第4話 元カレの記憶
あいつの名前はなんだったっけな。
ロメロがいなくなってからと言うもの、昔の相手のことや、人生唯一の元カレであるあいつのことを思い出す機会が増えた。
恋愛関係のことを、男は個別保存、女は上書き保存なんて言ったりするのを聞いたことがある。
私のは恋愛ではないが、確かに私の場合は完全に上書き保存だ。関係が終われば連絡先を能動的に消すというのもあるし、一度終わらせてしまえばその人の名前も忘れてしまう。
根本的に他人に興味がないんだろう、というのは梨恵からも言われたことだし、自分自身その通りだと思う。
現実の人間関係は複雑怪奇だし、シンプルであろうとしても、他人というのはこちらのコントロールが効かないクセして、こちらに干渉してくる。
それでも私も機械ではないので、こういう時期に昔を思い出すことはある。あんなことがあったなあ、とかあんなところ行ったなあとか。
元カレとよく行ったのは、カフェや喫茶店だった。
当然私の趣味ではなく、あいつの趣味。
あまりそういうところを好む相手もいなかったし、どんなところに行って、どんな話をしたかは、あいつの後に付き合ってきたセフレとは違い、実は割とよく覚えている。
そもそもあいつとは一度もセックスをしなかった。
男のクセにスイーツとか好きなんだねえ、なんて。あの頃の私はそんなことを、何も考えずに言ったことがあったけど、男だからスイーツ嫌いなんてこともないだろ、と言い返された。
その反論に私は全くぐうの音も出ず。その時の反省は、少々私の人生に尾鰭を引いているかもしれないな、なんて思う。
お店のスイーツを食べるだけじゃなくて、作るのも好きで、週末にはよくあいつが作ったお菓子を振る舞ってくれた。
だから、ふらと寄ったコンビニでスイーツを吟味している時にも、あいつのことを思い出してしまった。
それもこれも、ロメロの奴が好きな人が出来たとか言うから。
あいつの作るスイーツはどれも絶品で、中でもアップルパイは人生で食べたどのアップルパイよりも、あいつの作るものが一番美味しかった。
ただの記憶補正のような気もするが、あの時食べたアップルパイは美味かったなあ、ということを思い出す度に、私があいつの作るスイーツを食べている時の、あいつの笑顔を思い出す可能性がありやがるのである。
「そんだけ印象深いのに名前は出てこない……」
そう言えばロメロの本名も忘れた。あいつの名前は私の中でこれからもずっとロメロだ。ゾンビ映画を観る度に、ロメロの発言を思い出す可能性がうまれやがっている。
「なんだ、意外と人とのこと覚えてんな、私」
他人そのものには興味なくても、そのうちの希少なイベントやら、印象深い出来事は当然覚えている。
私みたいな奴でも、昔の記憶と無関係ではいられない。
そんなことを考えながら衝動的にコンビニで買ったアップルパイを、ビールを横に置いて口に入れた。
美味い。コンビニスイーツ、舐めたものではない。当たりに遭遇すると、しばらくの間はその商品をずっと買う羽目になる。
「まあでも敵わないな」
りんごを少し大きめにカットしている熱々出来立てに、バニラアイスを添えたアップルパイ。
あの美味しさは、いつまでも脳みその端っこの方を陣取っている。
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