皇帝の主治医、地方に左遷されるも、左遷先で実力主義を採用したら、帝国本部を超える部隊が出来上がっていた~左遷した上司は貴族だけど皇帝や将軍から冷遇されています~

新条優里

第1話皇帝の主治医

 ヴォルカニアス帝国。北に魔族領、西にミスティカル王国、東にエーレシア神聖国と大国がひしめく中で、なお一層の存在感を示す強国。栄華を極める帝国を率いる皇帝の私室に現在俺はいる。


「テオドリック、いつもすまないな」


「いえ、私のような者が陛下のお体を診させていただけるなど光栄の極みでございます」


 将軍にさえ打ち明けていない皇帝の秘密。それは、誰にも治せない正体不明の病に冒されていることだ。俺以外には。俺も皇帝の病を完治させることは出来ないが、症状を和らげることは出来る。


 何故俺が皇帝の主治医に任命されたのかはわからない。皇帝と直接話すことなど到底許されない新任の衛生兵だった俺に、皇帝が突然話しかけてきて私室に呼び出された。何か知らず知らずのうちに不敬を働き、俺の人生もここで終了かと絶望したがそうではなかった。


 突然皇帝の主治医に任命されたのだ。意味がわからなかった。俺は医者ではない。衛生兵なので回復魔法は使えるが新兵だ。ベテランの衛生兵か、医者にかかればいいのにと思ったが、ここは断れるような雰囲気でもない。


 それに皇帝が重篤な病に冒されているということも聞かされてしまった。他国に対する抑止力のためにも、皇帝が病に侵されているなど、誰にも知られてはならないことだ。口が裂けても言えない。


「テオドリック、このことは内密にな。まあ、口の堅いお前のことだ。他言などするまい、はっはっは!」


「ええ、もちろん……」


 他言などしたら俺の首などあっという間に飛ぶだろう。俺はまだ死にたくない。絶対に他言などするわけがない。


「それにしても活躍は聞いているぞ。また無傷で勝利したそうだな。鬼神の如き活躍だな!」


「は、光栄にございます。帝国、そして陛下の敵は全て叩き伏せてみせましょうぞ」


 俺は戦闘兵ではなく、衛生兵として任官した。そして、皇帝の主治医に任命された。俺のキャリアは表向き衛生兵、裏では皇帝の主治医になるものだと思っていた。それは間違いではない。


 それに加えて、もう一つ役割が課された。戦闘兵として活動するというものだった。皇帝の主治医に任命されたことに比べればまだましだが、こちらも寝耳に水だった。皇帝曰く、俺には回復だけでなく、戦闘の才能があるとのことだった。


 皇帝の言葉通り俺は戦で武功を上げ続けた。無傷で敵を切り伏せる様子から鬼神とまで呼ばれるようになった。平民出身なので、最下位の兵卒からスタートだったが、中佐まで階級が上がった。出世など全く考えていなかったのに、キャリア組が羨む出世コースを歩んでいる。


「テオドリック、すまないな。お前があげてきた武功からしたら既に将軍でもおかしくないのにな。他の者たちを中々説得できない儂の力不足だ……」


 皇帝は申し訳なさそうに俯いている。


「お止めください、陛下。平民出身で、二年間という短期間で中佐まで出世できたのは陛下のおかげでございます。私にとっては出来過ぎでございます。感謝しかございません!」


「そうか……そういってくれてありがたい。だが、テオドリック、お前を必ず将軍にしてみせる。今後の帝国の繁栄はお前にかかっている」


 皇帝が俺の実力を買ってくれているのは素直に嬉しい。でも気になる。何故俺のことを買ってくれているのかを。武功をあげているからという理由はある。でも、それは現在の状況だ。もっと昔のこと。俺が新兵だった時のこと。あの時の俺は何の特技もないただの若者だった。少なくとも他人からしたら。


「気になるか?」


「え……」


 俺の心の声に答えるように、皇帝は質問をしてきた。皇帝は心の声でも聞こえるのだろうか。それが帝国を最強にしている原因なのだろうか。


「お前の考えていることなどわかっておる。いや、お前でなくともこの様な状況に置かれれば当然であろう。何故自分が皇帝の主治医に任命されたのか、主治医に任命されたのに戦闘兵としての役割を与えられたのかを」


「あ……それは……」


 図星だった。逆の立場だったら容易に想像がつくだろう。心が読まれたわけではない。状況的には考えて当然のことだ。それよりもこの場はどう答えるのが正解か俺はわからなかった。


「よいのだ。そう、かしこまるな。それよりも面白いものを見せてやろう」


 そう言うと皇帝は自身の首にかけていたペンダントを俺にかけてくれた。


「え……? これは……?」


 空中に文字や数字が表示されている。名前カスティリオス・ヴォルカニアス。年齢78歳。皇帝のプロフィールが何故空中に……? その他に力、体力、魔力といった項目があり、その横に数字が表示されている。恐らくその数字がその人物の能力を表しているのだろう。


 どの程度が高いのか低いのかわからないが、指揮92、統率90という能力が目を引く。その下部には魔法という項目とスキルという項目がある。魔法は使用可能魔法ということだろうが、スキルとは何だろう? 魔法とは違うのだろうか?


「あの……これは……?」


「ふふ、驚いただろう? そのペンダントは相手の能力を映し出すことが出来るのだ。入隊式で有望な新人を見つけては、適材適所で配置しておるのだ。それが帝国の強さの秘密だ。歴代皇帝がそれを受け継ぎ優秀な人材を発掘しておったのだ。そして、入隊式で異常なまでの回復魔力と高度な回復魔法を所持した若者を見つけた。それがお前だ、テオドリック。この若者の能力なら儂の病気を治せると信じ、お前を儂の主治医に任命した。お前はその期待に見事に応えた。さらには、回復能力だけでなく、圧倒的な武力も魅力的だったのだ。その数値は将軍たちをも超え、無傷で勝利し続けた。まことに見事だ、わっはっは!」


 驚きすぎてどうリアクションしていいかわからない。皇帝は異常なほどの人を見る目があるのか、心が読めるのかと思っていた。それは違った。アイテムの力だった。悪いことではない。使える物は使えばいい。それが帝国の利益になるのなら。


「どうだ? 失望したか? 今日の帝国の繁栄は儂の力ではなく、このペンダントの力だ。儂など代々引き継がれるペンダントの運用者に過ぎぬ」


「そのお言葉認めるわけにはいきません」


「何だと? どういうことだ?」


「ペンダントの力は強大です。ですが、その力を信じるも信じないも所有者次第。人は直感を捨てられない生き物です。陛下は直感を捨て、数字のみを信じてこられた。その柔軟さこそ今日の帝国の繁栄をもたらしている要因でございます」


「くっくっく。テオドリック、お前はつくづく面白い男だな。儂はお前をさらに引き上げたくなったぞ。先ずは早急に大佐に昇進させんとな。そして、将軍だ」


「身に余るお言葉。精進します」


 正直将軍といわれても実感がない。だが、尊敬する皇帝が期待してくれているのだ。その期待に応えたい。


 話に夢中だったが、俺は自分の首にネックレスがかけっぱなしだったことに気付く。皇帝に返すために、ネックレスに手をかけた。だが、皇帝から思いもよらない言葉が返ってきた。


「待て。それはお前にやる」


「は……?」


 事態が飲み込めなかった。歴代皇帝が代々受け継いできた帝国の繁栄をもたらしてきたペンダントを俺に下さると。


「そのような貴重なものいただけません……」


「ふふ、テオドリック、お前は野心がないのだな。それがあれば世界を手中に収めることが出来るかもしれぬのだぞ? 気にするな。それは儂からの日頃の感謝のしるしだ」


「感謝? 私は感謝されるようなことなど何もしていません。お考え直し下さい」


「何を言っている? 儂はお前に何度命を救われた? その感謝の印だ。遠慮なく受け取れ!」


「私は自分の仕事を全うしただけです。中佐という身に余る役職をいただきました。これ以上はいただけません」


「テオドリック、やはり儂はお前のことが気に入った。その欲のなさ。有り余るほどの実力を持ちながら。みな、身に余るほどの地位を手に入れようとしておる。儂はそれに疲れた。儂はお前を近くに置きたい。儂は引かんぞ! どうしても受け取ってもらうぞ! 受け取ってもらうまでは帰さんぞ!」


 困った。本当に困った。皇帝がここまで強情だったとは。仕事が残っているから部隊に帰りたい。帰りが遅くなるとはみんなには言ってあるが、俺の指示がないと進められない仕事もある。部下にはなるべく残業はさせたくないから早く帰りたい。


「わかりました。受け取ります。気が変わりましたらいつでも仰ってください」


「おお! 受け取ってくれるか。もらってばかりでは気持ちが悪いからの。この世は等価交換だ。遠慮なく受け取れ、わっはっは!」


 どう考えても等価じゃないだろ。ギブよりテイクの方が大きすぎる。所持した者は世界を手に入れる可能性を秘めているチートアイテムだぞ! 気軽にもらえないっての! でもこれ以上断ると話が長くなりそうだ。早く部隊に帰らないと部下の帰りが遅くなる。


「ふっふっふ、これで荷が下りた」


 荷が下りた? まさかこのペンダントには呪いでもかかっているのか? それで譲りたかったとか?


「陛下、このペンダントには呪いが……」


「ああ、そうだ」


 そうだったのか。そりゃ、こんなチートアイテム手放したくないよな。途轍もないデメリットでもない限り普通は手放さないだろう。


「数字が正確過ぎて面白くないのだ。ペンダントの言いなり。言ってみればペンダントの奴隷だ。儂は儂自身の判断力で生きたくなったのだ。ペンダントから解放されたくなったのだ。最初はペンダントの力だったが、儂の目も狂ってないと思っておる。今はペンダントがなくても、テオドリックお前のことは優秀だと言い切れる。安心しろ、数字は本当に正確だ。お前なら使いこなせるだろう」


 確かに呪いだな。自分で考える力が衰えそうだ。だが、そのデメリットを遥かに上回るメリット。使い方によってはあらゆるものを手にし、そして壊す可能性がある。それを肝に銘じなければな。


「では、また頼むぞ。お前も体に気をつけるのだぞ。医者の不養生というからな。お前が倒れたら誰が儂を診るのだ、わっはっは!」


「かしこまりました。ありがとうございます」


 確かにそうだな。俺が倒れたら皇帝を治療できる人間がいなくなる。そして、正確には俺は医者ではない。でも、それはツッコまないでおこう。話が長くなる。それにしても疲れた。今日一日で色んなことを知りすぎた。俺が皇帝の主治医になった理由。衛生兵だけでなく戦闘兵を任されることになった理由。皇帝の異常なまでの強情さ。


 皇帝ともなるとあそこまで強情でないとやっていけないのだろう。でも、俺の皇帝に対する尊敬は変わらない。父親がいない俺にとって、皇帝は父親代わりだと勝手に思っている。能力を見い出されたきっかけはペンダントだったが、取り立ててもらった恩は忘れることは出来ない。


 昔からしたら信じれれないほどの出世をし、俺は順風満帆な人生を送っている。なのに何だ? この不安は。言い知れぬ不安が襲ってくる。考えすぎかもしれない。だが、近頃好ましくない視線が俺に向けられているのも事実だ。気をつけないとな。

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