第5話 獣人の村民きたる

 新たな力に目覚めたらしい二人。


 クウラは【魔法】に目覚めた。何故かは分からないがこの世界では生活を便利にする魔法として分類されている【ベンリー魔法】に目覚めたようだ。


【ベンリー魔法】

『着火』

 火種を出せる

『飲水』

 水を一斗(約十八リットル)出せる

『温風』

 濡れた物を乾かせる

『土塁』

 防壁を作る

『生育』

 植物の生長促進

『清潔』

 常に清潔に保てる


「ほっほう、これは使いでがありそうな魔法じゃのう。着火は良いな。これで木と木を擦り合わせずに済むのう」


 ベンリー魔法を得たクウラの感想がそれであった。一方のコクイはというと。


「こ、これは何だ? 【竜の法力】一覧とあるが……」


【竜の法力】

『威圧』

 他者を威す

『威厳』

 他者に威を示す

『慈愛』

 他者を慈しむ

『説法』

 他者を説く

『炎獄』

 浄化の炎

『金剛』

 不壊の身体


 どうやらコクイは法力を得た事でこれまでと違った力を手に入れたようだ。これまでも竜の姿であれ人の姿であれ、他者を威圧するほどの覇気を出す事は可能であったがそれでも胆の据わった者は恐れずに向かってくる者もいた。

 元来、コクイは無益な殺生を好まない性格である。しかし向かってくる者には相対しなければならない。相手は自分を殺す気で来ているからだ。


 今回あらたに得た法力がどこまでのものか分からないが、これで無益な殺生を回避出来るかも知れないとコクイは考えた。


「フム、本当に助かるな…… まあここ数十年は人も俺に対して向かって来ることはないがな」


「ほっほっ、どうやらコクイよ。良い力を手に入れたようじゃな」


「ああ、クウラのお陰だな。それでクウラよ。ここに住むのはクウラの自由だが、良ければ俺の守護する村にも住居を構えぬか? みな気の良い獣人たちばかりだ。そこで寝ているミミたちもその村に住んでいる」


 コクイはクウラにそう提案してみた。それには、クウラほどの力の持ち主が居れば村に何かあった時にもコクイが向かうまでの間に村に被害が及ばない時間を稼いでくれるだろうという腹積もりもある。

 そんなコクイの内心も知らずにクウラは返事をした。


「ほほう、それは良いが構わぬのかの? 愚僧のような得体のしれぬ者が入っても。村民の方たちの迷惑にならぬかの?」


 クウラはクウラで今世では己の欲を消すのではなく欲もまた己の一部として認めてそれに従って生きていく心づもりであった。なのでコクイの提案はクウラにとって有難いものでもある。今世では人と関わりを持って生きていくつもりであったからだ。

 もっとも本来はもう少し成長してからのつもりではあったのだが。


「ああ、それは心配ないぞ。俺がクウラの保証人だと言えば獣人たちは何も言わずにクウラを受け入れるさ」


 コクイの返答にクウラはならばここと、その村を拠点にこの山で修行をしながら真理を求めていこうかと考えた。だが、今から行くぞというコクイにクウラは寝ているミミとメメを指し示して言う。


「子らがまだ寝ておるでな。起きるまでは寝かしてやりたいのじゃ。なので子らが起きたら向かう事にしようぞ。どれ、あの子らも地面に直接は可哀想じゃの……」


 そう言うとクウラは


「『褐っ』」


 と唱えた。そこには本来であれば麻の服ガ出るはずなのだが、麻で出来た縦横一けん(凡そ一、八メートル)の布があった。


「上手くいったわい。考えた通りの服が出るならば布の状態でも出るのではと思ったがよかった」


 そして続けて「『褐っ』」と二十回ほど唱えて二十枚の麻布を出した後に、最後の「『褐っ』」では絹の布を出したクウラ。


 麻布を重ねた上にその絹布を置いて、七つの子とは思えぬ膂力りょりょくでヒョイとミミを抱えてその上にそっと置く。メメも同様だ。


「おいおいクウラ。そんな上に寝かしたら二人とも朝まで起きないぞ」


「寝る子は育つというてな。コクイよ眠いならば寝かしてやるのが良いのじゃよ」


 クウラの返事にコクイは二人の保護者が心配するからと


「俺は一度村に行ってクウラとミミとメメの事を伝えてくる。村人でも闇雲にこの山を探し回ると危ないからな」


 と言って獣人たちの所に行くと岩室を出て行った。クウラはコクイに頼むと言って見送り、作りかけで止めていた作業を再び始めたのだった。

 その作業は『割っ』と『刮っ』を唱えて形を整える作業だった。丸太を『闊っ』で作った空間から取り出しては割り、削り、岩や石も同様にして自分の必要な形にしてから、『曽っ』で増やしていく。

 一人なので数は必要ない筈なのだが、食器や調理用の道具は十は作るクウラ。

 

 そんな作業をしているとコクイが戻ってきた。


「クウラ、悪いが表に来てくれ。村長とミミとメメの保護者が一緒に来てるんだ。この岩室の中に入れてやって欲しい」


「おう、そうか。ならば表に出て挨拶せねばなるまいよ」 


 コクイと一緒に表に向かったクウラを二人の大人の獣人と、一人の少女の獣人が待っていた。


「黒竜様、こちらの人種の少年がさきほど仰っておられた者ですか?」


「少年! ミミとメメを返してくれ! 俺の大事な家族なんだっ!!」


「何だ、人種って言うから心配したけど私より小さい子じゃない。おじい、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 最初が村長で次がミミとメメの保護者だろう。最後の少女はちょっと分からないと思いながら三者三様の言葉を聞いてクウラが返事をする。


「コクイが何と言うたかは分からぬが愚僧はクウラと申す。どうかよろしくお頼みもうす。そちらはミミとメメの保護者殿じゃな。安心なされ、二人とも遊びつかれて我が岩室にて寝ておるだけじゃ。起きたらちゃんと村まで送ろうと思うておった。そちらの女子おなごはミミとメメの姉者あねじゃかの? そうじゃ、心配する事は何もないぞ。ささ、お三方さんかたも中に入りなされ。少し話をしようではないか」


 クウラの返事を聞いて三人は年寄りのような喋り方をする子供だなと少し驚いた顔をしていたが、クウラが再度、「ささ、入りなされ」と言うのでコクイと共に岩室の中に入った。


 入った岩室の中で、布で作られた柔らかい敷物の上で静かに寝ているミミとメメを見て、二人の保護者であるロウガンはホッとした顔をしている。そして、二人の姉であるロロはトコトコとそこまで歩いて行き……


「おじい、私も寝る……」


 と言って二人の側で横になったと思いきや直ぐに寝てしまった。


「おいおい、ロロ……」


 とロウガンは言うが既に寝てしまったロロを起こすのは難しいので黙ってクウラに頭を下げた。


「ほっほっ、良い良い。寝る子は育つでな」


 クウラは笑ってロウガンにそう言った。そこでコクイが三人の名前をクウラに告げた。


「クウラよ、この者たちが俺が守護する獣人たちのまとめ役だ。こっちが村長のワーズで、こっちが副村長のロウガンだ。あそこで寝たのはミミとメメと同じくロウガンが保護者となっているロロだ。三人は血の繋がりはないが義理の姉妹として育ったらしい。人種によって奴隷にされそうだったのを他の獣人によって助けられ、その助けた獣人と一緒に二ヶ月ほど前に村へと来たそうだ」


「ふむ…… 奴隷とな。この世界にも理不尽な行いはやはりあるのだな。じゃがそれを正す為には余程の力がいるであろうなぁ…… しかしコクイのようにそれらから守ろうとする者もいる。それもまた人の世のつねであろうなぁ」


 クウラがそう述べるとワーズ村長はクウラに聞く。


「お前様は先ほどから黒竜様の事をコクイと呼んでおられるが、どういう事かな?」


 その質問に答えたのはコクイ自身であった。


「そうだ、言ってなかったな。ワーズよ、俺の名は今日よりコクイとなった。こちらのクウラが名付けてくれたのだ。今までは種族名を名としていたが今日よりコクイと名乗る事になった。村の皆にも伝えておいてくれ」


「なっ!? 人の子がつけた名を黒竜様が名乗るというのですか!?」


 コクイの答えに驚くワーズだが、コクイは落ち着いた口調でワーズに言う。


「そうだ。クウラが付けてくれた名を俺は名乗る。何故ならばクウラは俺のあるじであり、創造の女神様の使徒でもあるからだ」


「ビレーヌ様の使徒様ですとっ!?」


 ワーズと、ロウガンが驚いている。


「ふむ、愚僧はその女神様とやらを如来様と認識しておるが、所が変われば仏の名も変わろうというもの。使徒とやらが何かは愚僧には分からぬが、確かに如来様によってこの世界に来たのは間違いない」


 クウラが驚く二人にそう告げた。二人はそれを聞き使徒様でしたかと呟く。そして、


「ならば人種ではありますが我らはクウラを歓迎しましょう」


 と村長であるワーズがそう言い、ロウガンも頷いた。クウラは獣人の村に拠点を設ける事に決まった。  


 但しこの岩室もクウラの拠点として利用していくつもりなので、常に村に居ることにはならないとワーズには伝える。


「それはそれで構わないよ。ただ、黒竜様いやコクイ様が村の生活の改善をクウラに相談してみろと言っていたので相談にはのって欲しい」


 ワーズの言葉にクウラは


「ふむ、愚僧も大した知恵は持ち合わせておらぬが、分かることならばお答えしようぞ」


 とこれから世話になる村に対しての礼としてそう答えるのだった。


 取りあえず寝てしまったミミ、メメ、ロロが起きたら村に向かうと言うと、ワーズとロウガンは先に村に戻ると言って岩室を出て行った。コクイもそれに着いていった。


 岩室の中でクウラは


「はてさて、今世では人との関わりも持とうとは思うておったが、何故にこの世界の人は獣人たちを蔑むのかの? その辺りも知れば真理に近づけるやも知れぬな……」


 そう独り言ちてまた物作りに戻るのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る