第18話 体は覚えているらしい

 迫ってくる凶刃に、俺の体は反射的に距離を取ろうとしたのか、後ろに跳んだ。

 だが、すぐに背中が何かにぶつかって下がれなかった。


「空間魔法だ、すぐに壊す!」

「これが!」


 じっくりと見て何か思い出さないか試したい衝動に駆られるが、今は目の前の脅威に備えるべきだろう。

 今着ているのはただの寝間着だ。あのナイフで切り付けられたら怪我をするだろう。

 刃に何か塗られているのも気になるが、それ以上に気になるのは――なんだかゆっくりと動いているように感じる事だ。

 こんなに考えこんでいても周りの景色はあまり変化がない。

 いや、クリスだけがいつもよりも早く動いて結界魔法を叩き切ろうとしているのだが――余計な事を考えずに目の前の敵に対処しよう。

 メイスをしっかりと握り、相手との距離を一気に詰め、思いっきり相手の得物諸共メイスを胴体に叩きこむ。

 鈍い音共に、吹っ飛んだ襲撃者は空中で何かにぶつかって地面に落下した。恐らくあそこら辺にも空間魔法とやらがあるのだろう。

 ただ、その空間魔法もクリスの一撃の前にはなすすべもなく破壊されたようだ。


「無事かい、モーガン」

「ああ。って、何で服をめくろうとするんだ」

「吹っ飛んでいった奴が毒の塗られていた刃物を持っていたのに気づかなかったのかい? きっと効力の強い毒だろう。少しでも切りつけられていたらそこから全身に毒が回ってしまうからね。すぐに傷を見つけて処置をしないと……」

「どこも切られてないから大丈夫だ」

「だけど――」

「それよりも、空間魔法を使った奴がいるんだろう?」

「え? あー、まあ、結界系だったけど、あれは間違いなく空間魔法だったね」

「おし、探して捕まえるぞ」

「え、君今狙われてるんだけど?」

「クリスがどうとでもしてくれるだろ? そんなクリスでも空間魔法はどうしようもないんだから、優先順位的にはこっちの方が上だ」


 記憶が戻る気配は全くないが、空間魔法が使えるようになれば、クリスの愛用の武器も防具も手に入るだろう。

 以前の俺が魔法についてまとめた資料もあるらしいし、ドラコとニコラが言っていた快適な旅をするためにも何としてでも捕まえて習得しなければ。

 そう意気込む俺の想いとは裏腹に、空間魔法を使う魔法使いの姿はどこにもなかった。


「まあ、空間魔法なんてものを使えるんだったら、さっさと逃げるよね。さあ、満足しただろう? 戻って兵士から状況を聞こう。女神様から授かった加護が教えてくれるんだ。悪魔の力の気配がするってね」




 俺たちが詰所に戻る頃には騒動は収束していたようだ。

 明らかに近所の一般人も襲撃者に入っていて、操られていた事は分かっているのだが、襲撃者を放免するわけにはいかないからと気を失っている者たちを牢屋に収容している所だったようだ。


「ご迷惑をかけて申し訳ありません」

「いえいえ。救国の英雄であるクリス様のパーティーメンバーが狙われていると聞いて我々も黙っていられませんから。それに、変な薬が出回っているという噂も掴んでいましてね。恐らくそれに関する取引をたまたま見てしまったんだと思いますが……なかなか尻尾がつかめなかった我々としては絶好の好機なので今しばらく滞在して頂けますと助かります」


 揉み手をしてクリスに頼み込んでいるのはこの詰所の責任者だそうだ。糸目で瞳の色を知る事ができない彼の事をクリスは警戒しているのだろうか。張り付けた様な笑顔のまま対応している。


「観光が終わったら次の街へ行こうと思っていましたが、野暮用ができたのでお言葉に甘えてそうさせてもらいます。代官様にもよろしくお伝えください。行こう、モーガン」

「ああ」


 足早に去っていくクリスを慌てて追いかける。

 責任者の男性は案内の兵士を俺たちにつけた後は深夜だというのに騒がしい兵士たちの方へと歩いて行った。




 新しく案内された部屋についてしばらくすると、クリスがあの糸目の責任者の男――名をルーカスというらしい――が苦手だと教えてくれた。


「以前、ここを訪れた際にしつこく言い寄られてね。そんな経験殆どなかったから流されそうになったんだけど、女神様から授かった使命があるから断ったんだ。ただ、その後は気まずくって顔を合わせないようにしてたんだよ……」

「なるほど」

「あ、今割とどうでもいい事だった、って興味を失ったね?」

「そんな事ない」

「いーや、失ったね。幼馴染の私の方が君の体については詳しいんだ。その目の泳ぎ方は私に後ろめたい気持ちがある事の証拠だよ」


 なるほど。襲撃者に襲われそうになった時も思ったが、記憶が無くなっても今までの癖は体が覚えているようだ。

 今後、戦い方も変えていくのであればそういう癖を一つ一つ把握して無くしていかなければ――そんな事を思いながら騒がしいクリスを放っておいてベッドの中に潜り込む。

 結局相部屋になってしまったが、詰所に間借りさせてもらっているので贅沢は言えない。

 それに、ルーカスに言い寄られたクリスが不安がっているので、ここで泊っている間は一緒の部屋で寝泊まりしてやろう。

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