第3話 焼き肉

 有給休暇の日、約束通り梨恵と駅前で待ち合わせをして、二人で電車に乗って池袋へと赴いた。以前アイテムを購入した店が残っているかどうかよく調べていなかったのだが、梨恵にまだあるよ、ということを聞いたので、そこに向かうことにしたのだ。


 購入選出は完全に梨恵に任せた。

 梨恵はさすがに経験豊富で「晶子なら多分これがおすすめ」といくつか提示してくれたので、勧めてくれたものを全部買わせてもらった。これで気に入るものがあったら使っていこう。

 目的を達成してからは、普通に他にショッピングをしたり、お茶をしたりして、今は二人で焼肉に来ていた。


「ロメロくんがねえ」


 お行儀よく口元を隠して口の中に牛タンを入れ、美味しそうに頬張る梨恵。しっかり噛んだ肉をごくりと飲み込んでから、梨恵は言葉を続けた。


「晶子の話からしかその人のことは知らないけど、聞いてる分にはいい関係だったと思うけどね。過度に干渉しすぎず、だからと言って淡泊でもなかったみたいで」

「映画とか一緒に観に行ったりしたしね。洋画の趣味とかは結構合ったから。あー、言われてみたらそっちも地味に痛手かなあ。映画の感想の言い合いとかする相手がいない」


 私も程よく焼けたカルビを箸で拾って、白米を包んで食べる。久々に食べた焼肉の味は色々と考えていた脳味噌に良い疲労回復効果を与えてくれた。一緒に頼んだマッコリも口に運び、幸福感に浸る。


「あたしは駄目だよ。映画あんま観ないし。祐樹くんだと、ついていけるかもだけど」

「祐樹くんはどの人だっけ」

「眼鏡かけてぼんやり目な? えっとこれこれ」


 しゃっしゃとスマホの画面を指ではじいて、梨恵は私に写真を見せてくれた。  

 梨恵が指さした、拡大された写真に写る顔を見て、確かに見覚えがあるな、と思う。


「ぶっちゃけ何度聞いても覚えられないわ。祐樹くんとともやくんとかずみちゃん?」

「惜しい。智也ともなりくんと一美かずみちゃん」

「かずみちゃん合ってる」

「合ってる合ってる。智也くんもよく言い間違えられるみたいだし、大体合ってる」


 梨恵は肩をちょっと振るわせながら、けらけらと笑う。


「晶子にしてはよく覚えてるんじゃない?」


 そりゃ話聞いてたらちょっとは覚えてくる。

 現実の人間の名前を覚えるのは苦手だが、映画の登場人物の名前を覚えることはできるわけだし、少しでも興味の方向性が向けばそれでいいのだ。


「そっちは変わらず仲良くやってんの?」

「やってるよ。この間も四人で遊園地行ったりしたし」


 そういや梨恵がSNSで写真上げているの見たわ。


「うらやま」

「ホントにうらやましいと思ってる?」

「他人と遊園地とかめんどい」

 年パス買って、連休とかに一人で連日行ったりした方がいい。

 遊園地とか、あんな行きたい場所が個々人で絶対に変わってくる場所に他人と一緒に行くメリットがあんまりないだろうに、と思う。メリットデメリットの話じゃないことは当然わかっちゃいるけども。


「でしょうよ。待ち時間とかもそうだけど、あたしの場合は他人とわいわいやること自体が楽しくて行くわけだから、ああいう場所は」

「一人でも楽しいが?」

「あたしの場合はだって」

「ふうん。ねえねえ、ところでこれは純粋な興味なんだけど、四人で旅行する時って夜四人でヤリ合ったりせんの?」

「食事中に下品。もう酔った?」


 正直それなりに酔ってきた。意識は全然はっきりしているのだけど、頬の火照りを感じるし、少し視界が揺れている。

 梨恵は溜息をつきつつも、私の問いに答えてくれた。


「今んとこないかなあ。修学旅行みたいな感じだよ。そもそも四人でってのがあんまないんだよ。皆、一対一でやるのが好きだから」

「そうなんだ? たまにはいいよ、ヨンピー」

「全くこの人は酔うとすーぐそういうネタに走る」

「それぐらいしか引き出しがないのよ。恋人関係ってものがよくわからないし」

「まああたしたちと一緒で、この辺は感覚だろうしねえ。わかってもらうのは難しいでしょ」

「あんた達についてはもっとわからん」 

 梨恵のように、複数の相手と合意の上で同時に恋愛することをポリアモリーと呼ぶそうだが、男女の一般的な恋愛論すらよくわからないわたしにとっては未知すぎる領域だ。


「それは晶子が言えたことではないのでは?」

「自覚はしている」


 ロメロ以外に合う人を見つける必要性を感じなかっただけで、ロメロと会う前は別にセフレを一人に固定するみたいな主義もなかったし、多い時では同時期に四人のセフレがいたことがある。その内の二人は彼女になることを迫ってきたからこっちから関係を終わりにした。


「残りの二人は?」

「一人は彼女がいてセフレがいることがバレて修羅場った。彼女いねえって言ってたのに。もう一人は転勤だったかな、海外に行くことになったみたいで、そっから連絡取ってない」


 ちなみに四人とも連絡先はとっとと消した。どんな形であっても、一度終わった関係を無理に続けようとするとろくなことがない、というのはこの人生で身に染みて理解していることだ。


 梨恵のことは理解できないし、できるとも思えないけれど、二人とも世間一般的な尺度から見たら尻の軽い女のカテゴリーだろう。それもまた納得はできないが。


 梨恵とは、ある意味でそんな共通点があるので、結構長いこと付き合っていけている友達だ。大学の時からの付き合いだが、今日のショッピングのことを含め、色々なことを気軽に相談して会える相手は今のところ、梨恵くらいのものだ。


 杯に残るマッコリをごくりと飲み干す。海底を歩いているみたいに気持ちよくふわふわしてきた。後一杯くらいで終わりにするか、と店員さんにもう一杯マッコリを頼み、残りの肉を網の上に乗せていく。


「実際、晶子はこれからどうするの? ネットとかで相手探したり?」

「その予定ではあるけど、大抵地雷だから気が進まない」


 肉の焼けるじゅうじゅうという音も耳に心地良い。

 今後の課題は残っているものの、梨恵との休日は良いリフレッシュになった。


 ロメロに未練があるわけではないが、単純に数年続けていた生活がガラリと変わってしまうことは、少なからず私にストレスを与えていたんだろう。


 世間で言う恋人作りとどちらの方が大変なのか知ったこっちゃないが、一からロメロ代わりを探すというのも大変だ。

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