第36話急襲
「今日も退屈だな」
「はは、平和ってことだろ? いいことじゃねえか」
ヴォルカニアス帝国北部防衛部隊の隊員は気が抜けていた。この日だけでなく北部防衛部隊は普段から何事もなく緊張がない。東部や西部はミスティカル王国やエーレシア神聖国が小規模とはいえ攻めてくることがありそれなりの緊張感はある。何者も攻めてこない北部防衛隊の意識は低いのだ。
「ん? 何だあれ?」
隊員の一人は北を指さした。
「そっちの方角には何もないぜ。何を言っているんだ。ん? 何だありゃ……」
防衛部隊の北から黒い大量の影が迫っていた。
「魔族だーーー!!!」
黒い影の正体は魔族だ。人に角や翼が生えた見た目をしている。これまでの常識が覆された瞬間だった。
隊員は北部防衛部隊の本部に報告した。最初は冗談だと笑われたが、隊員の緊迫感からすぐに冗談ではないと気付かされたのだ。駆け付けた北部防衛部隊は目を疑った。ここまでの魔族が一堂に会しているのかと。応戦はするがすぐに北部防衛部隊だけでは対応できないと気付かされ中央に助けを求めることにした。
救援要請を受けたのは第一師団だ。率いるのは大将ヴァルガスだ。
「ふん、魔族風情が。我ら第一師団が蹴散らしてくれよう」
「は、かしこまりました。他の団に応援は要請しなくてもよろしいですか?」
「いらん。我らだけで十分だ。いらん心配はするな、セルフィーナ」
油断し過ぎているヴァルガスとは対照的に、副官のセルフィーナは心配性である。何事も力押しで強引に進めるヴァルガスと対照的に、セルフィーナは理屈で物事を進めるタイプだ。その冷静なサポートでヴァルガスの粗が目立たなくなっている。ヴァルガスが大将でいられるのはセルフィーナのおかげだ。
「かしこまりました。出過ぎた真似を」
「ふん、策ばかり弄しおって」
第一師団が北部防衛部隊と合流した。
「おお、ヴァルガス将軍! 応援助かります」
「ふん、この程度の者に応援など呼びおって。大袈裟だ」
「申し訳ございません」
「まあ、良い。行くぞ、皆の者」
「は!」
ヴァルガスはすぐに魔族を殲滅する気でいた。その思惑は外れることになる。
「ケケケケ、人間ごときが!」
第一師団の隊員たちは魔族を斬りつけようとするも、翼が生えている魔族は軽々と攻撃を躱してしまう。だが、それよりも予想外のことが起きていた。
「がは……」
「ぐ……体が……動かな……」
隊員たちは毒や麻痺といった状態異常で行動不能に陥っていた。その他にも呪い、火傷、凍結といった状態異常に陥っていた。
「馬鹿者が! この程度気合で何とかしろ! がは……」
ヴァルガスはお得意の力押しで戦局を打開しようとしていた。だが、搦手を使用してくる魔族の攻め方とあまりにも相性が良くなかった。北部防衛部隊と同じく中央には他国が攻めてくることはなく、その評価は訓練でなされていた。ペンダントの力で皇帝が要職を定めていたが、一般隊員までそのような方法が採られることはなく、ヴァルガスお気に入りの力押しタイプが出世することになっていた。
そのせいで力押し部隊が出来上がってしまったが、皇帝が第一師団の副官にセルフィーナを採用したのは、せめてもの救いだった。
「ヴァルガス団長、救援を要請しましょう。このままでは全滅します」
「ならん! 我らだけで魔族を打倒するのだ」
ヴァルガスのプライドがそれを許さなかった。
北部防衛隊が救援要請を出していたのは第一師団だけではなかった。魔族という未知の敵に備えるために第十師団にも救援要請を出していた。第十師団は第一師団と距離をとり、助けに入る素振りも見せなかった。
「カスパー団長、よろしいのでしょうか?」
「構わん。この機会にヴァルガスに恩を売るとしよう。奴らが助けを求めてくれば、動くとしようか」
この時点でカスパーは事態を軽く考えていた。既に第一師団が全滅寸前などと微塵も考えていない。近くに部隊を展開していればことの緊急性がわかっていたのかもしれないが、第一師団が危機になれば助けに入って恩を売ろうとしていた。
「くくく、ここで失態を犯せば奴は大将の座から陥落する。それを助けた俺は将軍だ! はははは、何という好機!」
この油断が彼の首を絞めるとも知らずに。
ヴァルガスから救援要請を禁止されたものの、セルフィーナはヴァルガスの目を盗んで救援要請を出していた。
(状況は厳しい。どこの団に救援要請を出しても、この状況は覆すことは難しい。でも、彼なら……テオドリック大佐なら……)
エーレシア戦のことはセルフィーナの耳に入っていた。戦略オタクの彼女は資料を読み漁った。セルフィーナはテオドリックのことを自分と同じタイプだと勝手に親近感を抱いていた。
「テオドリック隊長、第一師団副団長のセルフィーナ准将から通信が入っています」
「わかった。繋いでくれ」
テオドリックの耳にも北部のことは耳に入っていた。人外部隊が北部の様子がおかしいと言うのだ。胸騒ぎがすると。テオドリックはホワイティに空から、マーメに海から状況を探らせた。あまり近づきすぎず、危険だったらすぐ戻ってくるように釘を刺して。
予想は的中していた。魔族が北部防衛隊を襲っていたのだ。ホワイティとマーメはオットー監査官の魔法で繋がっている。彼の魔法で状況はテオドリックにも共有できていた。だが、勝手に参戦するわけにもいかないので、テオドリックは救援要請が来るのを待っていた。自分と同じタイプのセルフィーナなら必ず助けを求めてくると確信して。
『こちらは第一師団副団長のセルフィーナだ。北部防衛隊が魔族に襲われ、我ら第一師団が救援に向かった。だが、恥ずかしいことに全滅しかけている。救援を頼めないだろうか?』
『かしこまりました。状況は把握しています。すぐに向かいます』
『話が早くて助かる。では後ほど』
通信が切れた。
「皆、行くぞ!」
「はい!」
ラディアンス島部隊と魔族の戦いの火ぶたが切られようとしていた。
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