第22話 良くない事が起こっているらしい

 下級悪魔を倒してから数日が経った。

 違法薬物の密売の後ろ盾となっていたいくつかの商店が潰されたが、ベンタウンの様子は劇的に変わる事はなかった。

 お店がいくつか畳まれたとしても、新しいお店がオープンするだけだ。流石、商人の街と言われるだけある。

 今回、後ろ盾となっていた商人たちはある国の工作員だったらしい。だが、それを知ったところで俺たちが何かできる事があるわけでもない。

 元々関係が悪かった隣国との関係がさらに悪化して、いつ戦争が起きてもおかしくないレベルになっていようと、ただの冒険者である俺たちには関係のない事だった。


「いや、戦争になったら私たちも招集がかかると思うよ?」

「そうなのか?」

「うん。断る事もできるけどね。冒険者ギルドは各国に跨る組織だから、それぞれの国から独立はしているんだけど、国からの依頼で報酬と引き換えに出兵を、という案内が来るんだよ。特にCランク以上の冒険者にはね」


 俺はAランク冒険者だから間違いなく誘われるだろう、という事か。


「故郷も戦渦に巻き込まれてもおかしくない場所にあるからね。気を付けないと」

「辺境は魔物が多いんだろ? 戦争なんてやってて大丈夫なのか?」

「隣国と接している部分は商人が通る場所だから、辺境とはいっても魔物が少ない方なんだよね。護衛の冒険者が襲い掛かってくる魔物を倒してるから間引きみたいな感じになってるんだよ。だから、戦争になると大勢の兵士がその道を通って侵攻するんだ。魔物の領域を突っ切るような戦い方をしたという記録も過去にはあった、って以前のモーガンが言っていたけど、それは少数精鋭だった事と、戻らないつもりの決死隊だったから、って言ってたなぁ。思い出した?」

「いや、全く」


 だよね、とクリスはジョッキに注がれていた酒を豪快に飲み干して、給仕をしていた女性店員に「おかわり貰えるかな?」と声をかけていた。

 今回の違法薬物事件を表面上は潰したのである程度の資金を手に入れたらしく、ここ数日は二人でのんびり過ごし、夜にはこうして酒を飲んでいた。

 最初は俺もクリスのペースに合わせて酒を飲んだが、翌日は大惨事になったので自分のペースで飲む事を心掛けなければ。

 若干頬が赤く染まってきたクリスは、女性店員さんに愛想を振りまきながらジョッキを受け取ると、机に音を立てずに置いた。


「魔物の領域に軍隊で入ったら戦争どころじゃないからねぇ。その決死隊は魔物に追われながら展開している敵軍の後ろに回り込み、そのまま追いかけてきた魔物も含めた乱戦に持ち込んだらしいよ」


 クリスは酒をグイッと呷るとまた一気に飲み干した。

 これで全然酔わないんだから不思議だ。


「戦争になりそうだったらいっその事、ベンタウンから出るか?」

「ん~、君の記憶を取り戻す旅でもあるけど、各地に現れている悪魔の残党を倒す旅でもあるからねぇ。もうしばらくはここで待ちじゃないかな。これでも一応領主様や代官様にお願いして悪魔の情報を集めてもらってるんだよ?」

「……結局あの悪魔の道具も領主が回収したんだろ? 悪魔と繋がっていて隠している、っていうのはないのか? 救国の旅の間にそういう輩は一定数いたんだろ?」

「まあね。ただ、どうだろうねぇ。そこら辺は冒険者ギルドにも依頼しているから内容に齟齬が発生したらそうなるだろうけど……あの二人に関してはないんじゃないかなぁ」

「どうしてだ?」

「前回の悪魔が流行らせた病のせいで、家族を亡くしているからね。悪魔に深い恨みがあると思うよ」


 なるほど。そうだったのか。

 領主の娘が代官をしていると聞いて随分と優秀な女性なんだな、と思ったけどそこら辺に何かしらの理由があるのかもしれない。

 ……まあ、理由を知ったところで俺が何かする訳ではないが。

 クリスが再びお代わりする様子を眺めながら、俺はちびちびと酒を飲んだ。




 事態が動いたのは翌朝の事だった。

 随分長い間お世話になっている詰所の食堂で朝食を兵士たちに混じって食べていると、ここの責任者であるルーカスがやってきて、代官様が呼んでいる事を教えてくれた。

 食事を手早く済ませる事も冒険者に必要な技能らしい。

 慌てて残った食事を流し込み、待っていてくれたクリスと一緒に代官の馬車に乗り込んだ。

 代官の屋敷について馬車から降りた俺たちを出迎えたのは、ジャニス・ガスターともう一人の中年の男性だった。


「あのお方がこのガスター領を治めているジャスリー・ガスター辺境伯だよ」


 こそっとクリスが小声で教えてくれたのは向こうも気づいている様だったが、特に反応はなかった。

 クリスの真似をしながら礼をしてガスター辺境伯に挨拶をすると、中年の男性は鷹揚に頷いた。


「屋敷で話そう」


 ガスター辺境伯はそれだけ言うと屋敷に向かって歩き始めた。

 その様子を見てクリスは少し険しい顔をした。


「どうやら思っていた以上にまずい事態のようだね」


 ガスター辺境伯とクリスの様子の意図が分からなかったが、すぐに説明はあるだろう。

 俺もクリスの後を追って屋敷に入った。

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