第3話 獣人に出会う
走って
「しもうた! 刃物がないの…… どれ、小川の側に良い石が落ちておれば良いが……」
岩室から出て小川へと向かうクウラ。石を手にしてはこれは違う、これも違うと言いながら探し始めた。
そんなクウラを見つめる一対の目がある。クウラ自身も普段であればその気配に気がついたであろうが、今は理想の石探しに夢中である。その気配に気がつく事はなかった。
気配を殺してそんなクウラを静かに見つめていた目は、五分後にそっとその場を離れて姿を消していた。
「おお! あった、これじゃな! この石ならば。おっ!? こっちにもあった! ここにもっ! 三つもあるとは良い良い。これでもしも作るのに失敗しても大丈夫じゃ」
お目当ての石があったクウラは一つが拳大の大きさの石三つを抱えて岩室へと戻った。
「さて、それではやってみるかの」
クウラは先ずは法力を五十込めて石に向かって唱えた。
「『割っ』!!」
しかし石に変化は無かった。
「ふうむ、五十では足りなんだか…… 時間は沢山あるが手に入れた肉が腐るのも困る故に十ずつ増やして試してみよう」
そう言うとクウラは今度は六十の法力を込める。石は割れない。次は七十、八十、九十でも割れなかったので遂に百の法力を込めた。
「『割っ』!!」
ピキーン、バリ! 大きな音がしたと思ったらクウラが考えていたよりも細かく割れてしまっている。
「九十では少なく、百では多いか…… 九十一より少しずつ増やして試さねばならぬな」
そうして、九十一、九十二、と一ずつ増やして九十六の時にやっと
「おお! これじゃ、この形じゃ。この石じゃと九十六の法力を込めれば良いのじゃな」
とクウラの理想とする形に割れた。それは現代で使用されているペティナイフの刃だけのような形をしていた。刃渡りは十五センチほどだ。
そしてそれを手にしたクウラは刃物を作る為に拾った残り一つの石に擦り合わせていた。
「こうして磨けば良く切れるからのう」
そう言いなからコシコシと刃先を石で擦るクウラ。五分も続けていたら本当に石かと疑うぐらいに刃先が輝いていた。
「これで良いじゃろう。さて、兎を解体しようかの」
クウラは岩室を出て直ぐの場所、まだ結界内部である場所で兎を解体しようとしたが、
「水もあった方が良いの…… お、あの石ならばちょうど良い大きさじゃな」
とクウラの頭半分ぐらいの石を見つけて、
「『刮っ』!!」
と唱えた。石の上部が少しだけ削られて窪んでいる。
「ふむ、この石じゃと法力を二十込めて唱えてもこれぐらいか。ならば今度は五十ほども込めてみようかの」
そう言うと再び唱えたクウラ。今度の窪みは更に大きく深くなっていた。
「うむうむ、これぐらいならば調整も出来て良さそうじゃな。何度かすれば水を入れる入れ物が出来ようぞ」
そして、五回ほど唱えると石は直径凡そ六寸(十八センチ)高さ凡そ四寸三厘(十三センチ)の中をくり抜かれた石の器が出来上がっていた。
それを手に持ち小川まで行き水を組んできたクウラはいよいよ兎の解体にのりだした。
「先ずは皮剥ぎからじゃな……」
慣れた手つきで兎の皮を剥いでいくクウラ。皮を剥ぎ終えたら腹を切り内臓を取り出して水の入った器に入れて良く洗う。そして洗った内臓を近くにあった大きめの平たい石の上に置いてから器を持って小川に向かい、水を交換した。
その時に小川でパシャッと魚が跳ねたようだがクウラは気にせずに元に戻り兎の解体を再開する。
脂が刃につき切れが悪くなると器の水と指を使って脂を落として切ること
「さて、解体したは良いが火を入れようにも何の準備もしておらなんだ。しまったわい。まあ、岩室に入れておけば急に腐る事もあるまい。先ほどの続きがてら手頃な木や石を探すとしようぞ」
クウラは近くの木から取った大きめの葉を並べた場所を岩室の中に作り、その上に解体済みの兎を並べた。
そしてまた手頃な道具を作れそうな石や木を求めて外へと歩き出すクウラ。
いつの間にか戻って来ていた一対の目は出ていくクウラを静かに見守り、クウラが
「あのお兄ちゃん、せっかく解体した一角兎を食べもしないで中に入れてから外に出ていったけど…… 少しだけ分けて貰っても良いよね? おじいちゃん、喜んでくれるかな?」
そう言って岩室に入ろうとした女の子だがその目の前で見えない壁にぶつかってしまう。
「いたいっ! え、何かあるの? 何も見えないけど?」
女の子は涙目になりながらも何とか岩室に入ろうとするが自分の力では無理だと判断したようだ。
「そうだ! メメちゃんの力ならこの見えない何かを壊せるかも!!」
そう言うと女の子は岩室から離れて物凄い速さで走り去った。
その頃、山の主と自他ともに認める存在は己の守護する者たちの元へとたどり着いていた。飛び立った時は竜の姿であったが今は人型に変化している。
「皆、揃っているか? 村に異変などは起こってないな」
「黒竜様、お久しぶりにございます。有難い事に村では何も問題は起こっておりませぬ。新たに五人の大人と三人の子供が住人となりました。それが異変と言えば異変でしょうか」
そう聞いて黒竜はホッと息を吐いた。
「そうか、ならば良かった。先日大きな魔力をこの山の中腹で感じたのでな。お主らに何かあったのかと思い飛んできたのだ」
「そうでしたか…… いえ、村では何も起こっておりませぬ。ここであれば黒竜様の御威光で人たちも攻め込んで参りませぬゆえ」
そう答える村長の男性の頭にはピーンととがった耳がある。だが片耳は垂れている。
「うむ、ならば良いのだ。俺は感じた魔力の源を探してくる。何かあれば呼べ、ワーズよ」
言うだけ言うと人型のまま森へと進む黒竜。その目の前に村へと駆け込む幼女の姿が目に止まった。
「おい、そんなに慌ててどうしたのだ?」
思わず声をかける黒竜に幼女は言う。
「おじさんだーれ? 私はミミです。今からお友達のメメちゃんを呼びに行きます」
名乗りして用事まで言った幼女を見て、自分を知らないという事はこの子が村へと新たにやって来た三人の子供のうちの一人だと悟った黒竜。
「そうか、友達を誘いにか。俺は黒竜という。覚えておけ」
黒竜も幼女に構っている暇はないので名乗りだけして魔力の発現点の方へと向かう。
ミミと名乗った幼女が黒竜の名乗りを聞いて、
「はい! 覚えておきます!」
と言ったのを背で聞いて顔は微笑みを浮かべていた。
ミミはメメを呼びに行くためにまた駆け出した。養ってくれてるおじいちゃんの家に駆け込むと声を限りに叫ぶミミ。
「メメちゃーん! 何処に居るの? 力を貸してーっ!!」
その声を聞いて眠そうな目をした羊耳を持つ少女が現れた。年齢はミミよりもうえのようだ。
「ミミ、煩い! せっかくお昼寝してたのに!」
「あっ! ロロちゃん! メメちゃんは何処?」
文句を言われても気にせずにミミはメメの居場所をその少女に聞く。
「もう〜、本当に煩い! メメならロウガンおじいと一緒に畑にいるよ」
言うだけ言ってロロと呼ばれた少女はまた何処かの部屋へと戻っていった。
ミミはロロに「有難うーっ」と言いながら外へと飛び出す。裏に回り畑にいるおじいちゃんとメメを見つけたミミは二人に声をかけた。
「おじいちゃん! メメちゃん! メメちゃんの力が必要なの! メメちゃん、一緒に来て!」
おじいちゃんと呼ばれたのは見た目はまだおじいちゃんに見えないが、ミミと同じく犬のような耳を頭に持つ獣人であった。
「ミミ、新しい遊びか? あまり遠くに行ってはダメだぞ。メメ、ここはもう良いからミミと一緒に遊んでおいで」
それを聞いたメメという幼女は熊の耳を頭に持つ。コクンとおじいちゃんに頷いてからミミと一緒になって駆け出した。
そしてメメを連れてクウラの岩室まで戻ってきたミミは失敗を悟った。既にクウラが目の前に居たからだ。
「おっ? 何じゃ?
とクウラは自分も七つの子供になっていることを忘れて目の前にいる幼女二人に話しかけた。
「おにいちゃん、兎のお肉を分けて下さい!」
ミミは見つかった事で、黙って少しだけ貰う予定だったのを諦めて、正攻法でクウラに言った。
「ほっほう。愚僧が兎を仕留めた事を知っておるか。あの視線はお主じゃな。良い良い、先ずは中に入るが良い。どうせ一人では食べきれなんだからの。分けてやろうぞ」
どうやらクウラは視線に気がついていたらしい。敵意が無いので放っておいたようだ。
そして、クウラに誘われたミミとメメは岩室の中に簡単に入れたのであった。
中に入ると既に木でできた寝台や石や岩で作られたかまど、それに木や石で作られた食器が、数はまだ少ないが作られていた。どうやらミミがメメを呼びに行っている間にクウラは手頃な木や岩、石を見つけて色々と作っていたようだ。
「さて、愚僧はクウラという名じゃが、お主ら二人の名前を教えてくれぬか?」
クウラがそう問うと、
「私はミミで狼の血をひくの。こっちはメメちゃんで、熊の血をひくの」
とミミが答えてくれた。ミミもメメもクウラと会話をして何処か懐かしさを覚えていた。遠い遠い昔に出会っていて一緒に暮らしていたかのような気がしていたのだ。
「ふむ、ミミにメメじゃの。二人とも可愛らしいのう。この近くに住んでおるのか?」
とクウラが二人に問いかけた時に外で大きな音が響いたのだった。
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