剣を極めたサムライは魔術至上主義の異世界へと転生し、見下されている剣術で無双する〜魔術至上世界の妖刀使い〜

御子柴奈々

第一章 魔術至上世界

第1話 転生の時


「……ここまでか」


 俺は刀を地面に突き刺し、腰を下ろす。見渡す限り真っ赤な世界が広がっていた。


 ちょうど合戦が終わったばかりであり、生き残ったのは俺一人。


 年齢は七十を超え、すでに全盛期はとうに過ぎている。だが、この妖刀のおかげで俺は生涯戦い抜くことができた。


「長い……長い旅路だった」


 体の全身から力が抜けていく。血液は流れていないし、目立った外傷もない。


 ただもう、人間としての体が限界に近づいている感覚は、ずっと前からあった。


「でも……俺の剣はまだ、まだ途上なんだ」


 そう。俺はまだ、剣を極めたとは思っていない。


 生涯全てを剣に捧げてきた。もはや愛刀となったこの妖刀のおかげもあり、俺は史上最強の剣豪と呼ばれていた。


 それでも、剣の極地には程遠い。


 誰もが俺を剣を極めた剣豪と呼んだが、俺は満足などしていなかった。


「これまでか……」


 徐々に視界がぼんやりと暗くなってく。今自分がどんな態勢を取っているのかも、定かではない。これが死というやつか。


 願わくば──剣を極めてみたかった。


 そして俺、鳳城ほうじょう菖蒲あやめの意識はそこで途絶えた。



 †



「──ここは?」


 真っ白な空間。俺はそこに立っていた。


「これは夢か? それとも、死の間際に泡沫うたかたの世界にやってきたのか?」


 ただ体の感覚はしっかりとあるし、意識も明瞭としている。


 夢と呼ぶにはあまりにも現実的な空間だった。



「アヤメ=ホウジョウ。ここは生と死の狭間はざまの世界ですよ」



 どこからともなく声をかけられた。後ろを振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。


 透き通るような肌に真っ青な瞳。髪色は金色であり、人形のように精巧な作りをしていた。


「あなたは?」


 俺はまず、相手の素性を尋ねることにした。


「私は神です。女神ちゃんとお呼びしてもいいですよ」

「女神! なんと! 神に謁見できるなど、そんなことがあり得るのか」


 呼称などよりも、俺はその事実に驚いていた。神はいるとされていたが、目撃した人間など存在しなかったからだ。


「普通はありません。しかし、あなたは人間の限界を超えた領域に足を踏み入れました。その褒美として魂は天界へと昇華されます」

「む。天界だと?」

「えぇ。そこはあなた達でいうところの、極楽浄土。あらゆる幸福が手に入る理想郷です。もちろん、そこへゆくことを了承しますよね?」

「そこに剣はあるのか?」

「ありません」


 ならば答えは一つだった。


「剣が無いのならば、行く必要はない」

「たとえこのまま魂が消え去るとしてでも、ですか?」

「無論だ。俺は剣と共に生き、剣と共に死ぬ。それは死後であっても、変わりはない」

「ふふっ」


 神とやらは、口元に手を持っていき微笑んだ。


 その微笑はきっと、人を魅了するのに相応しいものなのだろう。


 もっとも、俺は少しだけ不気味さを感じたが。


「あなたならそう言うと思いました。では、転生はいかがでしょうか?」

「輪廻転生のことを言っているのか?」

「考えとしてはそうですね。あなたの存在を別の世界に移します。もちろん、生前使用していた妖刀も持っていけますよ」

「それはありがたい! しかし、いいのか? そんなに都合のいいことがあって」

「もちろん。あなたは人の領域を超えた人類。私たち神はいつだって、人間のを楽しみにしています。さぁ、おきなさい」


 そう言うと、俺の視界が真っ白に染まっていく。体もまるで雪のように溶けていき、再び意識が消えようとしていた。



「あぁ。言い忘れていましたが──」



 最後の瞬間。女神は目をスッと細めてこう言った。



「あなたの転生先は魔術至上世界マギアヘイム。剣術などは一切通用しない無慈悲な世界です。そんな世界であっても、あなたはどれだけの成長を遂げることができるのか。私は、楽しみにしていますよ?」



 †



「はっ……!」


 再び目が覚める。意識も肉体も問題なく、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 ここはちょうど森の中なのか、目の前には木々が広がっていた。


「刀はある。それに肉体も、若くなっているな。服装もこの世界ものか?」


 先ほどのあれは泡沫の夢などではなく、やはり現実だったのか?


 ただし気になるのは、あの女神が言っていた最後の言葉──


「まぎあへいむ、とはなんだ? 剣術が通用しないとも言っていたが、そんな世界があり得るのか?」


 全く知らない単語のため、俺はそれが何を指しているのか全く検討もつかなかった。


 しかし、それなりの困難が待ち受けているのは、あの女神の声音と表情から何となく察している。


「ともかく、目下の目標は衣食住の確保だな」


 剣を極めると言っても衣食住は人間には絶対に必要になる。といっても、俺からすれば食事さえあれば剣を振るうのに困ることはないが。


「キャアアアアアアアアッ!」


 若い女性の声の金切り声が聞こえてきた。


 声音からして何かに襲われていることは間違いない。ここで助けない、という選択肢はあり得なかった。


 俺は妖刀に手をかけると、そのまま声のする方向へと駆け出していくのだった。


 

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