第43話将軍昇格
「ダレン、留守をよく守ってくれたな」
「隊長、よくぞご無事で。こちらは何も異常ありませんでした。今回の勝利誇らしいです。自分も次は付いて行きたいです」
「ああ、ありがとう。次はダレンも行けるように考えておく」
今回の戦いはラディアンス島に誰か残ってもらうしかなかった。エーレシア戦の時は艦隊戦だったので、突破されなければ隊に被害が出ることはなかった。必要最小限の人員を残していけば良かった。だが、今回の敵は魔族だ。空を移動するので、どこから侵入されるかわからない。
ラディアンス島に残すのは隊の在籍歴が長くて、ある程度の階級の者という選択肢になった。そうするとエイプリルかダレンしかいなかった。新入隊員たちは魔王城を急襲するという役目があるし、魔王城組でないニャアにはまだ隊の指揮は難しいだろう。
ダレンとエイプリルで本当に悩んだが、エイプリルを連れて行くことにした。魔法が使えるので、敵を一網打尽に出来るからだ。ダレンもモーニングスターで大勢を相手に出来るので悩んだが、指揮、統率が高いので残ってもらうことにした。
今回は敵を引き付ける組、魔王城組、ラディアンス島組と三部隊に分かれた。戦力を分散すると、その分指揮する人間が必要なので、副隊長をもっと任命しておけば良かったと後悔した。最低でもあと一人、出来れば二人は欲しいところだ。
そのうちの一人をオットー監査官にやってほしいと考えている。軍属でないので無理だが、彼ほど頭が切れて、戦闘力がある人間は珍しい。叶わないが、単なる俺の願望だ。俺はオットー監査官をちらりと見やる。
「何でしょう、テオドリック隊長?」
「いえ、今回の勝利はオットー監査官のおかげかなと思って」
「ご冗談を。私は淡々と出来る業務をこなしただけです。それにテオドリック隊長の業務が適正か監視していただけです」
この男はまだこんなことを言っているのか。ほぼ隊の人間と言って差し支えないのに。彼なりの照れ隠しかもしれない。オットー監査官がカスパーを解任してくれて、第十師団が進軍してくれたのは助かった。
ラディアンス島部隊は俺がいるので何とかなったが、第一師団はそうはいかなかっただろう。回復役がいないので、あの状況では壊滅するのが自明だった。俺が少し遅れていただけで壊滅していただろう。
「それではまいりましょうか」
「どこに?」
「皇城ですよ。陛下に今回のことをご報告しないと」
「ええ」
そうだった。隊員を安心させるために先にラディアンス島に帰ったが、魔族領により近いのはヴォルハイムだ。皇帝に今回のことを報告しないといけない。今後の魔族対策のためにも。
俺もオットー監査官も資料を作らないといけないので、船の中では無言だ。曖昧な内容ではすまない。より具体的で正確な資料を作るべきだ。戦は情報戦だ。体を鍛えるだけでなく、情報にも気を配ることで勝利は近づく。
「不思議ですね」
オットー監査官が独り言のように呟いた。俺に喋りかけているのだろうか。手を動かしているだけで喋らないと思っていたから少し驚いた。
「私に言ってます?」
「ええ、そうです。不思議なのですよ」
「何がです?」
「貴方の下に優秀な人材が不思議と揃っていく。もちろん貴方自身も優秀です。それを適材適所で配置していく。これは意図的なものなのでしょうか? それとも偶然や運命なのでしょうか?」
この男はどこまで知って言っている? 恐ろしい男だ。俺を試しているのか? そうでなかったら相当の天然だな。
「私は運が良かっただけです。偶然にも優秀な人間が揃っただけです。私が優秀だというのも買いかぶりすぎです。全力で生きていたらたまたま上手くいっただけです。私は以前まで奇跡などというものは信じていませんでしたが、あるのかもしれませんね」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
本当によくわからない男だ。全てを見通しているかのような。オットー監査官にかかったらどんな犯罪者も逃げ切れないというのは納得だな。貴族ども、今すぐ悪事から足を洗ったほうがいいぞ。ろくな死に方はしないからな。
皇帝の私室に到着した。短時間ではあったが、なんとか最低限の資料は出来た。
「失礼します。陛下、今回の戦いの報告にまいりました」
「おお、テオドリック、オットー、来たか。待っておったぞ。聞かせてもらおうか、今回のことを」
「かしこまりました。それでは……」
俺は今回の戦いの一部始終を説明した。帰ってから全隊員の話を聞ければ完全だが、今はこれで十分だろう。
「なるほどな。オットー監査官から報告を受けていた内容と相違ない」
オットー監査官、既に皇帝に報告していたのか。仕事が早い。
「儂からも言わねばならないことがある」
「陛下、それは私が」
「頼む、オットー」
「かしこまりました。今回の戦いの経過を私と監査院で精査しました。ヴァルガス将軍は中将に降格、カスパーさんは少尉に降格することが決まりました。ヴァルガス将軍は第一師団を無理に進軍させたこと、カスパーさんは第十師団を進軍させず、第一師団を壊滅寸前まで追い詰めたことの責任を取る形です。降格は監査院だけの当面の決定ですので、軍法会議でさらなる責任を追及される可能性があります。ヴァルガス将軍は悪意なく行ったことですので、降格だけで済むでしょう。無能としかいえない采配でしたが。カスパーさんは本人も悪意を認めていましたので、収監は免れないでしょう。もう一つのことは陛下から仰られてはいかがですか?」
あの二人は降格なのか。随分戦場で足を引っ張られたから助かる。出来れば二度と戦場に出てこないでほしい。もう一つ? 何だろう?
「テオドリック、お前は将軍に昇格だ。准将ではない。二階級昇格で少将だ。これで儂の悲願は達成された。まだまだ上に行って貰わねば困るが」
「え……?」
俺が将軍……? 実感はないが。
「今回は陛下、私、クラリス中将、カイゼン少将、そしてセルフィーナ准将の推薦がありました。まったく……ここまでの面子を味方につけるとは。恐れ入りました。テオドリック隊長には政治の才能もあったのですね、ふふ」
ここまでの皮肉を言ってくるとはな。俺と政治なんて結びつかない言葉だ。俺は戦闘に関しては頭は回るが、政治的な知略や謀略など無縁な生き方をしてきた。そのせいで貴族派に苦汁を舐めさせられてきたし、奴らのやり方を嫌悪してきた。
でも、腹は立つことはない。いつものオットー監査官なりの照れ隠しの皮肉だ。彼は俺のことをよく知っているからこそ、こんな皮肉が言える。そこまでの関係性が出来上がっているのだ。
「かしこまりました。このテオドリック、粉骨砕身精進します」
隊員たちみんなで勝ち取った勝利のおかげでここまでこれた。ありがたく拝命することにしよう。それだけのことはしてきたからな。奴らに報告するのが楽しみだ。
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