第30話ニャアとマーメ
一通り部署を見て回った。流石の俺も疲れた。今日は隊をエイプリルとダレンに任せている。なので、今日は隊には戻らないでいい。オットー監査官と先ほどまで一緒に行動していたが、今は別行動中だ。貴族派と今日は何度か会ったので俺は癒されたくなっていた。
森に足を運んだ。前まではホワイティがいたがもういなくなっている。彼女は今は
女子寮で寝泊りしているからだ。ラディアンス島に赴任してきたころ、俺は癒されたくなってホワイティの頭を撫でていたっけ。動物は癒される。ホワイティが前までいたところには猫がいた。
「にゃ~」
なんて尊い生き物なんだ。俺は生まれ変わったら猫になりたいと思うほど猫が好きだ。頭を撫でてみる。本当に癒される。それまでの疲れがどっと出て俺は地面に座り込んだ。オットー監査官も今日の仕事はほぼ終わりなのでゆっくり休憩してきてもいいと言ってくれた。眠気が襲ってきたので、このまま寝ることにした。
「どういうことにゃ?」
何だ? そういや俺は寝てたんだっけ。目の前には若い女性がいる。俺に何か話しかけている、というより怒っている様にも見える。
「どういうことか聞いてるにゃ。何でニャアの頭を勝手に撫でたり、添い寝したにゃ?」
俺が知らない女性の頭を撫でた? 心当たりがない。いや、あるか。こういうことが前にもあった。ホワイティだ。彼女が人化するなんて初めは知らなくて戸惑ったっけ。そうか、この女性も人化するんだな。
「すまない。君が人間だなんて知らなくて。普通の猫だと思って頭を撫でてしまった。添い寝をしたつもりはないのだが、睡魔に襲われて君に体を預ける形になってしまっていたようだ。気分を害してしまったのなら謝る」
「まあ、いいにゃ。それよりニャアはお腹がすいたにゃ。お魚が食べたいにゃ。それで許してやるにゃ」
「ニャア? 君の名前か?」
「そうにゃ。早くお魚食べたいにゃ。でも、新鮮でないと嫌にゃ。捕ってから時間が経ったのは嫌にゃ」
困ったな。食堂に行けば魚はあるだろうが、捕ってからある程度は時間が経っているだろう。食堂の魚でもいいような気もするが、ニャアは捕れたてぴちぴちがいいらしい。意図したことではないとはいえ、彼女を怒らせたのは事実だ。出来る限る希望を叶えてやりたい。
「ニャア、付いてきてくれるか?」
「何だにゃ? お魚食べれるならついていくにゃ。でも、お腹ペコペコにゃ。早くしてほしいにゃ」
俺はニャアを連れてある場所に向かうことにする。
俺たちは港に到着した。ここでなら新鮮な魚が手に入ると思ったからだ。俺はヴォルハイムに向かうために何度か港に来たが、気になる建物があった。釣り竿販売中と書いた建物だ。この建物で俺は釣り竿と餌を買った。店員から釣りをしていい場所を聞いた。その場所で許可を取って釣りが出来るようだ。
店員から教えてもらった場所に来ると問題なく許可が取れた。俺は釣りなどしたことなく、どのくらいの時間で釣れるのかわからない。辛抱強く釣り糸を垂らすしかないのだろうか。
「来た! かかったぞ!」
時間がかかるかと思っていたのだが、案外早く釣り糸に反応があった。俺は釣りの経験がないのだが、何とか逃がさないように釣り竿を引っ張りあげる。釣り糸が弧を描き、獲物を釣り上げる。良かった。逃げられなかった。
魚はぴちぴとと飛び跳ねている。これだけ活きがいいならニャアも納得するだろう。ニャアは魚を持ち上げて齧りつこうとしている。
「いただきますにゃ」
嬉しそうにニャアが魚に齧りつこうとしている時だった。
「何をしますの?」
魚は人間の姿に変わった。このパターンに慣れてきたとはいえ二連続か。流石の俺も想定していなかった。
「何にゃ?」
「それはこちらの台詞ですの。何故貴方はわたくしに齧りつこうとしていましたの? 食べられるかと思ってびっくりしましたの」
「ニャアはお魚を食べようとしていただけにゃ。君は何を言っているにゃ?」
お互いのやり取りが嚙み合っていない。ここは俺が間にはいるか。
「すまない。ニャアは、いや、この娘は魚を食べようとしていただけなんだ。あの魚は君だったんだな? 知らなかったとはいえ悪かった」
「そうでしたの。本当にびっくりしましたわ。貴方はもうわたくしを食べる気はないのですね?」
「当たり前にゃ。ニャアはお魚が食べたかっただけにゃ。ニャアは人間を食べる趣味はないにゃ」
「そうでしたの。わたくし助かったというわけですか。ですが、困りましたわね。これからどうしましょう」
女性は困っているようだ。こんなところで俺に釣られたんだ。何か事情があるのだろう。
「話を聞かせてもらってもいいか?」
「実は……」
彼女の名前はマーメという。人魚族の王女らしい。魔族領の近海で静かに暮らしていたらしいのだが、人型魔族が侵攻してきた。内陸部だけでなく、海のエリアまで手を広げてくるとは。それで各地の海を転々としてきたのだが、先ほど俺に釣られたらしい。知らなかったとはいえ悪いことをした。
「行くところがないのか?」
「ええ。人魚族領に帰りたいのですが、あそこはもう人型魔族が支配しています。お父様とお母様のことは気になりますが、今は帰ることが出来ません。一時的でも良いのですがどこか身を隠す場所でもあれば……」
「俺のところに来るか? 住む場所もあるし、美味い飯もあるぞ」
「良いのですか? よろしくお願いいたします」
「美味い飯? ニャアも行くのにゃ。美味しいお魚食べるのにゃ」
「ああ、ニャアも来い。好きなだけ魚を食えばいい」
「嬉しいにゃ!」
そういやニャアは新鮮な魚が食いたいと言っていたな。まあ、しょうがないか。食堂に行けばハロルドが上手い魚料理を食わしてくれるだろう。
「ただし、隊に入ってもらう。隊ってわかるか? 軍隊だ」
「ええ。人魚族にも軍隊はありましたわ。わたくし戦闘は未経験で不安ですが頑張ります」
「前線で戦うのが無理なら後方支援でもいい。他にもいくらでも仕事はあるから安心して来てくれ」
「ありがとうございます。お気遣い感謝しますわ」
マーメを隊に誘ったのは同情だけではない。能力が申し分ないからだ。彼女なら隊の戦力を向上させてくれるだろう。
「ニャアはよくわからないけど、美味しいお魚食べれるのならいいにゃ。隊に入るにゃ」
「ニャアも歓迎するよ」
ニャアの能力も申し分ない。二人が入隊してくれて心強い。これからさらに賑やかになるぞ。二人の能力も上げていかないとな。俺の腕の見せ所だ。
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