第3話 魔術至上主義


「ちょっと狭いですけど。どうぞ」

「邪魔する」


 俺はルナに案内されて、路地裏にある建物の一室に入れてもらった。


 室内にものはほとんどなく、かなり閑散としている。


「お茶を淹れますね。少し待っていてください」

「感謝する」


 椅子に座って少し待っていると、ルナがお茶を持って来てくれた。


「どうぞ。あまり高くはないんですけど」

「いや値段は問題ではない。ルナが振る舞ってくれることに価値がある」

「あ、ありがとうございます」


 ルナは少しだけ耳を朱色に染め、髪を忙しなく触る。


 俺は早速、この国のお茶とやらを飲んでみることに。


「美味いな。独特な葉の香りがする」

「紅茶です。飲むのは初めてですか?」

「あぁ。しかし、本当に美味いな」

「ふふっ。お口にあったのなら、良かったです」


 彼女は口元に手を持っていき、微笑を浮かべた。


「質問があるのだが、いいだろうか」

「はい。何ですか?」


 俺は気になっていることをルナに尋ねる。


「まぎあへいむ、とは何だ?」

「魔術至上世界のことです。この王国はその筆頭です」

「……なるほど。得心がいった」


 魔術至上世界のことをマギアへイムと呼ぶのか。


 疑問は一つ氷解した。


「その……アヤメさんは剣士ですよね」

「いかにも」

「剣士にはとても厳しい社会です。特にこの王国では」

「問題はない。どんな逆境であろうとも、乗り越えてみせるさ」


 たとえ剣士が冷遇されていようとも、俺の在り方は変わらない。


 ただ己が武士道を進むのみ。


「ルナ。俺は生計を立てる術がない。しばらくはこの王国に滞在しようと思うが、仕事はないか? できれば剣が役立つものがいい」

「それでしたら冒険者がいいですけど、ギルドに行きますか? 手続きはそちらで出来ます」

「ありがたい。では、行くとしよう」

「はい……アヤメさんがそう言うのでしたら」


 俺たちは家を出て、冒険者ギルドとやらにやって来ていた。


「おぉ。でかいな。それに人も多い」


 巨大な建物を出入りしている人間は非常に多く、忙しなく動き続けている。


「アヤメさん。こちらの受付で手続きができますよ」

「分かった」


 俺はルナに案内されて受付に赴く。


「冒険者になりたいのだが、可能だろうか」

「はい。冒険者は誰でもなることができますよ」

「それは助かる」


 受付嬢はにこりと微笑んで対応してくれた。


「しかし、魔術師……ではないですよね」

「あぁ。魔術とやらは使えない」

「剣士での登録でよろしいでしょうか?」

「それで頼む」

「では冒険者カードを発行しますね。それと、この水晶に手を当ててください」

「これは?」

「魔力を測定するものです。一応、冒険者ランクは一番下のFランクからのスタートになりますが、魔力が高い場合は少し上のランクになる場合があります」

「承知した」


 俺はその水晶とやらに手を置いてみたが、特に反応はない。


「反応はない、ですね」

「ないと問題だろうか?」

「い、いえ……っ! しかし、そうなってくると冒険者としてやっていくのは非常に困難だと思いますが……」


 受付嬢も非常に気まずそうな表情をしている。


 ただ魔力とやらはないが──おそらく、魔術師の力の源だろう──気力は依然として自分に宿っているのは分かる。


 形式が合わないからこそ、測定不能になっているのかもしれない。



「はははっ! 今時剣士! それも魔力なしかよっ!」

「腰にぶらぶらと下げてみっともねぇな」

「絶滅危惧種が何でこんなところにいるんだよ」



 陰口を言われているのはすぐに分かった。


 なるほど。これが剣士の待遇というわけか。


「すまない。一つ質問がある」

「あ? 何だよ」


 三人が集まっていると所に顔を出す。俺は純粋に尋ねてみたいことがあった。


「魔術とやらはそんなに優れているのか?」

「あぁ? テメェ馬鹿にしてんのか?」

「いや、純粋な疑問だ」

「はっ。なら、見せてやるよ──火球!」


 右手を俺に向かって突き出して、「火球」と唱えると彼の掌に力が集中していき、そこから炎が射出された。


「おぉ! 凄いな! これが魔術か!」


 俺は自分に向かってきた火球を軽く右手で払った。


 火球は雲散霧消し、パラパラと火の粉が舞う。


「は?」

「感謝する。非常に参考になった」

「あ、あぁ……」


 俺はすぐに受付嬢の元に戻って、手続きを再開する。


「すまない。少し離席していた」

「い、いえ。もしかして魔術を無効化できるのですか?」

「ん? いや、普通に払っただけだが」

「そ、そうですか……」


 受付嬢は、かなり驚いている様子だった


「では、冒険者カードはこちらになります」

「ありがとう」


 彼女から冒険者カードというものを受け取る。俺の名前とランクが書かれてあった。


「そちらにあるクエストボードからクエストを受注したり、探索をして魔物を討伐、素材を収集。貢献度に応じてランクは上がっていきます」

「理解した」

「では、どうかご武運を」


 これで手続きは終わりか。意外とあっさりとしていたな。


「アヤメさん。無事に終わったみたいですね」

「あぁ。簡素な手続きで助かった」

「冒険者は常に人手を募集していますからね。命の危険もありますから」

「なるほど」


 と、二人で話をしていると、急にギルド内がざわめき始める。


「おい」

「あれって」

「もうAランクって話よ」

「流石は名門出身。何でも、魔術師団入りを目指しているんだろう?」

「らしいわね。やっぱり、私たちとは才能が違うわ」


 後ろに人間を引き連れてやってくる一人の男性。身なりだけではなく、雰囲気もあるな。


 真っ赤な髪をかき上げ、顔つきも非常に整っている。


 その男は真っ直ぐ、なぜか俺たちの方へ近寄ってきた。


「ルナ。例の件は考えたか?」

「カーター様……」

「エリックでいい。俺とお前の仲だろう?」

「エリック様……その、まだ考えておりまして」


 傍目でその会話を聞くが、ルナは怯えている。


 目線も定まらず、無意識なのか体を縮こまらせている。


 俺は助け舟を出すことにした。


「すまない。彼女に何か用だろうか」

「何だお前。って、剣士か?」

「そうだが」

「はははははははっ! 剣士なんて久しぶりに見たな! もしかして、冒険者になりに来たのか」

「その通りだ」


 声音、目線、表情。その全てが、俺のことを軽んじているのは明かだった。


「魔力の無い、才能に恵まれなかった剣士のゴミが勘違いをして冒険者になろうとするのは同情してやるさ。だが、これはお前のためを思って言ってやる。やめておけ。剣士じゃ冒険者は無理だ」

「それは俺が決めることだ。ただ、忠告は感謝する」

「お前……俺が誰だか分かっていて、そんな口を聞いているのか?」

「すまない。王国には来たばかりで、情勢には疎いんだ」

「く……くくくっ! 伯爵家の俺に逆らうとどうなるのか、教えてやろうか」


 エリックは右手をスッと上げる。この動作は魔術を発動する時のものだ。


「やめてくださいっ! アヤメさんはまだこの国に不慣れなんです! この通り、謝りますからっ……!」


 俺たちの間に入ってきて、ルナは大きく頭を下げる。


「なら、例の件は了承するんだな。そしたら、こいつのことは水に流してやる」

「それは……」


 何の話をしているかわからないが、ルナを困らせるわけにはいかない。


ゆるしは請わない。お前は確かに才に溢れた人物なのかもしれないが、他者を虐げることが魔術師の性分なのか?」

「あぁ? お前、本当に死にたいみたいだな」


 先ほどは収めていたが、エリックは右手に魔力を集中させると魔術を発動させた。


「──雷槍らいそう


 出現するのは雷の槍。一気にそれが射出されると、俺の顔面を貫こうとしてくるが──俺は抜刀してそれを斬り裂いた。


「無効化か? 特異魔道具アーティファクトの類だな。お前、それをどこで手に入れた」

「エリック様。流石に騒ぎになってきているかと」

「ちっ。まぁいい。ルナ、次会う時まで待っていてやる。それとお前」

「アヤメだ」

「アヤメ。覚えておけ。貴族の高貴なる使命ノブレスオブリージュとして、お前にはいずれ教育を施してやる」


 そう言ってエリックたちは去って行った。


「ルナ。行こう」

「あっ……」


 俺は彼女の手を引いて、ギルドの外へと向かう。


 これはどうやら思ったよりも根深い問題なのかもしれないな。


 少しでも力になれたらいいと思い、俺はルナに事情を尋ねることにするのだった。

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