第17話 真夜中の襲撃らしい

 結局、その後も尾行は続いたらしい。振り切る事も出来たそうだが、相手の出方を見るためにあえて後をつけさせたそうだ。

 宿屋に迷惑がかかるといけないからと衛兵に話をして詰所で寝泊まりさせてもらう事になった。

 宿屋の人には俺たちの荷物を詰所まで運んでもらった。


「まあ、襲ってくるとしたら夜だと思うけど……衛兵が大量にいる所にわざわざ襲撃をしてくるとは思えないし、私たちの動きを監視して隙が出来たら襲うという感じなのかもしれないね」


 あんまり部屋数に余裕がないという事と、襲撃があるかもしれないからという二つの理由で結局クリスと相部屋になってしまった。

 クリスはというと、既に可愛らしい寝間着に着替えていて、さらさらと紙に何やら書いていた。

 クリスのイメージとはかけ離れた寝間着なので、これも過去の俺がプレゼントをしたのだろうか?

 いや、寝間着をプレゼントするような間柄なのか微妙な所だが……。

 うーん、と首を傾げているとクリスは手紙を書き終えた様で、クリスは部屋の扉を開けた。


「これを代官様に送ってください。重要な案件になるかもしれないからくれぐれも気を付けて運んでください」

「かしこまりました」


 扉のすぐ近くに控えていた衛兵にクリスが渡したのは二通の封筒だった。

 どうして二通も渡すのか疑問だったのでクリスに尋ねると「片方が止められても届くようにするためさ」と教えてくれた。


「今まではもう一通、独自のルートで送るんだけど、今はそれが使えないからねぇ」

「どうしてだ?」

「モーガンが記憶喪失になってしまっているからね」


 困った様に笑うクリスに、俺は「なるほど」と答えるしかなかった。




 事態が動いたのは真夜中だった。クリスに揺すられて目を覚ました俺は、寝ぼけ眼のままクリスに押し付けられたメイスを担ぐ。彼女は既に寝間着から着替え終わっていつもの鎧姿だった。


「何かあったのか?」

「どうやらモーガンが目撃してしまった闇取引をしていた人物はよほどの馬鹿だったみたいだよ」


 クリスが指で自身の耳を指差した。

 意図がよく分からず、首を傾げると「耳を澄ましてごらん」とだけ言った。

 なるほど、身体強化魔法を使え、という事か。

 耳に意識を集中すると、何やら外で騒ぎが起きている様だった。


「随分と大人数で襲撃をかけて来たみたいだね。ここの衛兵たちも弱くはないみたいだけど……多勢に無勢か、何かしらの魔法か道具の影響なのかな? 止められそうにないみたいだ」


 階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。数は……数えられないくらいだ。


「足音が聞こえるって言う事は、バレてもいいと思っているのか、襲撃犯は素人かっていうところなんだけど……」


 勢いよく扉の開く音がした。虱潰しに部屋の扉を開けているようだ。


「念のためモーガンが向こうの部屋に泊まっているっていう情報を流しておいてもらったんだ。もしも君が向こうで寝ていたら、今頃めった刺しだったかもしれないね」

「いや、どのみちクリスが起こしてくれてたんじゃないか?」

「まあ、そうだけど……って、言っていたらどうやら君がいない事に気付いたみたいだねぇ」


 再び勢いよく開けられて、俺たちがいる出入口の向こう側から姿を現したのは虚ろな目をした寝間着姿の者たちだった。どこからどう見ても一般人だ。


「……クリス。こいつらが襲撃者なのか?」

「実行犯はそうなんだろうね。ただ、彼らはどうやら操られているだけのようだ。何だか嫌な気配がするし……これは、悪魔の仕業だね」


 スッと目を細めたクリスは、手に持っていた大剣を手放した。それで攻撃したら操られているであろう人物たちを殺してしまうからだろうか?

 ただ、向こうは尋常じゃない顔つきでこっちを睨んでいるし、今にも襲ってきそうなんだけど大丈夫なんだろうか?


「心配ないよ、モーガン。強い衝撃を与えると催眠魔法は解けるはずだから。モーガンは周囲の警戒をしておいて」


 クリスは一歩前に踏み出すと「我が名はクリス。悪魔に侵された国を救いし英雄のクリスだ! わが友を殺そうとするのであれば、容赦はしない。覚悟してかかってこい」と高らかに宣言した。

 だが、虚ろな者たちは何も反応しない。彼らは同時にこちらに向かってきた。

 クリスは身に着けた鎧の上からさらに魔力を纏っていた。彼女もまた、身体強化魔法に似た力を使えるらしい。女神様から授かったスキルの内の一つなんだとか。

 その戦いぶりは一般人では相手にはならない。彼女は無手で操られているであろう人々に『強い衝撃』を与えていくために打撃を加えて行った。

 クリスの動きは身体強化魔法を自動的に使っていた俺の目には映っていたが、彼らには残像を伴って見えるのだろうか。何もない所に手に持っていた武器で攻撃を加えていた。

 このままだったら俺が手伝う必要もなく終わりそうだ、なんて思いつつもクリスに言われた通り警戒を怠らない。万が一クリスよりもこっち側に誰かが来たらいつでも魔法が使えるように魔力を練っておく。

 ここの兵士たちだけでなく増援もやってきたようだ。下の階がより騒がしくなった。ここまで制圧しに来るのも時間の問題だろう――そう思っていた時だった。


「モーガン、後ろ!」


 クリスの渓谷と同時に、俺の背後の壁が爆ぜて何者かが突っ込んできた。

 これが本命だったのだろうか。闇夜に潜むためか真っ黒な装束に身を包んだ侵入者が、ただ真っすぐ俺の方に向かってきているのが見える。その手には何やら液体が塗られているような刀身が黒い刃物を持っていた。

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