第25話 よく分からなくなってしまったらしい
クリスがワイバーンに乗った悪魔らしき人物を追いかけて俺の傍から離れるタイミングを狙っていたのだろう。魔物の群れの中から現れたその男は、俺から視線を動かすと周りの兵士たちを見た。
「まずは邪魔なゴミを消しますか」
男の魔力が膨れ上がった。
兵士たちの中にいた魔法使いたちは防御魔法を使うために詠唱を始めている。
前衛の兵士たちは男を止めようとしたが、彼らを阻むように魔物たちが集まってきて思うように進めないようだ。
身体強化魔法を使った影響か、口元を隠しながら詠唱をしている男の声が耳に届く。
「『其れは深淵を焼き尽くすもの。全てを無に帰す暗き焔。此処に顕現し、愚かな贄を消し炭にせよ』」
それは聞いた事もない言語だったはずだが、意味を理解できてしまった。
もしかしたら記憶をなくす前の俺はこの言葉も知っているのかもしれない、なんて事を考えている間に、男の前に魔法陣が現われ、その中心から真っ黒な炎が放出された。
肉の壁としていた魔物諸共兵士を焼き尽くすつもりなのか、まっすぐに放たれたその黒い炎を防ごうと、後衛職である兵士たちが一斉に防御魔法を展開した。
だが、それも破壊されてしまい、炎が前に出ていた兵士たちを襲った。
「間に合わなかったか……」
兵士たちが使った魔法を真似て防御魔法を使ってみたが、発動が遅れたためすべての炎を受け止める事はできず、半数以上の兵士たちは黒い炎に包まれて悶え苦しんでいる。
回復魔法使いが遠距離から回復魔法を使っているようだが焼け石に水のようだ。
「なるほど。記憶をなくしていても魔法は使えるのか。これは加減が難しいな」
男は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに首を振った。
「器を変えてからだったら何とでもなるか。死なない程度にこんがり焼こう」
そう言って再び男は魔力を練り始める。
回復魔法を遠くからかけているだけではどうしようもないのだが、負傷した兵士を回収しようとしても、巻き添えを食らった魔物たちが近づこうとする兵士の邪魔をするので思うように動けていないようだ。
「防御魔法は!?」
「あの悪魔の力を見たでしょ!? 防御魔法なんて意味ないわよ! 転移魔法で一度撤退をした方が良いわ!」
後ろで何やら揉め始めてしまっている。
転移魔法で逃げるとしてもこの場の全員が逃げられるわけもない。
じゃああの魔法を止める必要があるのだが、試しにメイスを投げても肉壁として用意された魔物たちによって止められてしまった。
「あ、投げるなって言われたんだった」
こうなってしまっては魔法を使うしかない。
この状況がクリスの言っていた事態なのかもしれない。
……あ、またゆっくりと周りの時間が流れる感じになった。自分が速く動けるわけではないのでものすごい速さで考える事ができるだけなのだが……今この状況においては有難い。
男が使っていたのはおそらく火魔法だろう。あんな色の炎は見た事がないけど。
火魔法であれば水魔法で相殺できるだろう。ただ、あの広範囲の攻撃を単体用の初級魔法でどうにかできるとは思えない。
だが、その他の魔法なんて詠唱を知らないし――ん?
詠唱を知らない物はできないけど、教えられた物だったら一発でできたな?
「物は試しか」
自分自身の魔力を一気に開放する。
周りの兵士がギョッとこちらを見たのが分かった。
「申し訳ないが、あの魔法を止めるための時間が欲しい」
「分かった!」
周りにいた兵士が俺を守るように陣形を組んだ。
俺は悪魔の一挙手一投足をしっかりと見る。
「無駄な事を。『其れは深淵を焼き尽くすもの。――」」
男が再び詠唱を始めた。有難い事に先程と同じ魔法のようだ。俺も口元を隠し、小さな声で詠唱をする。
「『其れは深淵を焼き尽くすもの。全てを無に帰す暗き焔。此処に顕現し、愚かな贄を消し炭にせよ』」
知らないはずの言語が分かってよかった。そのおかげで悪魔が使っていた強力な火魔法を使う事が出来るかもしれない。発動できさえすれば、同じ魔法だ。後は力勝負になるはずだ。できなかった時は……その時はその時に考えよう。
「「業火滅却黒炎破」」
同時に魔法名を唱えると、悪魔は驚いた様子で目を見開いた。
負傷した兵士たちの前に、自身が作り上げた魔法陣と全く同じものが作られていたのがそんなに驚く事だろうか。
双方の魔法陣の中心から黒い炎が放たれ、すぐに黒い炎同士がぶつかり合う。拮抗したのは一瞬だけだった。
「なんで人間如きが――」
男は狼狽えた様子で何やら言っていたが、黒炎に呑まれ、その後の言葉を紡ぐ事はなかった。
男の周囲にいた魔物も、その背後に会った広大な森も、射線上にあった物を全て飲み込む黒い炎を放出していた魔法陣が消える頃、クリスが慌てた様子で戻ってきた。
悪魔に生み出され、操られていた魔物たちは散り散りになって森へと帰っている状況で、周りの兵士たちは魔物と一緒になぜか俺も警戒しているようで距離を取られてしまっている。
「……モーガン、何があったか説明してくれるよね?」
「ああ、もちろんだ」
クリスに頼まれたので俺が見て覚えている事を全てありのまま話すと彼女は大きくため息を吐いた。
「君の事は誰よりも知っているという自負があったけど、分からなくなってしまったよ」
「そうか」
記憶を取り戻すためにはクリスが頼りだったのだが、クリスよりも俺の事を知っている人はいるのだろうか?
そんな疑問を抱えながら、クリスの後に続いて指揮官たちが集まっている所へと向かうのだった。
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