進発、新天地へ

HerrHirsch

進発、ハンバリンへ

「新島三尉。」

「アルフレッド准尉。どうかされましたか?」

「カルマン伍長とエカチェリーナ軍曹が待ってる。外灘兵曹とテッド曹長も向かってるそうだ。」

「畏まりました。……ついに進発ですね。」

彼ら六人の旅路は、この日、始まりを迎える。

「だな。…敬語やめないか?」

「いえ、アイデンティティですから。」


2022年8月1日、太平洋上で実施されていたRIMPAC、環太平洋合同演習。その演習中に、参加者誰しもが予期しない、異常事態が発生した。

同演習に参加していたアメリカ海軍の強襲揚陸艦、エセックス搭載のCH-53シースタリオン輸送ヘリコプターの機内に、突如として異空間へのバイパスが出現。乗組員が実弾装備の上で突入したところ、その先には、『日本語を話す異世界人』がいたという。

合衆国政府は、この未開の異世界を『THE FRONTIER』即ち『新天地』と定めて、その開拓の拠点に日本を選び、全世界の有識者を集め、その開拓に乗り出した。

2023年10月11日、急ピッチで進めていた新天地における前哨基地の建造が完了、異世界との扉を授かったシースタリオン、『GURIO』は、日本、青森にある三沢飛行場に移転、その近辺に三沢ベースと呼ばれる基地を建設し、有事に備えた。

2024年1月8日。国連安全保障理事会にて、『新天地の管理を国連多国籍軍が担うこと』が全会一致で可決。併せてUnited Nations Frontier Observe Forces、UNFOF/ アンフォフが組織される。

同年4月1日、日本国陸上自衛隊、アメリカ合衆国海軍特殊戦コマンド、ドイツ連邦陸軍特殊戦団、ロシア連邦軍特殊作戦軍、イギリス陸軍特殊空挺部隊、中華人民共和国人民解放軍海軍蛟龍特殊部隊、以上六つの特殊作戦部隊より各国一名の人員を派遣、UNFOF-R1を組織した。

各部隊の都合上その経歴は秘匿された、謎の多い部隊。この六人だけの部隊に、これから大きな任務が与えられようとしていた。


「UNFOF-R1、点呼!」

「アルフレッド五等准尉、準備よし!」

「エカチェリーナ軍曹、用意よろしいわ。」

「外灘兵曹、待機。」

「テッド曹長、支度できてます。」

「カルマン伍長、元気っす。」

「新島三尉、総員の集結を確認しました。……さて、行きますか。お願いします」

重厚なコンクリート壁に囲われた、太陽の差し込まない部屋の中に、羽を畳んだ大鳥が口を開けて待っていた。シースタリオン、『GURIO』である。

「お気をつけて。」

見張りのアメリカ兵が、流暢な日本語でそう告げた。順に入っていく六人を、彼は無表情に眺める。しかし心内には、これから始まる壮大な物語への、期待と心配とを複雑に絡ませていた。

六人が扉を抜けると、同じような無機質な部屋が出迎える。同じように見張りのアメリカ兵が敬礼するが、その顔は確かに違っていた。

「ようこそ、フロンティアへ。」

「ありがとうございます。R1戦隊です、司令にお会いしたいのですが…」

「探す必要はないよ。ようこそ、UNFOF-R1、開拓者よ。」

そこに割り込んできたのは、基地司令官、岩樋〔いわひ〕陸将。陸上自衛官の制服組で高位にあり、政界とのやり取りの得意な人物でもある。六人と警備兵は彼に敬礼を返して、岩樋もそれに応じた。

「取り敢えず案内しながら君たちの任務を再度説明させてもらうよ。」

柔和な笑みを浮かべながら、岩樋は扉を開けて、基地へと彼らを手招きした。

「この基地、フロンティアベースとか前哨基地とか異世界司令部とか、色々と呼ばれてはいるが、UNFOF-BASE1について、多少説明しよう。知っての通り、君らの通ってきたGURIOの扉は向こうとは別の惑星につながっていた。天文学者曰くアンドロメダ銀河内の惑星らしいんだが、まぁそれは置いておいて。UNFOFは国連の決定に基づきこの基地を米軍から引き受けて、管理運営している。規模としてはせいぜい陸自の駐屯地レベルだ。というのも、ここが密林地帯でな、なかなか開墾に手間取っている。さて、本題だが、ここの住民は日本語を話すらしい。君たちが日本語で話せる特殊部隊員という要件で集められたのは知っていると思うが、GURIOの搭乗員が『これでかてる!』という日本語を聞いたと証言しているから、これをもとにしたわけだ。さて、着いたぞ。」

車庫。そこには、六輪のトラックが2台置かれていた。

「ウラル4320…」

エカチェリーナ軍曹が呟く。そう、このトラックはロシア連邦の軍用六輪オフロードトラック、ウラル4320である。

「一台がガソリンタンク車、一台が兵員輸送車だ。お前らの相棒だな。武器も希望のものを揃えておいた。弾薬も積み込んであるし、燃料も満タン、整備は万全だよ。では、そういうわけで。」

岩樋陸将はそう言うと、敬礼して任務を伝達する。

「UNFOF-R1、これより貴隊はBASE1より進発し、当基地北東に確認された熱源の調査を行え。武器使用自由、行動は全て自己判断を優先し、必要であれば司令部に指示を仰ぐこと。付則として、可能な限り情報を収集すること。以上!幸運を祈る。」

ばっ、と、R1の隊員が一斉に敬礼し、各々の武器を手に取り、トラックに乗り込む。

「では、R1戦隊、進発します!」


「…見渡す限りの森ね。」

兵員輸送トラックの運転手になったエカチェリーナ軍曹が、獣道を進みながら言う。その横には、彼女の愛銃のモデル違いであるAK104-2アサルトライフルが置かれていた。

「ですね〜。この道も現地民が最低限の開拓をしたものみたいですし。」

その助手席で9mm機関けん銃を抱えた新島三尉が言う。

「前の方、なんか見えるっすか?」

給油トラックの運転手となったカルマン伍長が言う。彼が装備しているのはFN F2000タクティカルアサルトライフルである。

「何もないだろう。当分はこのまま変わらない景色を眺めるしかないさ。」

分隊支援火器、軽機関銃であるM27IARを持ったアルフレッド伍長が助手席で呟く。

「…ここからは布地しか見えない。」

小さくそう言い放つのは、この作戦のために新規開発された、人民解放軍のQBU-191の改造型、QBU-192マークスマンライフルを抱える外灘〔わいたん〕兵曹。アサルトライフルや軽機関銃としての能力を有したままに、狙撃能力を向上させた銃である。

「仕方ないですよ、こうして弾薬を見守るのも仕事です。」

愛銃であるSCAR-Hアサルトライフルを磨きながら、テッド曹長が諭す。

さて、この部隊の構成について説明しておこう。一通り六人の銃器を見てきたわけだが、アサルトライフル(AR)3丁、分隊支援火器(SAW)1丁、マークスマンライフル(特にQBU-192はアサルトライフルも兼用のデザイネーティッドマークスマンライフル、DMRに分類される)1丁、サブマシンガン(自衛隊の呼称では機関けん銃、SMG)1丁と、なかなかに強力な部隊編成になっている。加えて、新島三尉はアサルトライフルである20式小銃を、エカチェリーナ軍曹はサブマシンガンであるPPK-20を、それぞれ二種兵装として保有している。これにより、近接戦時はAR2、SAW1、DMR1、SMG2の、遠距離戦時はAR4、SAW1、DMR1の編成に変化することができる。DMRをSAWやARとして用いることもできる為、編成の幅はかなり広い。

そしてこの部隊の特徴として、全員が兵科上衛生兵なのである。誰かが重傷を負っても、即座に外科手術を講じることのできる医療体制が整っている。

他に、テッド曹長とアルフレッド准尉が81mm迫撃砲であるL16を、カルマン伍長が対戦車ロケット発射器であるパンツァーファウスト3を、外灘兵曹が携帯式地対空ミサイルであるHN-6をそれぞれ二種兵装として保有しており、非常に多くの状況に対応しうる編成をとっている。

また、他にも特徴がある。この部隊、男女比が1:1なのである。これは男女平等の観点もあるが、特に交渉上男女比が等しければ家族や親戚と偽り易いという点からこのような編成にされた。文面上では性別がわかりにくいので明示すると、新島、アルフレッド、テッドの3名が男性、エカチェリーナ、外灘、カルマンの3名が女性である。

と、こんな説明をしている間に、獣道も開けてきた。

「さて、何がありますかね。」

双眼鏡を手にその道先を見つめる新島三尉。

「…全車、全速前進。」

新島三尉がおもむろにそう命じると、

「っ、了解よ。」

エカチェリーナ軍曹はアクセルを踏みしきり、

「アイサー!」

カルマン伍長も嬉々としてそれに続き、

「仕事か。」

アルフレッド准尉は扉を開けて身を乗り出し、

「…行くよ。」

外灘兵曹は弾倉を込め、

「了解です。」

テッド曹長はSCAR-Hのセーフティーを解除する。

新島三尉が見たもの。それは、

「ケルベロス…でしたっけ。」

残念三尉、双頭の犬はオルトロスてある。

「怪物と…人かしら?」

その双頭の怪物の前には、3つの人影があった。


「ファイアボール!」

そう告げるだけで、杖の先端から火球が飛び出る。しかし、その火はオルトロスの強靭な毛に弾かれ、消えていく。

「ヘビーフィッシャー!」

斧を振り下ろしてそう叫べば、地面は割れて大きな亀裂ができる。しかし、オルトロスはそれを華麗に跳び躱わす。

「クイックスラッシュ!」

高速で双剣を振り回しながらそう言い放てば、剣の速度は音速を超え、衝撃波が草木を切り裂く。しかし、オルトロスは左足の鋭い爪でその剣筋を逸らす。

魔法使いと斧使いと双剣使いの3人パーティ、『サルドの剣〔つるぎ〕』は、未曾有の危機に陥っていた。

「ふぅ、厳しいですね。」

双剣使いのアルザスが苦しみを告げる。

「まだまだ…って言いたいけど、もう魔力が無いわ。」

魔法使いのジェリカも、それに同意する。

「俺ももう戦えそうにないな…。」

斧使いのグワートンも、現状を憂う。

ドラゴン討伐を専門とするこのパーティ、万全の状態であれば専門外とはいえ3対1でオルトロス相手に遅れをとるようなことはない。しかし不運なことに、今彼らは村一つを焼き払った炎龍との熾烈な戦いに辛勝した後。中級の魔物に分類されるオルトロスは、彼らにとってかなりの脅威だった。

「…転移魔法を使うわ。」

ジェリカが言うと、他の二人が振り向く。

「…あとのことは任せろ。」

「…時間は稼ぎます。」

転移魔法、アルリカ。膨大な魔力を用いて発動する禁術。なぜ禁術、すなわち禁じられた魔術かと言えば、その膨大な魔力を、人間の生命力そのもの、つまり寿命から補填する為である。これの使用は、魔法師生命と本当の寿命、両方を削ることになる。しかし、3人はそれ以外に生還の道はないという判断を下し、発動に必要な時間を稼ぐことで一致した。

「「ウォォォオオン!!!」」

2つの口から放たれる強烈な咆哮に身を揺らしながら、アルザスとダワートンは時間稼ぎに入る。否、入ろうとした。

「ぐぉあっ!」

「ダワートン!」

恐ろしく高速な突きにより、ダワートンの鎧は砕け、血が吹き出す。草木は紅に染まり、アルザスは歯を軋ませる。

「クイックスラッシュ!」

踏み込んで、オルタロスに切先を向けるアルザス。しかし。

「がっ…」

その動きは、疲れと緊張からか単調すぎた。その進行方向に置かれた鋭い爪に、アルザスの右肩は削ぎ落とされる。

「…そう…ここまでなのね。」

ジェリカは、覚悟を決めた。アルリカの発動を止め、その為に生命力から変換した魔力を杖に込め、精一杯の力を振り絞って、叫ぶ。

「渾身の一撃、冥土の土産に受け取りなさい!サンダーボルトっ!!!」

雷光が辺りを照らし、草木は灰になって宙を舞い、オルトロスもまた電撃に包まれる。しかし、しかしだ。オルトロスは尚も、その四つ足と双頭を迷うことなく動かし、ジェリカに近づく。

「……ここまでね…。」

ばたりと倒れ、ジェリカは杖を手放す。ドン、ドンという足音が、遠のく意識の中で脳裏に響く。

(魔力切れによる昏倒…修行してた頃以来ね…懐かしいわ…)

そのまま、穏やかな眠りの中に、彼女は微睡んでいく…。

--否、行こうとした。

「撃ち込んでください!」

「ファイエル!」

轟々と地面を揺らす爆発。彼女の中に刻まれた記憶が、彼女の意識を引き起こさせる。

(龍?!)

それは、炎龍のうちの特殊個体である爆炎龍が放つ、フレアクラッシュという魔法の振動に似ていた。

しかし、どこを見渡しても龍など居ない。だが、彼女は見た。オルトロスの体から噴き出る濃い青の鮮血を。弱点とされる足や頭部からではなく、胴体中央の脇腹から噴き出るその液体を。

「おくたばり下さい、クロさん。」

火を吐く筒のついた道具を持った人間が、恐ろしいスピードで何かを連射する。それはもはや雷鳴にも似て、生物的な恐怖を感じさせる。

その先に居たオルトロスは、いとも容易く双頭を撃ち抜かれ、地面に倒れていた。

「応急!赤2、緑1!緑は私が対処しますのでみなさん重症の方々を!」


(文明レベルは中世程度ですね…衣服から考えて間違いなさそうです。)

弾倉をリロードして、肩に9mm機関けん銃を掛けて、新島三尉は朗らかな笑みを浮かべていた。

「言葉は、分かりますか?」

ゆっくりと、正確に、ハキハキとした発音で、会話を試みる。

「え、えぇ。あなた達…何者なの?助けてくれたみたいだけれど。」

新島三尉は、この質問への回答を事前に決めていた。

「私たちは、ある国の騎兵隊です。この地域の測量と偵察のためにこの周辺を探索しているのです。」

そう言いながら、新島三尉はジェリカをお姫様抱っこの体勢で抱き抱える。すらっとした体型ではあるものの特殊作戦群の三等陸尉。その力はスポーツ選手にも勝るとも劣らない。人、それも女性1人を運ぶことなど造作もなかった。

「え…あの…ふぁ…ぁ……。」

かくり、と頭を垂れさせて、ジェリカは意識を手放した。新島三尉は微笑みながら、彼女を輸送トラックに運ぶ。

「二人はどうです?」

その中で、先に重症者2名を搬送していた仲間たちに訊く。

「重症ね。一人は腹部からの出血が酷くて今外灘が縫合中。もう一人はカルマン伍長が見てくれているけれど、右腕が再起不能、出血性ショックで意識不明、心肺停止状態。ABのRH-はストックがなくて、もう…。」

AB型のRH-と言うと、血液型的には1/2000程という低確率でしか誕生しないレアなものである。と、そうそう、この部隊は血液型が全員A型のRH+で揃えられている。輸血が必要になった際にスムーズに対応できるようにである。一応、不測の事態に備えて多種の血液パックを積載しているが、AB型RH-は想定していなかった。

「…取り敢えず、可能な限りの救命措置に努めてください。この方が起きられるまでは、道なりに進みます。テッド曹長、給油車の運転を頼みます。」

「了解しました。」



それから20分ほど後。

「ん…ぅ?」

ジェリカは、新島三尉の膝の上で目を覚ました。

「おはようございます。あれから20分…分って分かります?」

新島三尉は率直な疑問をぶつけつつ、その目覚めに優しく応じた。

「え、ええ。…ここは、あなたたちの馬車の中?」

「馬車ではないですが…車の中ですね。」

質問と回答の応酬。会話のキャッチボールが成立している事実は相当に有意なことなのだがこの場にそれを歓喜する者はいない。

「そう…あ!二人は、私と一緒にいた二人はどうなったの?!」

突然、取り乱したようにジェリカが尋ねる。

「残念ながら、お二人とも亡くなられました。こちらも手は尽くしたのですが、あいにく及ばず。」

「……そう、ありがとう。」

ジェリカは新島にそう言うと、隣に倒されている2つの死体を、悲しげに見つめた。

「…戦士でも、泣いてもいい。それが、仲間への手向け。」

外灘の、諭すような言葉に、ジェリカは、目から雫を一滴溢す。

「…………大丈夫。これで十分よ。」

それだけ言って、ジェリカは涙を拭う。置かれていた魔法の杖を持ち、新島三尉に向かう。

「改めて、助けてくれてありがとう。遺体も捨て置かずに回収してくれて、本当に感謝してるわ。私は冒険者で、魔法師のジェリカ。貴方は?」

「いえ、それも仕事ですから。私はある国の陸軍、その騎兵隊の特殊作戦部隊であるこの隊の隊長、新島です。」

「ある国?…まぁ深くは聞かないわ。それで、どこに向かっているのかしら。」

「道なりに進んでいるだけで、特に目的地があるわけではないですね。この周辺の地理もあまり分かっていないので。」

嘘である。ヘリコプター型小型ドローンによる赤外線偵察によって確認された熱源の方向に向かって、着々と進んでいた。

「それもそうよね…ハンバリンの深森〔しんしん〕を通ってきたんでしょう?」

新島は、深森という単語を理解できなかったが、森のことであろうと見込みをつけた。

「恐らく?」

幸い、その推測は正しかった。

「ってことはそれも知らないのね…取り敢えずこのまま道なりに進めば、私達が宿をとっている街、ハンバリンがあるわ。そこに行くといいと思う。」

『私達』という単語に、ジェリカは少なからず思うところがあったが、兎にも角にも、仲間たちの弔いをしてやることが先決だと断じた。

「ありがとうございます。ご遺体もそちらまで運ばせて頂きますね。」

「えぇ、ありがとう。」

(…軍隊ね……それならあの強さも納得だけど。この杖も軍用のなのかしら?)

ジェリカは、そう思いながら20式小銃を触った。

「わっ。」

と、そこに横から新島三尉が覗き込むように前傾姿勢で割り込んでくる。

「危ないので、見るだけでお願いしても?」

三尉は、自分の銃を取り上げて、にこやかに接する。

「あら、そうね、ごめんなさい。」

ジェリカは素直に頭を下げた。

「ところで、冒険者、という職業はどのようなもなのでしょう?私たちの国には無い職業なので、ぜひお教えいただきたいです。」

情報収集。それはR1戦隊の組織された目的でもあり、UNFOF自体の活動理念でもある。ここでの最重要項目は現地人からの情報収集であり、新島が彼らサルドの剣を助けることを即断したのも、彼らから情報を引き出せると期待した為であった。故にこの質問は、単に興味以上の重要な意味を持つ。

「冒険者がいないってことは、討伐は軍隊が代行しているのかしら?っと、質問されてるのに聞くのも野暮ね。」

ジェリカは自分が気になったことをすぐ口から出す典型的な冒険者的行動をしたが、すぐに彼らが素性を隠していることを思い出して、出した疑問を回収した。

「冒険者は、龍やさっきのオルトロスみたいな怪物の討伐や、危険地域の調査報告、戦時の緊急動員などなど、様々な危険に立ち向かう職業よ。私たちは龍の討伐が生業ね。これでも『サルドの剣』って街で言えば、子供も寄ってくるくらいには有名よ。まぁ自慢はほどほどに、そうね、この国の冒険者システムについても話してあげる。アリディエオ共和国連邦は、行政府の労務省に【冒険者管理庁】っていうのがあって、その冒管庁が各地に置く依頼授受局が職務を仲介、市民の依頼を集めたり公共の福祉に必要な依頼を公式に発出したりするわ。私達も、公式依頼の炎龍討伐の帰り道だったのよ。これ、龍の魔石。」

そう言って、ジェリカは腰につけた巾着から緑色の宝石のような物を取り出す。球形で中心ほど濃い緑に染まっていて、外縁部は透き通って輝きを放っている。

「魔石…魔法の石ってことですか?」

「魔石も知らないのね…そう、魔法使いが使う、魔法触媒の石。主に魔獣と呼ばれる動物の体内で生成される。人間にもあるんだけれど、小さすぎてほとんどの場合魔法を使えるほどじゃないわ。魔石を持たない人もいるらしいしね。エルフとか、ドワーフとか、そういった類人種には自分の魔石だけで魔法を使える人も多いらしいけど。私は会ったことはないわね。人間でそれができる人は天性の魔法使いとして国に重宝されるわ。」

そう言いながら、ジェリカは人差し指から炎を出す。

「こんな風にね。」

ジェリカはニコニコしながらその火を見る。新島三尉はその炎を興味深そうに眺める。

「我々の国には魔法があまり流通していないのです。できればその仕組みについてもご教授いただいても?」

ジェリカは、不思議そうな目で見つめる。

「…これ、魔法じゃないのね。てっきり魔法の杖だと思ってたわ。」

(火薬が無い…文明レベルに比して科学技術はあまり発展していないのですね。魔法がそれを代替しているのでしょう。)

「魔法は、かつては魔獣だけが使う、呪いの術だと思われていたの。だから魔の法というんだけれど、ある時、魔獣から抽出される魔石に思念を込めると、エネルギーが生じる事が分かったの。初期は1マイクロファボスとかそれくらいの量だったらしいけれど、体系の発展で、私レベルになると全力なら50万ファボスくらい…って、ファボスが分からないかしら。」

新島はこくりと頷く。

「魔力のエネルギー単位で、ファイアボックスっていう魔法で1㎤の1000℃の火を1秒作る魔力量よ。℃とか㎤とかは分かるわね?」

こくり、と新島は再び首を縦に振る。マイクロという接頭辞も地球の国際単位系、SIと同様に用いられていた。これは偶然では済まされない一致なのだが、新島はそれを特別意識しなかった。

「魔法は、空気中の魔素と呼ばれる魔力源を取り入れて、体内の魔臓で血液に貯蔵、発動時に体を通り抜けて触媒となる魔石に集積して、回路を構築する『構成素』と事象を引き起こす『燃料素』にそれぞれ分かれて、構成素を操って魔法を構築、燃料素を回路に通して目標に放つことで発動するわ。構成には複雑な魔法陣を通す必要があるんだけれど、魔石に事前に刻んでおくのが主流ね。魔石と魔導書を両方持っていろんな魔法を使う魔法師も居るけど、冒険者のほとんどは限られた魔法を使うわ。魔力は生命力とか、様々なものを変換して生み出すことのできる、万能のエネルギーとされていて、今のアリディエオの発展の基盤ね。」

魔導学の基礎中の基礎とも言えるその定型文を、ジェリカはすらすらと詠唱する。

「三尉!そろそろ着きます!」

カルマン伍長が叫ぶと、新島三尉は淡々と、それまで話していたことを感じさせな程にスムーズに、荷台から身を乗り出し双眼鏡で確認する。

「あれですか。」

「ええ、あれが城塞都市、ハンバリンよ。」

そこにあったのは、巨大な塀と堀に囲まれた城塞都市。ベージュ色のレンガ造りの塀にはいくつかの塔があり、その全高は20mに達しようかという所。非常に巨大な門には橋が付随しており、戦時にはこれを引き上げて籠城戦を行うことが出来るのだろう。各所に射撃窓があり、魔法などを塀の中から放射することで一方的に攻勢する…。さらに塔には対空兵器と思われる巨大な投射機らしきものが存在している。新島三尉は、即座に判断した。

「総員、武力衝突は可能な限り避けるよう心掛けてください。」

部下たちの返答を聞くまでもなく、三尉はジェリカに向き合った。

「我々の事は、あくまでも《異国から来た冒険者》という体でお願いします。あなた達と偶然会って、宿に困っているというから連れてきた、と。」

異国の軍隊を快く城内に受け入れる国家など稀である。よっぽどの平和主義国家か、非武装中立を掲げる国か、或いは関係の良好な国であれば如何、という話ではあるが、現状そのいずれにも当たらない以上、三尉たちが無事に中に入るには、身分を偽装するのが最適である、というのが新島三尉の判断であった。

「分かったわ。」

ジェリカは、命の恩人ということもあって、そしてそれ以上に仲間の遺体を回収してくれた恩義を感じて、その計略に加担することにした。

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