第19話 反撃準備をしているらしい
襲撃があった日から数日が経った。
毎日クリスの元にやってくるルーカスの話によると、どうやら今回の襲撃に関しては実行したのはやはり催眠状態の近隣住民だったようだ。
ただ、俺がメイスで思いっきりぶっ飛ばした相手は催眠状態ではなかったらしい。
その男は不思議な笛を持っていた。恐らくそれを用いて催眠状態にしたのだろう、という事だった。
「牢屋に入れておいた者たちが意識を無くす前に全員、笛の音のようなものを聞いているから間違いないでしょう。混乱を引き起こし、本命のナイフを持った男がクリス様のお仲間の命を奪う算段だったようです」
「笛からは悪魔の気配がします。すぐに破壊する事をお勧めしますが……」
「代官様の命で、一先ず厳重に封印し、他の者が触れないようにしています。領主様の判断を仰ぎたいようですね」
悪魔の道具はその名の通り、こちらの世界に現れた悪魔が作り出した『魔道具』だ。それぞれに魔法がかけられていて、こちらの世界にある魔道具とは比べ物にならないくらいの能力がある。
中には取り扱いさえ気をつければ有用に使えるからと王家が所有している物もある、とクリスが教えてくれた。
ただ今回押収した笛に関しては俺もさっさと壊した方が良いと思う。
魔法の耐性が低い者しか操れないとはいえ、前回のように民衆を巻き込まれたらやり辛いったらありゃしない。
ルーカスもそれを承知の上のはずだが、代官が何もするなと言えばそうするしかないのだろう。
「そうですか。それでは、後で領主様に手紙でも書いておきましょう。悪魔の道具の事はいったん置いておいて……敵に関しては目星がつきましたか?」
クリスがそう尋ねると、ルーカスは糸目をほんの少し開いて、ゆっくりと頷いた。
「クリス様のお仲間が路地裏で取引をしていた者の顔を覚えていた事や、主犯格と思われる暗殺者を殺さずに行動不能にしていてくださったおかげで、相手の拠点もバックにいる後ろ盾も全て判明しております。舐めた真似をされましたから、我が騎士団の力を用いて叩き潰す所存です」
俺は記憶は失っているが、記憶力は良いみたいだ。チラッと見ただけでも路地裏で取引をしていた二人の顔ははっきりと覚えていた。フードを被っていたけど、俺の視線に気づいて二人ともこっちを見て目が合っただけなので、たまたまだけど。
目が合ってしまったからこうして狙われる事になってしまったわけだけど、クリス曰く、悪魔に繋がる糸口を見つけられたからまあ良しとしよう。
「悪魔の道具がこれだけとは限りません。なにより、悪魔がいる可能性もあります。私も同行しても構いませんか?」
「おお! 救国の英雄であるクリス様に加勢して頂けるのであれば、これほど心強い事はありません!」
「悪魔の力は催眠状態にするものの可能性がありますから、できるだけ魔法抵抗力の高い者を選出し、少数精鋭で踏み込んだ方が良いかもしれません」
「同士討ちは避けたい、という事ですね。そのように手配します」
そう言うとルーカスは席を立ち、クリスに深く頭を下げると部屋から出て行った。
残された俺は、クリスに問いかける。
「私も? 私たちもじゃなくて?」
「そう、私だけ加勢する。流石に悪魔がいる可能性がある場所に、駆け出し同然の動きしかできない君を連れて行くわけにはいかない」
「だけど、俺は魔法の抵抗力がクリスよりも高いんだろう?」
「おそらくね。身体強化魔法のように体が覚えているだろうから精神系に干渉する魔法は効かないだろうけど、私ほどではないよ」
クリスは女神様から加護を授かっている影響で、そういう魔法には耐性があるらしい。
魅了魔法を使ってくる王侯貴族に靡かなかったのはそれが理由だそうだ。
「搦め手のような道具を作る悪魔は接近戦が苦手だからそうしてるんだろ? だったらやっぱり俺がいた方が良いんじゃないか?」
「……まあ、君の全力の身体強化魔法には確かに驚かされたけどね。どうしてそんなに頑なについて来ようとするのさ」
「どんな事がきっかけで記憶が戻るか分からないからだ。悪魔を見れば思い出すかもしれないし、暗示を掛けたら記憶を戻せるかもしれないって言ってたのはクリスだろ?」
「自己暗示はまだ良いけど、他者――特に敵にかけられる暗示は危険な物が多いから避けたいとも言ったはずだよ?」
「まあ確かにそうだが……搦め手を使ってくるような相手だったら、別行動になった俺を狙ってくる可能性もあるだろ? 身近にいた方がクリスが対応できるんじゃないか?」
少なくともクリスと別行動中よりは俺の生存率は上がるだろう。
戦い方を少しずつ習得中ではあるが、身体強化魔法を用いたごり押しと、敵単体を対象にする初級魔法では多数を相手にするのはリスクがある。
単体攻撃しかできないのであれば数を増やせばいいだけ、と俺の師匠だったらしいラルダーナは言っていたけど、それだと加減が難しいので周囲の影響や洗脳にかかった人たちの被害は計り知れないだろう。
クリスはしばし考えこむように腕を組んで目を瞑っていたが、ため息を一つ吐くと目を開いた。
「分かった。確かに別行動の危険はあるって言ったし、この街には絶対安全な場所はないっていう事は分かったから一緒に行こう。ただし、常に私のすぐ近くにいるようにね。常に、だよ」
「ああ、分かった」
俺にできる事は限られているだろうが、少しでもクリスの足を引っ張らないように頑張ろう。
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