ、実際は少しずつ負債が増えていっています」

「それは流石に違法だろう。両者の同意なく契約書の変更が可能なのか?」

「もちろん、父は抗議しました。しかし、相手は伯爵家。上流貴族に逆らうことは許されず、父は寝る間も惜しんで働き続け──倒れました」

「……」


 話が見えてきたな。俺はルナの状況を察した。


「母と私で何とか働いていましたが、それも限界。そこで伯爵家のカーター家の嫡子であるエリック様が提案してきたのです。私がメイドとしてフレイア家に来れば、負債は軽くしてやると」

「その条件は飲むべきではない」

「はい。私も分かっているつもりです……」


 エリックはルナの顔と胸を凝視しており、あの手の下賤の輩が考えそうなことなど、容易に想像がつく。


「私は何とかしようと、冒険者になりました。幸い、魔術は使うことができたので。でも、パーティーを組もうにも上手くいかず……おそらく、エリック様が手を回しているのだと思います。そして、大森林で頑張ってみようと思った時に、アヤメさんと出会いました」

「おおよその流れは理解した。辛かったな」


 俺は優しくルナの頭に手を乗せる。


 すると今まで我慢していたものが決壊したのか、ルナは大量の涙を流し始める。


「う……うぅ! 父は誰よりも勤勉でしたっ! それが、こんなことになるなんて……っ! 貴族ってそんなに偉いんですかっ!? 平民相手なら、何でもしていいんですかっ!」


 それは悲痛な叫びだった。


 この歪んだ世界が生み出した犠牲者。きっと、この魔術至上主義の社会はこんな悲劇を生み出し続けているのだろう。


「力とは他者を虐げるためにあるのではない。力とは守るためにあるべきだと、俺は思う」

「アヤメさん……」

「俺は数多くの合戦で戦ってきた。しかしそれはやはり、守るべきものがあったからだ。純粋に俺は剣が好きだ。戦いが好きだ。剣を極めるために、我が武士道を進んでいる。けれど武士道とは、義を重んじる道でもある」


 俺は自分の想いを素直を吐露とろする。


「義、ですか?」

「あぁ。誠意、正直を貫き、卑怯な行動や不正、狡猾な行いは断罪する。それこそがサムライの生きる道。俺は義に従い、ルナを助けよう。そうだな、まずは二人で冒険者として一攫千金を狙ってみてはどうだ? 俺は詳しく知らないが、俺たち二人なら大丈夫だ」

「……ふふっ」


 ルナは涙を拭うと、真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。


「アヤメさんが言うと、何だか自信が出てきますね」

「それなら良かった。ルナは笑顔が似合う。暗い顔は今日までにしよう」

「ふえっ……!? も、もうアヤメさんは褒め上手なんですから……っ!」


 ルナは顔を赤くしていたが、どこか嬉しそうだった。


 そうだ。可憐な乙女にそんな暗い顔は似合わない。


 そして俺は正式にルナの力になると決めたのだった。



 †



「む……この世界の湯浴みは難解だな……」


 明日から俺たちはパーティーを組んでダンジョンに潜るらしい。


 ルナからそう説明してもらった。何でもダンジョンには秘宝が眠っているとか。


「こうか? うおっ! 湯が出たな……何と面妖な」


 風呂の扱いについてはルナにある程度説明してもらった。何でもこのシャワーの蛇口を捻ると勝手にお湯が出てくるという。


 これも魔術の恩恵であり、流石に凄まじい技術だと感嘆せざるを得ない。


「一通り説明してもらったが、流石に文明の水準がここまで違うと苦戦するな」


 と、一人で途方に暮れていると、なぜか風呂の扉が開く音がした。


「し、失礼しますっ……!」

「ルナ。どうした?」

「お背中お流しします!」


 ルナは裸ではなく、体に真っ白な布を巻き付けていた。


 否応なしに大きな胸が強調されてしまっているその姿は、女性の魅力に溢れていた。


「あぁ。すまないな。実はこのシャンプーとやらがよく分からなくて」

「任せてください! アヤメさんは座っていてください」

「助かる」


 そう言って、ルナは俺の頭髪を洗浄してくれる。


「お加減はどうですか?」

「いい香りがする」

「アヤメさんの国にはなかったんですか」

「香料の類はあったが、ここまで上質なものはない」

「へぇ。やっぱり、東と西だと色々と違うものなんですねぇ」


 ルナは頭髪だけではなく、背中もしっかりと洗い流してくれる。


「凄い……まるで彫刻のような体ですね」

「剣を振るために肉体を鍛えるのは当然だからな」

「じっー……」

「どうした?」

「い、いえっ! 何でもありませんっ!」


 なぜか強い視線を俺の体に感じたような気がしたが。


「では、私はこれで失礼します!」

「ありがとう。色々と助かった」

「は、はいっ!」


 ルナはそのまま慌てた様子で風呂から出ていった。


 去り際、「お母さん。私、お母さんの言ってことが分かったよっ……!」と言っていたが、母君から何か教わっていたのか。


「ふぅ」


 ゆっくりと湯に浸かって思考を巡らせる。


 ルナのために金銭を稼ぐ。ダンジョンがどれほど危険なのか不明だが、俺はそれでも戦うことができると思っている。


 戦うのが楽しみである。魔術は俺の剣を更なる高みへ導いてくれるかもしれない。


「しかしやはり、順調に事が運ぶとは思えないな」


 ルナの話を聞くに、相手の目的は金だけではないのは明白。


「だからこそ、ルナの冒険者活動を妨害していた。と考えるのが自然だな」


 金が欲しいのならば、ルナの邪魔をする必要はない。


 とどのつまり、エリックはルナという女性を自分のものにしたいだろう。


「あれほど傲慢な人間が仕掛けてこない理由はない。戦いになるだろうな」


 魔術師と剣士。この世界では圧倒的に優劣はついているが、俺は楽しみだった。


 才ある魔術はどれだけ俺をたかぶらせてくれるのか。


「よし。入念に準備をするとするか」


 俺は期待を抱きながら、明日のダンジョン探索の準備に取り掛かることにした。

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