第2話 出会い
俺は颯爽と森の中を駆け抜けていく。
軽い。体が非常に軽い! この感覚は若い頃のものだ。
「ははは! 軽い、軽いぞ!」
一気に加速していくと、視界に入るのは大量の動物とそれに囲まれている少女だった。
腰が抜けてしまったのか、地面に完全に座り込む形になっている。
「ど、どうすれば……っ」
あれは狼か? それにしては獰猛というか、牙や爪が非常に鋭利だな。
「──大丈夫か?」
俺は颯爽と狼の群れを割って入り、その少女の真横に立つ。
彼女は驚いた様子を見せつつも、俺に声をかけてくる。
「あ、あなたは?」
「通りすがりのサムライだ」
「サムライ?」
「ともかく、危機に瀕しているということだな。助太刀する」
俺は腰に刺している刀を抜く。
俺の愛刀であり、長年ともに戦ってきた相棒──妖刀、
それがこの刀の銘であり、刀身は全てが漆黒に染まっている。
「──ハァッ!」
狼に距離詰めて一閃。俺は難なく一匹の首を薙飛ばした。
悪くない。晩年に感じていた倦怠感のようなものはなく、むしろ体は最高の状態だ。全盛期よりもさらに上の感覚を覚える。
そして、狼達は一斉に襲いかかってくるが、俺はそれを全て捌く。
たった一振り。しかし、狼達の首は一気に地面にぼとりと落ちていった。
「まだやるか?」
動物に言葉は通じないが、なんとなく分かっているだろう。
生き残った狼達はすぐに逃げ出していった。
俺は軽く血を払ってから納刀。震えている少女に手を伸ばす。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
ぎゅっと手を握って少女をその場に立ち上げる。
肩まで伸びる金色の髪がサラリと流れ、
「すごいですね! こんなに凄い剣士の方は初めてみました!」
「そうか。しかし、俺もまだ修行中の身の上。途上ではあるがな」
「向上心もすごいんですね。剣士はあまり見ないから、なんだか新鮮です」
「何?」
「えっ。何か気に触ることを言ってしまいましたか?」
「剣士をあまり見ないとはどういうことだ?」
俺の元いた世界では剣士がいないことなどあり得なかった。火縄銃や弓、投擲物も合戦に投入されていたが、それでも剣が主流であることは間違いなかったからだ。
「あぁ。もしかして東から来たんですか? 見た目もそれっぽいですし」
「そんなところだ」
転生してきた、というのは言っても信じてもらえないだろう。俺は話を合わせることにした。
「ここはアルカディア王国で魔術が最も栄えている国です。剣士はもうほとんどいませんよ」
「魔術……つまり、その技術が剣よりも上回っているということか」
「そうなりますね」
「……」
魔術。聞いたことのない名前だ。
つまり、その異能が剣よりも優れているということか。
妖術、結界術など異能は俺の世界にもあったが、剣が淘汰されることになるとは……。
まさにここは異世界。俺は改めてそのことを自覚した。
「もしよければ、王国を案内しましょうか? 助けてもらったお礼もしたいのでっ!」
「あぁ。よろしく頼む。俺はアヤメ」
「私はルナです。アヤメさん、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
俺は少女と握手を交わす。
そして俺はルナに王国を案内してもらうことになった。
†
現在、俺たちは歩いてこの森を進んでいる。しばらく進めば、王国が見えてくるそうだ。
「そういえば、この場所の名前は何というんだ?」
「ここはアルカディア大森林。魔物の危険度も高くて、魔術師であっても死んじゃうことだってあります」
「なるほど。それで、ルナはどうしてここに?」
何か目的があってきたのは明白。
けれど、ルナは俺がいなければ死んでいたかもしれない。あの悲鳴はその証拠だ。
「あはは……その欲しい素材があって。でも、私はまだ駆け出しの冒険者で魔術もそこまで上手く使えないんです。回復系とか、サポート系の魔術は得意なんですけど」
「ふむ。適材適所という言葉がある。後衛が適正ならば、前衛に向いている人間と組んだりはしないのか?」
「それは……」
ルナは気まずそうに目を逸らした。
どうやらワケありのようだな。それを追及しようと思うほど、俺は無粋ではない。
「あ、えっと。アヤメさんはどちらからいらしたんですか?」
「俺はそうだな。東からだ」
「そうなんですね。観光、とかじゃないですよね?」
「剣を極めるために武者修行の旅をしている」
ということにしておこう。まぁ、嘘は言っていないしな。
「凄いですねっ! アヤメさんは私なんかと違って、本当に凄いです……」
顔を俯かせる。やはり、彼女には何かあるようだな。
「あ! 見えて来ましたよ!」
「おぉ……あれが王国か」
城壁に囲まれ、巨大な城が
建築方式も全く異なるようだ。それにしても巨大な国だな。
「あ。でも、入国はどうしましょうか」
「審査があるのか」
「一応あります。身分を証明するものはありますか?」
「おそらくない。が、なるようになるだろう」
「あ! ちょっと待ってください!」
俺は颯爽と検問があるであろう場所へとやってきた。巨大な門が閉ざされ、そこに憲兵と思われる人間が立っていた。
「入国か?」
「うむ」
「身分証明はあるか」
「身分証は……」
念の為、自分の体を探ってみると、俺は何か忍ばせていることに気がついた。
「これでいいだろうか?」
それは一枚の紙だった。なぜ持っているのかは謎だが、もしかすればあの女神が持たせたのかもしれない。
「極東から来たのか。なるほど」
「……そうだ」
「まあ、問題はなさそうだな」
異世界から来たといえば話はさらに拗れるので、今後も極東から来たことにしておこう。
「アヤメさん。審査は終わりましたか?」
「あぁ。問題ないそうだ」
「それは良かったです」
ルナも遅れて後から無事に合流した。
「じゃあ開門するよ。ちょっと重くて時間がかかるから、待っててくれ」
「いや解錠してくれたのなら問題はない」
俺は片手で門に触れると、それを向こう側へと押し出していく。
軽くはないが、特段重いとも感じない。俺は門を完全に開いた。
「さ、行こうルナ。ん、どうした二人とも?」
後ろを振り向くと、二人はまるで奇怪なものを目撃したかのような
「えぇっと」
「その扉はかなりの重さで、素手で開けるのは普通無理なんだが……」
「はははっ! この程度鍛えていれば問題はない!」
面白い冗談だな。全く、この程度の重さであれば、鍛えている人間ならば誰でも開けることはできるだろう。
「ま、問題行動だけは起こすなよ。といっても問題なんて起こしても無駄だけどな。あと──」
門が閉ざされる直前、憲兵は俺のことを気の毒そうに見ていた。
「剣士には厳しい場所だ。それは、覚悟しておいた方がいい」
そして、門は完全に閉ざされた。
ルナとあの憲兵からの情報から推察するに、この王国では剣士は余程冷遇されているのか? しかし同時に楽しみにでもあった。俺の知らない技術がここにはあるということだ。
それと相対した時、俺の剣はどこまで対抗することができるのか。
逸る高鳴りは止まることを知らない。
「さ、アヤメさん。早く行きましょう。私の家に案内しますよ」
「……あぁ」
大通りではなく、横にある路地裏へと進んでいくルナの跡を追いかける。
俺はその最中、視線を感じ取っていた。
俺に向かって注がれる視線は俺自身ではなく、腰に差している刀に注がれていた。まるで、侮蔑するような視線だった。
俺はまだ知らない。
この魔術至上主義の世界で、剣士がどのような扱いを受けているかということを──。
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