第20話 目をつけられたらしい

 襲撃者たちの拠点は、スラム街の一角にあった。

 どれだけ善政を敷いてもある程度こういう領主の目の届かない部分はできてしまうらしい。


「随分と大きな建物だね」

「何人潜んでいるか分からんって話だったが、本当に二人で突っ込むのか?」

「そうだよ。兵士が操られない保証なんてないし、あんまり周囲に人がいると本気を出せないからね。だから、彼らには正面から堂々と入ってもらって、敵の目を引き付けておいてもらう予定だよ。……私一人でも問題ないけど、本当について来るの?」

「ここまで来たのに今更じゃねぇか?」

「……それもそうだね。とりあえずモーガンは自分の身を守る事を優先してね。強そうなのは私が倒すけど、取り逃がしたのは無理して追わなくていいから」

「いいのか? 建物内にいる誰かに悪魔が憑りついている可能性もあるんだろ?」

「ああ、問題ないよ。女神様から授かった力で、目視できる距離にいれば気配で分かるから。見逃している相手は基本的には悪魔憑きじゃないって思っていいよ」


 完全武装したクリスは、こちらに視線を向ける事もなく突入のタイミングを窺っているようだ。

 俺もいつでも動けるように集中しておこう。

 特に話す事もないので黙って待っていると、クリスが「どうやら包囲が完成したようだね」と呟いた。


「そろそろ騒がしくなるころのはずだけど……うん、正面から突入したみたいだね」


 夜の暗闇に潜んでいる俺たちには気づいた様子もないが、流石に正門をぶっ壊して侵入した兵士には気づいたようだ。建物の明かりがつき、魔法や弓矢等の遠距離攻撃が飛び交い始めた。

 俺たちは狭い路地裏に潜んで息を殺している。

 ここからは裏門が見えるが、そこの見張りも一人、敷地の方へと走って行った。


「もう少し正門に敵が集中してから入ろう」

「その間に逃げ出す奴がいたら?」

「その時は私が確認しに行く。モーガンはここで待機していてくれ。もしも私が交戦し始めたら加勢してくれ」


 クリスはそう言ったが、結局逃げ出すような者はいなかった。

 包囲している兵士から緊急時用の火魔法も空に打ち上げられていないので、今の所催眠状態になった味方はいないだろう。

 頃合いだ、とクリスが駆け出したので俺もその後を追う。

 足音を立てずに走るクリスと違って、加減ができないのでスラム街の悪路をさらに陥没させたり、破壊したりしながら進んでいると流石に気づかれた。

 だが、見張りが笛を吹く前にクリスが一気に加速し、見張りの体を真っ二つに切り捨てた。

 クリスはそのまま裏門から入って行ったので、俺も魔力をさらに込めて彼女の背を追った。


「……本当に一人で大丈夫そうだな」


 追いかけるだけで精いっぱいだが、クリスは屋外にいた者たちをすれ違いざまにその大きな大剣で切り付けていった。彼女が通った後は死体か、気を失った者しかいなかった。

 死体を焼却処分しながら追いかければ魔法の練習になるだろうか、なんて事が頭をよぎったが、魔力は有限だから無駄な事に使うな、とラルダーナに言われた事を思い出した。

 窓を割って建物の中に押し入ったクリスは、出てくる者たちを切り伏せながら大きな屋敷の中を走り回る。

 一階が終われば二階へ。二階も終わったら三階へと登っていく。

 三階に辿り着いた時に一瞬クリスが固まったような感じがしたが、彼女はすぐに動き始めた。

 迷いなく廊下を突き進み、とある部屋の前に着いた。


「……どうやら、当たりのようだ」


 クリスは扉を強引に蹴破った。

 部屋の奥には一人の男が窓の外の景色を眺めているようだ。

 今日は月が出ていないため、ほとんど見えないはずだが、こちらを振り向こうともしない。

 だが、その男は外を向いたまま話し始め――ようとしたが、クリスが一気に距離を詰めて大剣を大上段から叩きつけた。


「全く、話すらしようとしないとは……。『救いの女神』とは程遠い」


 男がクリスの追撃を避けながらため息交じりに呟いた。

 クリスは身体強化魔法を全力で使い、さらに女神様から授かった加護を使っているようだ。彼女の体が煌めいている。


「言葉を交わすつもりもないなんて、救いの女神というよりもただの獣だな」


 悪魔がどんな力を持っているのかは戦ってみないと分からない。

 悪魔の道具が催眠系の物だったので、もしかしたら言葉を交わしただけで相手に催眠をかける力を持っているかもしれない。

 だから言葉を交わさないように、とクリスが言っていたけど、クリスの推測はあながち間違っていないかもしれない。

 最初は余裕で避けていた男だったが、次第にその動きが鈍っているように思う。

 それはクリスから漏れ出る光が、彼女が通ったところに残滓として残っているからだろうか。

 すぐに決着がつくかもしれない、と思っていたらクリスに話しかけ続けていた男がふいに俺の方を見た。


「さっきから警戒していたが、噂は本当だったようだね。記憶を無くせば大魔法使いもただの木偶、か」


 窓際で戦っていたクリスと男だったが、窓が割れて外から乱入者がやってきて、クリスを襲う。クリスが問答無用で真っ二つにしない所を見ると、どうやら男に操られているようだ。

 一瞬、そんな事を考えている間に、男は俺の方に向かってきていた。


「だが、その内に秘めたる魔力は素晴らしい。私が有効活用してやろう」


 クリスと同じくらいの速さで迫ってくる男の表情は、先程までの無表情ではなく、口元が大きく歪んでいた。

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